vs,SJK:vs,モスマン Round.5
閑散とした一階ロビーで、休憩用ベンチへと腰掛ける少女達──言うまでもなく、ボクとジュンとクルロリだ。
遙か上方の天窓には、シノブンが突き破った逃亡の跡が生々しい。
そこからダイレクトに射し込む白い月明かりが、中央に聳える巨大ツリーをライトアップする。
けれども、生憎、叙情的心象は皆無。周囲の雰囲気は不気味だ。心霊ビデオ宛らの青暗さと静けさが、得体知れない不安感を助長していた。
「あ、そだ。さっきは、ありがとね」
ふと思い起こして、ボクはクルロリに礼を言う。
「先の件は済んだ。改めて礼を言う必要は無い」
「じゃなくて、ライン。この場所を教えてくれたのは、キミでしょ?」
クルロリはコクンと肯いた。
略して、クルコク。
何気に可愛いな、コレ。
きっと小柄な容姿の相乗効果もあるだろうけど。
「それでも、礼は不要。私は義務を果たしただけ」
「義務?」
ジュンが耳聡く怪訝を浮かべる。
クルロリは、それ以上語らなかった。
代わりに前置きも無く説明を始める。
「アナタ達が交戦した胡蝶宮シノブは〈モスマンベガ〉という異能存在」
ヒメカ用のテイクアウトを摘みつつ、ボクは好奇心のままに聞き入った。
「モグモグ……ああ、なるほど〈モスマン〉か」
「何よ、その〈モスマン〉って?」
オカルトに明るくないジュンが、ボクへと解説を求める。
「アメリカのウェストバージニア州で頻繁に目撃されている未確認生物だよ。全身毛むくじゃらで巨大な翼を持ち、赤く爛々とした丸い目で、暗闇から獲物を急襲する。直接的な遭遇例や被害談も多い……モグモグ」
「……蛾要素ゼロじゃない」
「モグモグ……ごもっとも」
「で、被害談っていうのは?」
「色々あるけど『慢性的な健康被害を発症した』とか『精神がおかしくなった』とか『遭遇後、ポルターガイスト現象に襲われるようになった』とか『半年以内に死んだ』とか」
「それって怨霊妖怪の類じゃないの?」
「これまた、ごもっとも……モグモグ」
「まあ、おそらく原因は〝高圧電磁波〟でしょうけどね。たぶん〈モスマン〉は強力な高圧電磁波を視線照射できるのよ──派生であるシノブン……コホン……胡蝶宮さんが立証したように。それによって、対象の生体機能が過剰な障害を生じる」
何故言い直したん?
ボクのナイスネーミング?
「モグモグ……あれ? そういえば電磁波弊害って、都市伝説じゃないの? 納豆ダイエットやマイナスイオン神話と同レベルの?」
「大衆が盲信的に翻弄されている大部分はね。その辺を誤認している人も多いけれど、生活レベルでは安全規定内よ──携帯電話や家電とか。そもそも電気が流れれば、大なり小なり電磁波は出ているワケだし。だけど〝メノウ通りの災厄〟のように、深刻な実害を及ぼすケースは確かにあるの」
「何さ? その〝メロン通りは最悪〟って?」
「メノウ通りの災厄! ロシアのメノウ通りで近隣住民が体調不良を煩ったり、次々と怪死した大惨事よ。その原因を調査したら、工場から住宅街頭上を通る送電線が発する高圧電磁波だったの。ただし、このケースでは工場レベルの大出力電磁波というのが重要ポイントで、しかも送電線配置に於ける安全面の考慮が足りなかったのが直接的原因だったんだけど」
「ふ~ん? じゃあ、やっぱ〝ルー ● ーズ大先生〟じゃないんだ?」
「だから、それこそ誰なのよ?」
「伝説の鉄人」
「はぁ?」
「ま、それはさて措き──現在〈モスマン〉は〝村おこしシンボル〟として崇められているんだよね。ヒーローチックな彫像とか建てられて」
「本末転倒というか……商魂逞しいわね、人間って」
呆れ顔を浮かべていた。
軽くウンチク披露を終えたボクは、キョトンとクルロリに訊ねる。
「ってか〈ベガ〉って何さ?」
さすがに、これは初耳用語だった。
真っ先に連想されるのは〝ペクン顎の超能力おじさん〟ぐらいだし。
