vs,SJK:ボクらのファイナルバトル Round.3
月面大決戦から一時間後──。
ボク達を乗せた宮殿母艦は、地球への帰路に着いていた。
操縦制御機能は、クルロリがハッキング処理によって解放してある。もはや〝ジャイーヴァの脳波干渉〟とは完全に切り離された。
超耐圧ガラス張りのキャノピー越しに地球が迫ってくる。成層圏が靄を渦巻き、青い海原には深緑にくすんだ紋様──テレビ映像なんかでお馴染みの情景だけど、実際に間近で見ると圧巻だった。
ボク達は横並びに、その美しさへと見入る。
「地球は青かった……か」
ジュンが感傷的に呟いた。
どっかの誰かが言っていた──地球は、宇宙のエメラルド……と。
その形容は間違っていると思う。
地球はサファイアだ。
エメラルドはグリーンで、青くない。
この若々しい青さを、もっと強調するべきだ。
だって、この青さは〝生命力の青〟だもん。
ワクワクとウキウキが詰まった青だもん。
ボクは思う──青春の〝青〟も、こういう素敵な輝きでいたい。
『あと三分後には大気圏へ突入する』
室内にクルロリの声が響いた。
現在、彼女は『メインコントロールルーム』へと閉じ籠って、この艦の操縦に専念している。
ハッキング解放したとはいえ応急処置だから、現状ではそうした仕様で運用するしかないらしい。
「けれど、大丈夫かしら?」
「何がさ? ジュン?」
「これほど巨大な〝浮遊宮殿〟が出現したら、地球上が大パニックにならない?」
ジュンが漏らす懸念へ、ボクは気楽に無問題回答。
「心配しなくても平気だよ。きっとみんな『 ● ルス!』って、自己完結するから」
「……地球人類、みんながみんな〝ジ ● リファン〟じゃないからね?」
『星河ジュン、心配無用。この艦には、既に〈グリフィンシステム〉を発動させてある』
「グリフィンシステム? 何よ、それ?」
『周辺空間を湾曲させる事によって光子屈折率を人為的に操作し、視認不可能とするテクノロジー。ある種のステルスシステム』
「要は疑似透明化ってわけ?」
半信半疑なジュンを納得させるべく、ラムスが次世代テクノロジーを引き合いに出した。
「地球科学でも軍事目的で光学迷彩技術〈プレデターシステム〉というものが研究開発されていますわ。それの上位版と考えれば宜しいかと』
その興味深い超科学に、ボクのオカルト好奇心が頭を擡げる。
「あ! もしかしてUFOが消えたり現れたりするのは、それのせいなのかな?」
『座標固定滞空の場合は、そう。飛行中に消えるのは、光速移動による二次的効果』と、クルロリ。
「ハイパーゼッ ● ンの場合は?」
『それは知らない』
無下に流されたよ。
いつものクルロリツッコミだけど、何故だか懐かしかったりする。
何故だろう?
本人が目の前にいないせいかな?
或いは、大仕事をやり終えた終息感からだろうか?
『日向マドカ、星河ジュン……もうすぐ、お別れ』
「は?」「ふぇ?」
唐突な重大発表に、間抜けた声がユニゾる。
『アナタ達を地球へ送り届けたら、そのまま私は旅立つ』
ああ、このせいか。
おそらく『虫の知らせ』ってヤツだわ。
「旅立つ? 何故さ?」
『この艦には、ラムスやモエル同様の〈外来型ベガ〉が凡そ六〇体も搭乗している。彼女達を地球へ降ろすのは、さすがにリスクが多過ぎる。かといって、見捨てる事もできない。ならば、この母艦を人工居住地として機能させるのが最善策。そのまま無害な新天地を探す』
「箱舟ね……宛ら」
感慨を抱いて呟くジュン。
『そして、ジャイーヴァ──彼は精神的成長が幼過ぎる。言うなれば〝大人の知識と肉体を得た子供〟のような状態。今回の件は、そうした幼児性がもたらした騒動。彼には正しい成長を導き見守る〝保護者〟が必要』
「だから、キミが、この艦を導くって事?」
『そう』
「で、ボク達とは、お別れ……と?」
『そうなる』
性急だな。
もしかして、思い立ったら即行動派?
