vs,SJK:vs,……え? Round.1
「うう、乳揉みたい……」
「新章開幕早々、主人公の第一声がそれですか」
ラムスが冷ややかにツッコんだ。メタ表現で。
夜の公園入口に屯するのは、ボクとラムスとモエル。
例の『ジュン救出作戦』が、マヌケにも失敗した三日後になる。
あの直後、ようやくにしてクルロリから連絡があった。
何故、応答が無かったのか──それは説明されていない。
ただ、事態の顛末は把握していたらしい。
後の祭だけれども。
合流したクルロリはシノブンを拘束すると「後日、星河ジュンを救出に向かう」とだけ言い残して去って行った。
うん、拘束して行った。
例のパモカスタンガンで、いとも簡単に。
そして、現在に至る。
彼女が合流に指定した日時と場所が此処だ。
時刻は夜九時を過ぎた。
彼女は、まだ来ない。
ボクはプルプル震える右腕を左手で押さえ、苦しい自制を強いる。
「ああ! き……禁断症状が……ッ!」
「中毒物ですか。貴女にとって、星河様の胸は」
見据える道路にクルロリの到着を待ちながら、ラムスが平静然とツッコんだ。
通学時間にはJKの往来に彩られるこの道も、現時刻では静かに帷へと呑まれている。街路灯の白い明かりが、羽虫達の踊り場と照らしていた。
「だって、もう三日だよ? 三日も揉めてないんだよ? 一日一回は、ジュン乳揉まないと!」
「普通は一日たりとも揉みません」
視線すら動かさず、冷たくあしらってくれたし。
だけど、ボクの禁断症状は限界値寸前!
「うきぃぃぃ~~ッ! 揉みたい揉みたい揉みたいいいッ!」
「黙りやがれですわ、このド変態」
丁寧な暴言吐きやがった。
この豊乳メイド。
「ああ、もう! こうなったら、とりあえず誰でもいいや! ラムス! 揉ませて!」
──ズゴン!
「おぶうッ?」
顔面に叩き込まれたよ。
長もみあげを変質させた投擲槌を!
「百億回死んで、ブラックホールの藻屑になって頂けます? 宇宙規模ド馬鹿の貧乳マドカ様 ♡ 」
ニッコリ微笑みを向けて、愛らしく猛毒吐きやがった。
「ケチンボ! ラムスのケチンボ!」
「自らの貞操を守って、何故〝ケチ〟呼ばわりされなければなりませんの……」
無関心な応対で、再び道路へと注視を戻す。
「キミには分からないんだよ! あの〝乳風〟の虚しさは!」
「……そんないがわしい単語は初耳ですわ」
「憧れて買ったCカップブラがスルーンと抜け落ちる感覚……ブラの隙間を撫で過ぎる空気の流動……分かるか! ビル風よりも心に沁みる寒さが!」
「ハイハイ、可哀想ですわね」
「同情するなら胸おくれ!」
「……何を『同情するなら金をくれ!』みたいに仰ってますの」
「うわ~ん! 意地悪だぁ~~あ! どうせヒメカには揉ませるクセにィ~~!」
「ひひひ人聞きの悪い事を仰らないで頂けますッ? 私とヒメカは、そのような卑猥な間柄ではございません!」
真っ赤になって抗議してきた……寄せ乳を抱き庇いながら。
と、ボクの肩を背後からチョンチョンと突っつく指──モエルだ。
「マ~ドカちゃん ♪ ハイ ♡ 」
胸張って差し出してきた。デッカイのを。
「いや『ハイ ♡ 』じゃないよ? キミのは絶対揉まないよ?」
「はぇ? 何で?」
「変態ストーカーの胸なんか揉めるワケないだろ」
「シクシク……揉んで欲しかったのに……」
「シクシク……早く揉みたいのに……」
「御二人揃って泣き崩れないで頂けますッ? 鬱陶しい!」
常識人の〈宇宙怪物〉が怒気った。
「まったく……これは早いところ、星河様を救出致しませんと。こんなおバカさん、私の手には余りますわ」
こめかみ押さえて嘆息。
「でも、どうやってジュンを追うのさ? おそらく敵は宇宙だよね?」
「それは間違いなく」
道路奥の吸い込む闇を見据える。
ボクも脇へ並び、その視線に倣った。
「やっぱ〈宇宙船〉で行くのかね?」
「それしかありませんわよ」
「そういや、ラムスは〈宇宙船〉持ってないの?」
「所有しておりませんわね。生憎、地球へと運ばれたクチですから」
「ねえねえ、マドカちゃん?」
「ふぇ? 何さ? モエル?」
「わたしなら飛べるよ? だって〈宇宙航行艇〉へ変形できるもん♪ 」
「一人乗り仕様じゃん? キミ?」
「うふふ ♪ だからぁ、膝抱っこだよぉ?」恍惚気味にトンデモ妄想を口走り始めた。「わたしの膝に、マドカちゃんが乗ってぇ……わたしが、マドカちゃんのシートになってぇ……イヤン♡ 」
……ホントに「イヤン♡ 」な人間椅子だな。
赤面覆って何を提案してくれてんだ。
とりあえず乱歩大先生に謝れ。
「絶対ッ! 頑としてッ! 全力で拒否するッ!」
「ええ~? フカフカで気持ちいいよ~?」
小脇締めて哀願するも、そのせいで寄った胸が豊満にパユンパユン……コノヤロー!