「正式には〈ベムガール〉の略。近年、頻繁に出現している〝宇宙怪物少女〟の総称。統計データから鑑みるに、既に数多くの〈ベガ〉が地球上へ潜伏しているものと思われる」
……いっそ〝ジョーンズおじさん〟呼べよ。缶コーヒー片手に捜し出してくれるよ。
「問答中悪いけど、そもそも〈ベム〉って何なのよ?」
またもやジュンが眉根を曇らせる。
「語源になった〈ベム〉っていうのは、古典SFに登場する〝異形の宇宙怪物〟の事だよ。現在では〝異星人〟も〝宇宙怪物〟も、総じて〈エイリアン〉とか〈UMA〉って呼ばれるようになっているから、完全に死語化しているけどね」
「そんなものが実在しているっていうの? 科学常識を根底から覆す異説よ、それ」
「実在してたじゃん。さっきまで」
「それは、そうだけれども……」
腑に落ちない顔を浮かべていた。
不毛な〝あるない論争〟を置いて、彼女は暫し黙考を巡らせる。
そして、心中に涌いた疑問をクルロリへと投げた。
「その異能進化は自然発生なのかしら? それとも何者かが人為的に?」
「宇宙生物進化論的に〈ベガ〉は、極稀ながら突然変異発生しても不思議ではない。ただし、今回の件に関しては〈ベガ〉を増産している者が背後にいる。その名は〝ジャイーヴァ〟……」
「ジャイーヴァ?」
明らかになったボスキャラの情報に、ボクとジュンは顔を見合わせた。
クルロリは続ける。
「ただし、それ以外は詳細不明──その目的も。現在調査中」
「じゃあ、ボクの異能化も……」
「……その〝ジャイーヴァ〟ってヤツの仕業かもね」
緊迫感に覚えた渇きをコーヒーで潤す。
「日向マドカ、それは違う」
「ゴクゴク……ふぇ?」
「アナタを生体改造したのは、私」
「ブフウゥゥーーーーーーッ?」
派手に噴いたよ!
アブり職人、此処にいたよ!
汚し難い愛らしさで何を独白してんだ! この娘!
「な……なななななななな?」
「七千七百七十七が、何?」
言ってないよ! 朴念仁!
「どういう事さ!」
「アナタには、これから先〈ベガ〉と戦ってもらうから」
いや「もらうから」ぢゃないよ。
その理不尽な理由が知りたいって言ってんだよ。コッチは。
「宇宙怪物少女である〈ベガ〉の防波堤に成り得るのは、一騎当千の〈ベガ〉を措いて他にない」
「だから、何でボクなのさ!」
「呼ばれたから」
「は?」「ふぇ?」
「あの時、私は悩んでいた──自己犠牲覚悟で〈ベガ〉となってくれる候補者を捜すべきか否か。それは、アンモラル的で酷な選択だから……。そんな折、アナタ達が呼び掛けた──『ベントラーベントラースペースピープル』と」
アレかーーッ!
「更に日向マドカに至っては、快諾の意思表示をしてくれた──『ユ~ンユンユン』と」
アレもかーーッ!
「じゃあ、何か! 話を整理すると……えっと……つまり……ジュンのせいか!」
「何で、私ッ?」
唐突な責任転嫁に、ジュン、ガビーン顔。
「だって、ジュンのコンダクト能力じゃん! それで来たんじゃん! モグモグ……」
チキナゲ、うめーー!
「呼んだのは、あなた! 私は止めようって言った!」
「モグモグ……ああ、そう言われれば、そうだったような……モグモグ」
フラポテ、うめーー!
「自業自得よ! 好奇心は猫を殺す!」
「モグモグ……そだねー」
「……とりあえず北海道県民に謝れ」
もぐもぐタイムに弛緩したら、正論で怒気られた。
「モグモグ……ゴクン……ってか、ボクは快諾した覚えはないぞ! そもそも、こんなパンピーJKに地球防衛を一任して、どうする気さ!」
「アナタは普通じゃない」
……ヤな誤解を生む言い種だな。
「現実として、もはやアナタは生物学分類的見地から〈ベガ〉以外の何者でもない。従って、アナタの主張や意向は無意味」
「さらりと残酷な定義をすな! そんな〝悪魔〟か〝人間〟か〝悪魔人間〟か──みたいな!」
「日向マドカ、そもそも〝悪魔〟は実在しない空想産物であり、無制限に拡張設定が可能。従って〈ベガ〉との比較対象としては不適切」
細かッ! この娘、細かッ!