さっきの特攻劇の一幕といい。
『そうは言っても、地球上には、まだまだ〈ベガ〉が潜伏している。日向マドカ、これからもアナタは〈ベガ〉と交戦する可能性が高い。よって、私が授けた〈パモカ〉や〈PHW〉は、そのまま使用して構わない。多少の助力にはなる』
「あ、いいんだ? ってか、返却の事は完全に失念していたけどさ」
「だけど、使えるの? あなたがいなくても?」
『星河ジュン、問題ない。〈パモカ〉は軍事通信衛星等も利用できる』
怖ッ!
軍事衛星ハッキングって、バレたら国際指名手配モンだよ!
もはや女子高生が持ってていい代物じゃないよ!
「けれど〈PHW〉は? いずれ、ヘリウムカートリッジだって底を突く。そうしたら、ヘリウムバーニアも使えなくなるんじゃないの?」と、ジュンから鋭い指摘。
「パーティーグッズのじゃダメなのかな?」
ボクの安直な提案に、彼女は「声を変えるヤツ? アレじゃ圧が弱いわよ」と首を振った。
その懸念を聞いたクルロリが、事後対策を提示。
『ヘリウム自体は地球上にもある。それを採集圧縮すればいい』
「え~? じゃあ、定期的に採集へ行かなきゃいけないの? メンドクサッ!」
『問題ない。胡蝶宮シノブがいる』
「……は?」
唐突に適任者として名指しされ、当人は豆鉄砲状態。
暫し間を置いて──「はぁぁぁ~~~~ッ?」──全員の注視に気付き、ようやく我へと返る。
「ちょっと待て! 私に〝ヘリウム採集係〟をやらせようというのか!」
『この中で最も活動範囲が広いのは、単独飛行能力を有するアナタ』
「……うっ」
あ、絶句に固まった。
「ココココイツは! 何もしないのか!」
露骨な動揺に、ラムスを指さした。
さては巻き込もうとしてるな。
けれど、アマいよ。シノブン。
「協力したいのは山々ですけれど、生憎、私は忙しい身でして」
「貴様、自分だけ逃げる気か!」
「いいえ、滅相もない。ただ、そんな暇があったら、料理の腕前を追究しなければなりませんので……ヒメカの為に」
「そんな理由が通るか!」
「あら? でしたら、貴女がやって下さいますの? 毎朝毎昼毎晩の炊事洗濯を?」
「……うぐっ」
にっこり温顔を飾って黙らせた。
ホラね?
ラムスの強かさは、超一級だもん。
『にへへ ♪ 大丈夫だよぉ?』と、並び飛ぶ〈ジャイアントわたし〉からホワホワ通信。『わたしなら、木星からでも採取できるもん ♪ 』
「そ……そうか……うむ、そうだな。確かに〈A3……いや〝モエル〟の方が適任だな。うむ、彼女なら安心だ」
大役免除の流れにシノブンが安堵した直後──。
『一緒に頑張ろうね ♪ 』
「私も行くのかッ?」
免除ならず(笑)!
惜しかったね、シノブン?
「仮に採集できたとしても、超圧縮の方は? あのサイズにまで圧縮できるって〝宇宙科学〟でしょう? 私達〝地球人〟では無理よ?」
ジュンの杞憂に、クルロリは答える。
『それも心配ない。私が〈宇宙航行艇〉建造に使った工房がある。ラムスやモエルなら、そこの設備で生産可能』
「そこって、まさか?」
ボクの不安を易々と肯定する朴念仁。
『そう、橘モーターズ──顧客率が低迷して如何にも潰れそうながらも、何とか虫の息を繋いでいる摩可不思議な個人経営店』
……重々ゴメン、橘のオヤッサン。
「勝手に話を進めるな! 私は、まだ『やる』とは言ってないぞ!」
「頑張って下さいませ ♪ 」
「貴様ァァァーーッ?」
強かなメイドベガは、しれっと何処吹く風で流していた。
この勝負、ラムスの勝ち。
『胡蝶宮シノブ、タダでとは言わない。取引には対価が必用。ちゃんとアナタへの報酬は用意してある』
「ふざけるな! 取って付けた安っぽい懐柔で、この胡蝶流忍軍次期党首・胡蝶宮シノブが請けると思うか!」
『アナタへの報酬として『人間形態への変身プログラム』を完成させておいた』
「慎んで御請します!」
あ、折れた。
いとも簡単に。
こんなチョロさで大丈夫か?