「そんな窮屈なコックピットはゴメンだよ! 息苦しい! 操縦だって儘ならないじゃんか?」
「あ! じゃあ、主導権を本体へ戻すね? そうすれば、わたし自身が操縦できるもん ♪ マドカちゃんは、ただ乗っているだけでいいんだよ?」
どうして、そこまでして『あいのり希望』だ? コイツ?
「そしたら〈プリテンドフォーム〉のキミは、どうなんのさ?」
「抜け殻になって、グッタリしてまーす ♪ 」
ちょっと想像してみた。
広大な宇宙空間で敵攻撃を掻い潜る〈宇宙航行艇〉──雄々しく反撃を吼えるボク──そして、背中に密着状態で屍然とグデングデンになっている生温かいモエルの身体────。
「完全却下ァァァーーーーッ!」
全力絶叫で拒んだよ!
シュールで猟奇的な画面に!
「シクシク……乗って欲しかったのに……」
「シクシク……絶対乗りたくないもの……」
「ですからッ! 御二人揃って泣き崩れないで頂けますッ?」
またも保護者から怒気られたよ。
状況が進展を見せたのは、その時だった。
外灯が照らし漏らした闇に、二つの光る目が浮かびあがる。
それなりのスピードで近付く様子から、それが何かは察しがつく。
車のヘッドライトだ。
うん、いわゆる〝軽バン〟って呼ばれるヤツ。
それは迷い無き安全運転で進み、ボク達の前で停車する。
「お待たせ」と、運転席のクルロリ。
いや、平然とした無表情で「お待たせ」じゃないだろ。
「免許は! 運転免許は、どしたッ?」
「別に必要無い」
然も当然みたいに、トンデモ発言するな。
よいこが鵜呑みにしたら、どうする。
「無免許かッ! もしかして無免許かッ!」
「そう」
肯定しやがったよ。躊躇無く。
「ってか、宇宙行くんじゃないのかッ!」
「日向マドカ、心拍数及びアドレナリン分泌量が微々と上昇している……何故?」
不思議そうに小首コクン。
クルコクならぬクルコクン。
「何故も尾瀬もあるかーーッ!」
夜の住宅街に、ボクのツッコミが響いたよ
これじゃ夜中に大声で屯するバカヤロチーマー共と同じだよ!
ボクの嫌いな人種だよ!
御近所迷惑も甚だしい!
「ってか、宇宙船は! 宇宙船どしたッ!」
クルロリは「ふむ?」とクルコクンした後、ポンと納得の手堤を打った。
「日向マドカ、どうやら誤認しているようなので訂正しておく。この機体は〝自動車〟ではない。地球の廃棄産物を再利用して、私が〈宇宙航行艇〉として新生させた代物」
「……言い張るか」
「従って、地球の法律は適用されないし、運転免許証も必要無い」
「言い張るかッ!」
「論より証拠……いま見せる」
そう言うと、カーラジオのスイッチをポチっとな。
すると車体が地表から浮き、ガキョガキョと変形を開始した!
側面ドアが水平に開き、そのまま主翼と化す!
だけど、本体が剥き出しになったわけではない。どうやら二層構造装甲だったようで、翼と化したのは外部装甲のみ。内側装甲は、そのまま従来のドア構造による密室性を維持していた。
車体底部から軸回転で現れたのは、鋭角的な台形パーツ──それはフロントバンパーへと結合すると機首部分になる!