「ともかく、これからも種々様々な〈ベガ〉が、アナタを襲撃してくるものと思われる」
「モグモグ……ふぇ? 何でさ?」
「アナタ名義でジャイーヴァへの宣戦布告を送付しておいたから」
……え?
何してくれてんの? この娘?
「これで、一般人が巻き込まれる可能性は激減した。準備万全」
ボクは巻き込まれてますけど?
それも、渦中のド真ん中に……。
「日向マドカ、人々の平穏はアナタに委ねられた」
「飛蝗の改造人間かーーッ! ボクはーーッ!」
思わず頭抱えてオーマイガッ!
閑寂が支配するゴーストビルに、ボクの憤慨が虚しく木霊したよ!
どうやらボクが何に怒気ってるのか理解できず、天然SF娘は「ふむ?」と小首を傾げる。
あ~、もう!
一挙一動がロリくてカワイイな! もう!
怒気削がれるな! もう!
と、ややあって彼女はポンと手堤を打って独り合点した。
「心配無用。今後、戦闘に必要となる有益情報や凡庸装備は、こちらから提供する。あなたは戦闘にだけ集中してくれればいい」
「そういう事じゃないよ!」
「まずは、とりあえずコレを譲渡しておく」
そう言って取り出したのは、シノブンに放電攻撃したカード──の、色違い。赤色のヤツ。
それをボクへと手渡してきた。
「何? コレ? TCGみたいだけど……イラストスペース真っ黒けじゃん」
「TCG? 何?」
初見アイテムを怪訝そうに覗くジュン。
一方で、ボクにしてみれば馴染み深い玩具だ。ヒメカとやってるし。
「ジュンってばTCGも知らないの? つまり『トレーディングカードゲーム』の略だよ。集めたカードでデッキ作って対戦するんだよ」
「え? え? 甲板を作……え? 船を作るの? え?」
混乱に拍車が掛かった。
どんだけ俗物趣味に興味無いんだか。
「日向マドカ、それは誤認。コレは〈パモカ〉──つまり〈パーソナル・モバイルカード〉と呼ばれる超薄型多機能電子端末」
「いや、どう見てもトレカじゃん。ミスプリ試作版じゃん」
「見た目は酷似していても、実質は超科学の結晶。アナタがイラストスペースと勘違いしているのは、ディスプレイ画面。ディスプレイフレーム四隅のアイコンをタッチすると、様々な多機能アプリが立ち上がる仕様。もちろんディスプレイ自体もタッチパネル」
「……言い張るか」
「使用アプリによっては、簡易的ながらも自衛手段になる──先程、胡蝶宮シノブへと放電攻撃したように。更に、パモカ間の通信・通話に於いては〈ネオニュートリノ・ブロードバンド〉を採用。太陽系圏内ならばタイムラグ皆無で連絡が取れる」
「言い張るか!」
「百聞は一見にしかず」
宣言に沿い、アイコンを長押しするクルロリ。
と、イラストスペースが「ヴォン」と電子音を鳴いて点った!
「おおっ? マヂか!」
未知のハイテクツールを前に、一転してテンションがアガる!
「日向マドカ、コレをアナタに譲渡する」
「ホント? イエス!」
ボクは嬉々としてイジリまくった。
先程までの憤りは何処へやら……だ。
だって、目新しいアイテムってワクワクするじゃん?
「にへへ~♪ ボクのパモカか~♪ 」
「日向マドカ、気に入った?」
「うん! 寸分違わずトレカなのに、スマホやタブレット以上の性能なんて……これでアガらないワケないじゃん!」
「良かった。これで交渉成立」
「うん♪ ……って、え? 交渉?」
不吉なワードに、警戒心が硬直を促す。
強張った満喫顔で一応確認。
「あの? 交渉成立って何の?」
「今後、アナタには〈ベガ〉と戦ってもらう事になる」
やっぱりだーーッ!
ボクは血相変えて訴えた!
「返すよ! クーリングオフで!」
「日向マドカ、私は営利目的の企業団体ではない。よって、その制度は受け付けていない」
「トんだブラック企業だったーーッ!」
と、それまで傾聴していたジュンは熟考を噛み締め、クルロリを露骨に警戒視する。
「これほどの超常的情報に精通している──あなた、いったい何者なの?」
「それに関する情報開示許可は得ていない。現段階では伏せておく」
「納得に足らない返答ね。それで信用できると思う?」
「極論として、事態収束へと事が運べれば〝信頼関係〟は必要無い」
醒めた一瞥を返すクルロリ。
そして、その傍らで絶叫するボク!
