vs,SJK:vs,フラモン Round.1
昼休み──ボクはジュンと共に屋上へと直行。
昼飯がてらに、指針会議という名目の雑談を始めた。
「モグモグ……クルロリと接触してから、もう一ヶ月近くだね」
唐揚げ弁当を頬張りながらボクは言う。
「そうね」
サンドウィッチを一口摘んでジュンが返す。
何やら言いたそうな含みを呑んでいた。
微妙な沈黙が続く。
やがて物思いに沈みつつ、彼女は切り出した。
「ねえ、マドカ? クルロリの事、どう思う?」
「胸に親近感」
「じゃなくって!」気持ちを静めるべく、缶紅茶を啜る。「正直、まだ信用しきれてないのよね。あまりにも秘事が多過ぎるし」
「モグモグ……信用していいと思うけど?」
「どうして?」
「嘘を言うような娘じゃないだろうし」
「根拠は?」
「直感」
「はあ?」気負いを削がれ、ジュンは淡い苦笑に肩を竦める。「まったく……大雑把と言うか、動物的と言うか」
その直後、校舎内から尋常じゃない喧噪が生じた。
全校生徒が窓から空を見上げ、驚愕に固まっている。
「モグモグ……まったく騒がしいなぁ! 昼飯ぐらい、ゆっくり食べようよ! いったい何だっていう……の……さ」
釣られて大空を仰ぐなり、さすがのボクも思考停止!
青空が陰っていた!
曇天ってワケじゃない!
校舎上空に居座る巨大な飛行物体で!
とはいえ、形状は円盤ではない。便宜上〝空飛ぶ円盤〟って括りにはなるけれども。
例えるなら〝アサガオの葉〟というか〝突部を前方に向けたハート型〟というか……。
直径は二〇メートル程。
漆黒の機体には、マイケルがベイっていた。インデペンデイスっていた。ゴチャゴチャした複雑なメカニックディテールに、チカチカと螢灯の羅列が明滅している。如何にもな地球侵略感が満載。
「な……何さ? コレ!」
「とにかく、クルロリに連絡を!」
ジュンのパモカが急いて連絡する。呼出の間が、もどかしい。
警戒に仰ぎ睨む最中、元凶たる脅威がガコンガコンと変形を開始した!
「え? とらんすほーむ?」
外翼が垂直に折れ──中軸の一部が後方へと伸び──腕が生え──キャノピーらしき部分が頭部へと小変形していく。
折り紙工作のように細やかな変形プロセスは、まるで男児向けの変形ロボット玩具を彷彿させた。
斯くして完成したのは、異様な人型。
大きな玉葱形状の頭部に埋もれた簡素な丸顔。口も鼻も無い饅頭頭には大きな丸い目だけが煌々と点り、まるで幼稚園児の落書きを連想させる愛嬌があった。そして、脚を覆い隠すほど丈の長いスカートに、ヒョロリと長い貧弱な腕。
ズンッと振動を刻み、歪な巨人がグラウンドへと降り立った!
その際に発生した風圧が、周囲一帯に猛威を撒く!
「あぁん! ボクの唐揚げ弁当ーーッ!」
「どうでもいい!」
嗚呼、彼方へ昇天なされた。
まだ食べ掛けなのに……シクシク。
「何よ? この巨大ロボットは!」
「正体が〝ロボット〟かどうかは解らないけどね」
「マドカ、知っているの?」
「うん、オカルト本とかで見た事ある。コイツは〝フラットウッズ・モンスター〟っていう〈UMA〉だよ」
「フラットウッズ──確か、アメリカのウェストバージニア州に在る小さな町じゃなかった?」
「そうらしいね。その昔──確か一九五二年だったか──そこで初目撃されたから〝フラットウッズ・モンスター〟と名付けられたんだ」
「……何の捻りも無いわね」
「けれど、ここまで巨大じゃないよ。目撃談によれば、だいたい約三メートル程度」
「コレ、どう見ても約八メートル級あるわよ」
「……縮んでるじゃんか。円盤の時より」
「おそらく基が平たいからよ。ボディの厚みを増す為には、パーツを折り重ねるしかないもの」
「あ、そっか」
「それでも充分な巨躯だけどね」
「にしても、厄介だな。いくらボクでも〈巨大ロボ〉相手に生身で渡り合う自信はないぞ?」
「それ以前に、この巨体で暴れられたら校舎なんてひとたまりもないわよ。生徒達の身にも、いつ危険が及ぶか判らない」
「つまり全校生徒が人質みたいなもんか……愚昧じゃあるまいし、メンドクサッ!」
愛嬌ある円眼が灯り、鋼の巨体が鈍重に向きを変えた。
どうやら屋上から観察するボク達を見つけたようだ。
「目標発見」
ズンズンと眼前まで近付いて来ると、巨大な掌を蠅叩きに振り下ろす!