胡蝶流忍軍?
『では、胡蝶宮シノブ……そして、ラムス。アナタ達にコレを譲渡しておく』
何処からともなくロボットが現れた。
とは言っても〈アンドロイド〉とか〈人型ロボット〉みたいな高等な物じゃない。
よく博物館とかイベント会場とかで見掛ける〈案内ロボット〉みたいなヤツ。
ボク達の腰辺りまでの身長で、プラスチック的な素材……ってか、スベスベとした光沢からしてセラミックだな。コイツ。
角柱ボディのみで頭も手足も無いけれど、ボディ前部には黒色のクリア板が一体成型にテカっている。おそらくココにカメラアイやら各種センサー類等が内蔵されているのだろう。その形状から連想される通り、移動は底部内蔵の車輪による走行。
そいつは滑るようにして、シノブンとラムスの前へとやって来た。
すると、背面収納されていたマジックアームを伸ばし、二人へとアイテムを手渡す。
パモカだ。緑色と紫色の。
暗黙のイメージカラーってワケじゃないだろうけど、ラムスは緑を、シノブンは紫を受け取った。
「胡蝶宮シノブ、そのパモカには〈疑似変身アプリ〉をインストールしておいた。日向マドカのように自身のみで変身できるワケではないけれど、そのアプリを起動する事で〈ベムゲノム〉を沈静化させる事が可能」
「これで……私も猫カフェデビューが!」
どんだけ行きたかったんだよ、猫カフェ?
あんなん、そんなにいいもんじゃないぞ?
うるさいし、臭いし、落ち着かないし。
行くなら『怪獣酒場』か『妖怪茶屋』の方がいいぞ?
一方、ラムスはラムスで舞い上がっていた。
「ああ、念願のパモカ ♪ 私のパモカ ♪ 」
大切そうに抱き締めたり、頭上に翳してクルクルと小躍りしたり……感情が忙しいヤツだな?
ってか、こんなラムス初めて見たよ。
「うん? まさか持ってなかったの?」
「持っているワケあるはずがないじゃありませんか」
ややこしい日本語だな? どっちだよ?
「私の故郷・ジェルダは、文明レベルの低い原始的な惑星。パモカは疎か、銀邦通貨すら流通しておりませんわ」
「銀邦?」
『銀河連邦の事』クルロリの声が解説を挟む。『地球は宇宙基準意識レベルが低い為、まだまだ〝二次選抜候補〟だけど、この宇宙には高度知性体種族による協同治安機構〈銀河連邦〉が発足されている』
「ああ〝ウルト ● マンA〟が遥かに越えて来たり、宇 ● 刑事の本部〝バー ● 星〟が所属してたりするヤツ?」
『それは知らない』
はい、淡白スルー頂きました!
と、ボクはラムスへの矛盾を抱く。
「あれ? キミってば、パモカ機能熟知してたじゃん? カメラアプリとか?」
「それは垂涎の想いで、日々『月刊パモカ』の情報をチェックしていたからですわ。いつか入手する日を夢見て ♪ 」
何だ『月刊パモカ』って……。
ってか、やっぱ宇宙共通のマストアイテムだったんか!
売ってたんか! コレ!