「カムバーーック! ボクのJKライフゥゥゥーーッ!」
再度、閑寂に木霊する悲嘆!
「日向マドカ、頑張れ! 私も頑張る!」
「コンパクトに小脇締めて『頑張る』ぢゃないよ! アブダクション娘!」ガクリと膝を着き、ボクは途方に暮れる。「ううっ……昨日までの平穏な日常はドコへ?」
ボクの様子を見つめるクルロリが、コクンと小首を傾げた。
「困った……何が不服?」
「逆に訊く……何処に役得が?」
「ふむ?」と、一考。「では、任務遂行毎に星河ジュンの胸を揉んでいい」
「乗った!」「乗るなーーッ!」
間髪入れずに後頭部ビンタがスパーーン!
「星河ジュン、世界秩序防衛の為……協力を願う」
「私の秩序が乱れるわよ!」
ややあって興奮を鎮めると、ジュンはクルロリへと手を差し出した。
「まったく……ハイ!」
「星河ジュン、何?」
「その〈パモカ〉ってヤツ、私にも頂戴!」
「ふぇ?」
「星河ジュン、意図が解らない」
「私もやるって言ってるの!」そして、彼女はボクへと苦笑う。「どうせあなたの事だから、私と一緒ならやるんでしょ?」
「やるーー♪ 」
「理解不能。星河ジュン、どういう風の吹き回し?」
「別に深い意味はないわよ。この押し問答も、そろそろ不毛に思えてきたし。それに──」照れ臭そうに顔を反らした。「──マドカ一人に重荷を負わせるのは、もうイヤだもの」
「ジュンーーーーッ♪ 」
「ひわわ? 抱きつくなーーッ!」
──ずごし!
顔面から崩れ倒れた。
ジュンが後頭部へ渾身のフックを叩き込んだから。
「何にせよ事態は好転した。星河ジュン、英断を感謝する」
「どう致しまして」
クルロリの謝辞を、ジュンは社交辞令然と返した。その態度は冷ややかに距離を置いている。
あ……コレ、まだ気を許してないな?
「では、現時点を以て、アナタ逹をコードネーム〈SJK〉と命名する」
「えすじぇーけー? いや、ボク達〝高一〟だけど?」
「何の略よ?」と、俗語に疎いジュンがキョトン。
「もう! そのぐらい知ってなよ? つまり〝セカンド女子高生〟の略──〝高二〟って事だよ」
「ふぅん?」
「違う」
「ふぇ?」「うん?」
「これは〝宇宙女子高生〟の略」
「「ダサッ!」」
素直な感想がユニゾったとさ。
クルロリは帰った。
何処へ帰ったかは知らないけど。
一足先に席を立ったのを後追いしたけど、既にいなかった。柱の角を曲がっただけなのに……う~ん、神出鬼没だ。
ともあれ眉唾臭い情報開示は終わり、ボクとジュンはゴドウィンビルを後にした。
黙々と帰路を刻む。
明日からは、前代未聞の青春が幕を開けるだろう。
モヤモヤした思いが募る。
けれど、それは〈ベガ〉と戦う事ではない。
そうなっちゃったものは仕方ないし、もう割りきった。
ま、なるようになるっしょ。
ボクの胸中を占めているのは、もっと別な事柄。
何回考えても腑に落ちない。不自然だ。
見慣れた公園に差し掛かった。
草木の薫りを運ぶ夜風が爽やかに撫で去る。
もうすぐ別れ道だ。
ジュンとは此処でサヨナラとなる。
だから、ボクの方から沈黙を破った。
「あのさ、ジュン?」
「何よ? 珍しく神妙な顔して?」
「……うん」
ボクの表情を汲んだか、彼女は慈しむ憂いで優しく言った。
「大丈夫……一人じゃないから」
「ふぇ?」
「私も一緒よ。だから、大丈夫。私達二人なら、何とかなるわよ」
「いや、そうじゃなくてさ」
「……うん?」
胸につかえる疑問を投げ掛ける。
「〝胡蝶宮〟なのに〈蛾〉とは、コレ如何に?」
「知らないわよッ!」