「うわっと?」
咄嗟にジュンをお姫様抱っこすると、瞬発的に後方跳躍!
さっきまで立っていた場所が、陥没に瓦解していた!
破壊被害の大穴から階下を確認すると、真下は図書室の書籍倉庫。幸い生徒や先生はいなかったようだ。
「むちゃくちゃするなぁ、コイツ……」
ひとまず安全な間合いでジュンを下ろし、ボクは全身鋼質化を発現!
警戒を身構えた!
「ジュン、クルロリからの連絡は?」
「まだ無いわ」
「肝心な時に連絡つかないんじゃ、パモカの意味無いじゃん」
「……そうね」
ジュンの表情が陰りを孕む。
どうやらクルロリへの不信感が、また募ったようだ。
「う~ん、仕方ない。ここはボク達だけで切り抜けるか」
「切り抜けるって、どうやって?」
「バトる」
「戦う気なの? あんな巨大ロボと?」
「うん」
「生身で?」
「うん」
「この身長差なのに?」
「そりゃボクだってメンドイけどさ……やるしかないじゃん? 煌女生徒がいるんだし」
あっけらかんと返答しつつ、ボクは「じょーちゃく!」とパモカアプリを起動。
一瞬にして〈PHW〉が転送装着される。
こういう緊急事態を想定して、クルロリがヴァージョンアップしてくれていたのが早速役立った。
ジュンは困惑にボクを見つめていたが、やがて「クスッ」と微笑を飾る。
「そういうところなのよね……あなたの好きなところって」
「ブフゥーーーーッ!」
鼻血吹いた。高揚して。
「きゃあ? マママママドカ?」
「あかん! 戦闘前に貴重な鉄分が!」
「……一生懸命掻き集めて、どうする気なのよ?」
「また体内に戻す!」
「汚ッ! っていうか、無理だからやめなさい!」
「だってぇ、いきなり告るからぁ……にへへ~♪ 」
「この非常事態にニヤけない! 別に告ってないし! そういう意味じゃないし!」
「イヤよイヤよも好きの内?」
「……セクハラ中年親父か、あなたは」
毎度ながらのジャレ合いが展開する中で、フラモンの目がヴォンと再発光。
あ、まごついてたら二発目くるな……コレ。
「確かに、やってる場合じゃないや。じゃあ、ジュンはパモカで指示をお願い! ボクはアイツを惹き付けるから!」
「けれど、本当に一人で大丈夫?」
「ひとりでできるもん!」
「……大丈夫そうね」
「何だよぅ? その呆れ顔は?」
ともあれ、ボクは校庭へと飛び降りた。
足下を駆け抜ける獲物を追って、フラモンも向きを変える。
とりあえずの誘導は成功。
このままグラウンドで立ち回れば、校舎に及ぶ被害も少ないはずだ。
だって、狙いはボクだもん。
『大男総身シャンタン、周りカレー』──か、どうかは知らないけれど、やはり動きは愚鈍だった。
ボクは持ち前の運動神経を活かして、降り注ぐ巨拳を避け続ける。どんな威力でも当たらなければ意味は無い──と、シャ ● 少佐も言ってたし。
とはいえ、二次被害は甚大。
グラウンドにはボコボコと鉄拳の跡が増産され、植え込みへと身を隠せば空振る鉄腕に植樹が凪ぎ折られる始末。
「ガンバレー!」「負けるなー!」「行けー!」
身の安全を確信したからか、各教室から他人事テンションな声援が向けられてきた。
事の成り行きから、どうやらボクを〝味方〟と判別したらしい。
ホント、現金なヤツラだよ。
全身鋼質化に加えて〈PHW〉を着込んでいるから、正体がバレる心配は無いだろうけどさ。
「ちゃんと勝ってよね? 今月、ポケマガチヤバなんだから」
ネイルケアがてらにギャル系がゴネた。
「オマエらーーッ! 小遣い稼ぎのトトカルチョ開催してるだろーーッ!」
『マドカ、集中して』
胸ポケットのパモカが諫める。
「ジュン? いま、何処さ? おっと危な!」
頭上からの鉄拳を回避しつつ、現在地を確かめた。
『二階の電算室。此処なら滅多に誰も来ないし、対策に熟考できるもの』
「で、策は?」
『現状、圧倒的に情報不足なのよね……一応、此処のコンピュータをパモカ補佐に使って模索してるんだけど』
「まさかの策無し?」
『う~ん? 大概〈人型ロボット〉っていうのは〝人間〟を模してるせいか、御丁寧に頭部へ重要回路を集中搭載しているのよね……AIとか各種センサーとか。そこを破壊できれば、或いは勝算も──』「ラジャっす!」『──って、マドカッ? いまの、単に考察だからッ! 作戦じゃないからッ! マドカ、聞いてるッ?』
泡食って制止するも……ゴメン、もう後の祭り。
既にボクはフラモン頭部の高度まで急上昇していた!