そして、車輪は底部へと水平折りに収納され、そのまま回転を続けていた。フィンフィンと静かな奇音を帯びている事から推察するに、おそらく〈反重力発生ホイール〉とかなんだろう。
こうして、ボクの眼前で〝軽バン〟は姿を変えた。
うん、これには〝も ● クロ〟も〝兄ちゃん〟もビックリだ。
「乗って?」と、クルコクン。
「いや『乗って?』じゃないよ! 懐アニの『タン ● ー5』か!」
「なるほど。なかなか連絡が取れなかった理由は、コレの建造に時間を費やしていたから……ですか」
平然と受け入れるラムスへ「そう」とクルコク肯定。
「日向マドカ、時間が惜しい。早く乗って」
「……え? 乗るの? コレに?」
「日向マドカ、何を躊躇している?」
「渋るよ! そりゃ渋るよ! だって信頼度0%だもの、この機体! まだ〝時空を越えるデ ● リアン〟の方が説得力あるもの!」
「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない──SF小説家〝アーサー・C・クラーク〟の言葉ですわ」
ラムスはボクの脇をしれっと通り過ぎ、迷い無く後部座席へと乗り込んだ。そのまま広々空間で寛ぐ。
「じゃあ、わたしは本体で追うね ♪ 」と、モエルは何処かへと去った。
ポツンと取り残されたのは、決断を強いられたボクだけ……。
あれ?
これってば、ボクが乗車承諾する事を前提に進んでない?
ヤバくない?
「日向マドカ、アナタも早く」
ボクの懸念を無視した再強要。
うん……ヤバイッ!
「う~ん……でも……ねぇ?」
無駄な時間稼ぎに焦らす。
何とかして回避策を見出さねば!
「仕方ない。このままでは埒もないので、強行手段に出る」
「ふぇ? 強行手段?」
そこはかとなくイヤな予感。
戸惑っている間に、車体底部から左右二対のデッカいアームが出現した。
その先端には、これまたデカいラジオペンチ形状のハサミ。
フラミンゴの嘴みたいなヤツ。
タカアシガニの鋏を彷彿させる代物。
ソイツが月夜へと音も無く吠えた!
「え……っと?」
「日向マドカ、乗って」
「あ……あは……あははははは……」
強張った愛想笑いを浮かべ──一目散に脱兎!
陸上部助っ人で鍛えた脚力で脱兎!
「おとなしく乗って」
「アダダダダダッ!」
背後から捕まれた!
抵抗空しく!
ハサミの滑り止め蛇腹が、ギリギリと腹に食い込む!
そして、高々と持ち上げーの──後部座席へ放り投げーの──ドア閉まりーの──空飛んだ!
無音で急上昇しやがった!
住み慣れた街並みが、どんどんミニチュア化して離れていく!
小さくなっていく!
大通りで賑わうネオンは漆黒の凹凸に配列されたLED電球と点り、恰もボクを微笑ましく見送ってるようにも映った。
ボクの脳内に奏でられるのは『ウル ● ラQのテーマ』と、淡々とした〝石坂 ● 二〟のナレーション。
「開けてくれーーーーッ!」
絶望的な叫び声は完全遮音構造に呑まれ、誰にも届く事は無かった……。
軽く〈アブダクション〉じゃねーか!
コレも!
どの位の時間が経過したのかは分からない。
窓ガラス越しに映っているのは、視線すら吸い込むような漆黒の空間。そこに息吹く無数の光点が、慣性に委ねられて白線と流れ過ぎていく。とりわけフロントガラスに放射状と広がる流星群は、圧巻ながらも美しい。
並走飛行する巨大円盤は〈ジャイアントわたし〉の航行形態。
「ってか、車窓から見る景色じゃないだろッ! コレッ!」
荒れた!
とりあえず荒れた!