「そんなに欲しいなら、さっさと買えば良かったじゃんか?」
「こんな高価な物、そうそう買えませんわよ!」
何だ、高いのか。
じゃあ、これからは大事にしよう。
もう『遊 ● 王ごっこ』をするのは、やめよう。
シール剥がしのスクレーバー扱いにするのも、やめよう。
「地球基準の価値観で換算すれば、コレ一枚で都庁ぐらいは買えますのよ?」
「何ィィィーーーーッ!」
面食らった!
ビックラこいた!
掌返しに、マイパモカを磨く!
ハァーハァーと息を吐き掛け、ディスプレイを袖でキュッキュッと磨──え、ジュン? キミも?
次第に、青い惑星は大きくなってきていた。
別離は近い。
ボク達は草木萌える丘へと降ろされた。
街から離れた雑木林の中だ。
歩いて四〇分程度の場所になる。
ちなみに、モエル本体は衛星軌道上で待機中。
お馴染みの〈プリテンドフォーム〉だけが、ボク達と共に降り立った。
涼しく澄んだ星空が示すように、すっかり深夜だ。
当然、周囲に人の気配は無い。
民家ですら、遠目に疎ら。
寧ろ、田畑の方が多い。農作物が地平と広がっている。
それを確認した上でだろうけど、着陸した母艦は〈グリフィンシステム〉を解除した。
「改めて見るとデカいね」
「そうね。なまじい樹々とかの比較対照があるだけに、余計そう感じるのかもしれないけれど」
プリズム明滅を息吹く宮殿を仰ぎ、ボクとジュンは軽い感嘆を交わす。
『日向マドカ、星河ジュン……此処で、お別れとなる』
宮殿が別離を告げた。
その荘厳な巨体に反して、奏でる声量は至って普通。
まるで彼女が傍にいるようだった──いつもみたいに。
「ねえ? その前に、ひとついいかな?」
『何? 日向マドカ?』
「キミの名前は?」
『別に〝クルロリ〟でいい』
「それってば、ボクが勝手に付けた呼び名じゃん。本名じゃないじゃん」
『これはこれで気に入っている』
「そっか」
ちょっと嬉しくも誇らしい。名付け親として。
そして、ボクは前向きな結論へと辿り着く。
「じゃあ、また会おうね?」
「マドカ?」
「マドカ様?」
「日向マドカ?」
「マドカちゃん?」
怪訝そうな顔を向けるみんなへ、ボクは明るい笑顔で応える。
「大丈夫。すぐに会えるよ」
「どうして断言できるのよ?」
「だって、まだ一緒にマドナ行ってないもん」
ボクの主張を聞いて、宮殿が『クスッ』と笑った。
あ、クルロリが感情見せたの初めてじゃん。
見れないのが惜しい。
きっとカワイイんだろうなぁ……この娘の笑顔って。
『日向マドカ』
「ん? 何さ?」
『……また』
「うん、またね ♪ 」
三〇分ぐらいだろうか……。
或いは、一〇分も経っていないもしれない…………。
ボク達は満天の星空を見上げ続ける。
巨大宮殿は旅立った。
けれども、その姿を見送る事は叶わなかった。
〈グリフィンシステム〉の透明化によって、人知れず去ったからだ。
不用意に目撃されない為の配慮らしい。
けれど、気配で分かる。
此処には、もういない。
爽やかな薫風が桜を運び、鋤き撫でられた草花が足下で踊る。
それが心のスイッチを入れ、ボクは呟いた。
「……行っちゃったね」
寂しくないと言えば嘘になるけど、それよりも誇らしさの方が勝っていた。
うん、誇らしい。
何が……かは知らないけど。
「あ!」と、ジュンが唐突に思い出す。
「どしたのさ?」
「あの娘の正体……訊くの忘れちゃった」
「確かに……何者だったのでしょうね?」
「うむ……あれほどの情報に精通していた以上、只者ではないはずだが」
「はぇ? クルロリちゃんって〈ベガ〉じゃなかったの?」
「もう……そんな事?」ボクは腰に両手を当て、明るい笑顔で断言した。「友達だよ? それ以外ないじゃん?」
みんなは暫く戸惑っていたけれど──やがて微笑みが重なる。
それがボク達の真実だった。