「んにゃろ!」
渾身の鉄拳を鉄面へと叩き込む!
効かない。
むしろボクの方が鏡返しを喰らった。
「シビビビビビ……ッ!」
鋼質化ボディの内側を衝撃の振動が駆け抜ける。
「なら、これで!」
玉葱頭を踏み台に、真上へと跳躍!
そのまま落下の勢いに乗せ、空中前転を加味した踵落としを繰り出す!
続け様に延髄切り!
ローリングソバット!
ミドル! ハイ! ミドル! ロー! ミドル!
蹴りのラッシュを、がむしゃらに顔面へと打ち込む!
にも拘わらず、フラモンは無表情に涼しい顔……腹立つ!
「クソッ! 効かないや!」
『じゃなくて、心配かけない! どうして考えなしに即決するの!』
「考えるな、感じろ」
『……香港の大スターに謝れ』
「ブゥブゥ! だって、もう行動に入ってたんだもん!」
『まったく……でも、あなたの〈エムセル〉よりも硬いって、どんな宇宙金属なのよ?』
「うん、宇宙は広いよね……って、ふぇ?」
眼界が薄暗く染まった。まるで日陰のように。
イヤな予感に頭上を窺い見ると、高々と振り上げられている平手があった!
「どわわわわ~ッ? 待て待て待て!」
と、不意にボクの腰へと何かが巻き付く!
弾力性に富んだ極太ロープみたいなヤツ。緑色のタイヤチューブみたいな代物。
「ん? 何さ、コレ?」
ロープの出所を目で手繰り追うと、それは屋上から伸びていて──「でぇぇぇええーーッ?」──そのまま平行バンジーを強いられたよ!
瞬発的なGがエグッ!
「何だ何だ何だ! コレは!」
「どうやら絶妙なタイミングだったようですわね」
バンジーロープが喋った!
聞き覚えのある声で!
「って、ラムスーーッ?」
離陸数秒後には屋上へと投げ捨てられていた!
鋼の尻餅が、床アスファルトを軽微に破砕!
「痛~い! おしり割れたぁ!」
「元々割れていますから御心配なく」
人型を再形成しつつ、メイドベガが醒めて流す。
「ラムス? 救けに来てくれたの?」
「勘違いしないで頂けます? 単に買い物帰りですわ。それに貴女に何かありましたら、ヒメカが悲しみますから」
「相変わらずのヒメカ愛だな……ってか、ボクは愚妹のオマケか!」
釈然としない心境を押し殺す中、フラモンがボク達へと振り向いた。
「データ照合──〈ブロブベガ〉ノ〝ラムス〟ト認識。障害トシテ排除スル」
巨体がズンズンと迫り来る!
──ツルーン!
転んだ。すってんころりんと。
起きあがろうとして──ツルーン!
再度、這い起きようとして──ツルーン!
「不確定障害発生──トラップ確認」
七転八倒を繰り返し、フラモンはようやく転倒要因に気付く。
手で掬い拾ったのは、緑色の粘液。
それがヤツの足下周辺に蒔いてあったのだ。
「私自身から生成された特製ローションですわ」
「いつの間に仕掛けたのさ?」
「先程、マドカ様と交戦していた時ですわよ。液状化して足下を擦り抜ける際に蒔いて去りましたの」
閑雅に種明かしをしながら、1リットルペトルのミネラルウォーターをゴキュゴキュ。
あ、ホントだ。
身長、ちょっと縮んでる。
ってか……体積補填、それじゃないだろうな?
足下のレジ袋に、いっぱい買い込んであるし。
「歩行ニヨル離脱可能確率十六パーセント──飛行シークエンス実行」
脱出を謀るフラモンが、スカート部からバーニアを噴射!
飛翔離脱を試みる様は、宛らヘリウムバーニアの巨大版だ!
「ヤバッ! そういえば、アイツって飛行能力があるんだっけ!」
「その点も御心配なく」
涼しい態度で長いもみあげを弄ぶラムス。
彼女の自信を立証するかのように、粘液がフラモンのスカートを掴んで放さない。まるでとりもちのように張力を発生していた。
「私自身の粘液ですから、糸一本分でも繋がっていれば性質自在。現在は粘着張力性に特化させましたわ」
そう言って小指をヒラヒラ。
よく見りゃ、指先に納豆糸みたいなのが泳いでいる。
「張力均衡値想定外──出力上昇」
フラモンは、更にバーニア噴出を上げた!
地表から数メートルは浮上できたが……そこまでだ。
ラムスローションは、しつこく食い下がる。
反発に引き合う二つのベクトル。
そして──どんがらがっしゃん──根負けしたフラモンは、とうとう地面へと縫いつけられた。後頭部を打ちつける墜落ぶりが、遠目で見ていても痛々しい。
「あらあら、無様ですわね……クスクス♪ 」
優位性に酔って、ほくそ笑んでいるし……。
怖ッ! コイツ怖ッ!