「このミニバン、宇宙飛んでるよね? 現在走ってるの、宇宙空間だよね?」
「日向マドカ、まだ誤認しているようなので再度訂正しておく。この機体は〝自動車〟ではない。地球の廃棄産物を再利用して、私が〈宇宙航行艇〉として新生させた物」
「単なる〝空飛ぶ中古車〟じゃんかッ!」
「マドカ様、運転席を御覧下さいませ」
文庫本の読書に暇を潰しながら、ラムスが示唆した。
「運転席ィ~?」
怪訝な心境ながらも、言われるがままに覗き込む。
すると、なるほど──確かにコンソール部には、自動車に不釣り合いなハイテク機材が組み込まれている。病院の集中治療室で見るようなグリーングリッドのモニターやら、明らかにボタン数の多い操作パネルやら。クルロリが握るハンドルだって左右分割に開かれ、ジャンボジェットの操縦幹みたいな形状へと変型していた。
「これだけの証拠を見せつけられたら、さすがに貴女でも〝現実〟として受け入れるしかないのでは?」
「う……うん。ってか、ラムス? さっきから何読んでるのさ?」
「コレは『おかずをクッキング』ですわ。今後の献立参考に」
「……この非日常空間で、平然とそれ読むか」
「毎日の献立、結構大変ですのよ? 栄養バランスを考え、尚且つ飽きられないようにレパートリーを増やさなければならない……。ヒメカやママさんに、粗末な物を御出しするわけには参りませんから」
「……あれ? ボクは?」
「貴女だけなら『雑草のマヨネーズ和え』で充分です」
「差別だッ!」
「差別ですけど何か?」
当然とばかりに言い切るし。
「う~ん……まあ、それでもいいや」
「はい?」
「美味しい食卓作ってくれるなら。キミの料理、毎日楽しみだし」
「それはどうも」
淡く微笑を含んで頁を捲る。
ボクは本題へと戻り、クルロリを問い詰める。
「で? こんなモン作るって、何処の工場でさ? それに材料だって……」
「大規模な工場は必要ないし、材料はいくらでもある。スクラップと呼ばれる廃棄物は、各部品単位で摘出すれば有益材料の宝庫。それを組み立てるにも今回程度の機体ならば、個人レベルの工房が在れば充分」
「個人的な工房? 何処さ?」
「アナタ達の街に、ひっそりと運営している〝橘モーターズ〟──顧客率が低迷して如何にも潰れそうながらも、何とか虫の息を繋いでいる摩可不思議な個人経営店。そこを閉店後に拝借し、地下へと工房を増設した」
「ぅおい!」
失礼なヤツだな!
店の設備借りといて!
「あそこなら電気供給設備もある上、工具の類も事欠かさない」
「そりゃそうだけど、よく〝橘のオヤッサン〟も協力してくれたね? それに、こんな突飛な話を理解してくれるなんて……」
「別に協力してもらってはいないし、理解してもらってもいない」
「ふぇ?」
「店の地下を次元拡張し、人知れず私単身で建造を続けていた」
「ぅおおぉぉぉーーいッ!」
知らぬ間に、他人の家へ住み着いていやがった!
イヤな座敷童子だな!
「しゃあしゃあと電気泥棒を自供すな! ってか、バレたら、どうするのさ!」
「心配無用。地下工房は次元拡張によって増築した空間──即ち、同座標軸の異次元。そこに在りながらも、そこには存在しない。通常の人間には、立ち入るどころか発見する事も叶わない。加えて、保険を懸けておいた」
「保険?」
「橘モーターズ店主〝橘昭二郎〟には記憶操作を施し、私を〝娘〟と認識させてある」
アブりやがった!
またアブりやがった!
このスルメ職人!
何かいろいろゴメン!
橘のオヤッサン!
「ところで──」と、献立模索継続のまま、ラムスが口を挟む。「──胡蝶宮様の目的は? 何か分かりまして?」
「あ、そうだよ! 結局、シノブンってば何も明かしてないんだけど?」
「未だ、何も。頑として口を割らなかった」
「ああ、その辺は強情そうだもんね……目的の絶対秘匿は、忍者の鉄則だし」
「なので、改めて訊いてみる。そろそろ目覚めたと思うから」
「ふぇ? そろそろ目覚めた……って?」
クルロリがハイテクコンソールのスイッチを入れると、カーナビだと思っていた小型モニターにとんでもない光景が映し出された!
アングル的に、このミニバン──じゃなくて〈宇宙航行艇〉の後方部だ。
バンパーにワイヤーで繋がれた蛾の巨翼が、暴風に晒されたゲイラカイト宜しく宇宙空間をバタフラっている。
「地球圏離脱の際、彼女も捕虜として転送しておいた」
「入れてあげてーーッ!」
見るに居たたまれない状況に、ボクは懇願を絶叫!
「心配ない。一応〈PHW〉は着せてある」
あ、ホントだ。
ボク達が拒否った〝ブルマ体操着型〟を着せられてる。
巨大な蛾の羽根を生やしたグラマラス美女が、ブルマ姿で宇宙空間を引きずり回される──シュールな画面だ。
じゃなくて!
「早く入れてあげてぇぇぇーーッ!」
再度、懇願絶叫!
どんなプレイだよ! コレ!