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孤独の吸血姫:~第二幕~白と黒の調べ Chapter.5

 紅蓮ぐれんの炎が街をむ!
 しかばねの侵攻が人々を斬り捨てる!
 シティ居住区は、いままさに地獄絵図と化していた!
 その大虐殺のパノラマを、屋根の上から遠退とおのきに傍観ぼうかんする二つの影──〝血塗ちまみれの伯爵夫人〟ことエリザベート・バートリーと、その片腕たる魔女ドロテアだ。
「ホホホホホ……見事! まことに見事であるぞ、ドロテア! よくぞ数日で、これだけの兵力をそろえた!」
御誉おほめに預かり光栄にございます。されど、まだ種火たねびに過ぎません。此処にそろえたるは、たかが酒場客の頭数あたまかず。これを皮切りに、さらに多くの兵数を増産しなければ……」
「いや、充分であろう」
「エリザベート様?」
今宵こよいの襲撃分だけで、さらなる兵数補填ほてんかなう。なれば、ロンドン塔など楽に陥落かんらく出来ようぞ。これで、ようやく忌々しい小娘こむすめどもほうむれるというもの……ホホホホホホ!」
(チィ、短絡たんらく白痴はくちが! 戦力差の目算もくさんも出来んというのか!)
愚民ぐみんどもわれあがめるがいい! たたえるがいい! 畏怖いふするがいい! 美しいであろう? 怖ろしいでろう? それこそが〝真の支配者〟たるわれにふさわしい賛美さんび!」
 眼下がんかの惨状を眺める邪視じゃし愉悦ゆえつ陶酔とうすいに細まる。
 所々ところどころで赤の飛沫しぶきき上がり、断末魔の絶叫がなく響きわたった。
 その凄惨せいさんわめき声が、エリザベートの耳には畏敬いけいと崇拝を込めた命乞いのちごいに聞こえる。
 現状、彼女は自分を〈神〉の如く倒錯とうさくしていた。
 うごめくも動かぬも含め、死体は街路をにぎやかす!
 それを熱に照らす朱舌しゅぜつは、猟奇的高揚感を助長させる照明演出でもあった。
 眼下に黒く広がる屍兵しへいの影。
 忠実なる不死の群隊ぐんたい
 その圧倒的な侵攻力に、吸血妃は高らかな嘲笑ちょうしょうで勝ち誇る。
「アハハハハ! アハハハハハハ!」
 と、その光景に違和感を覚えた。
「……何だ?」
 視界のすみに捕らえた異変は、やはり錯覚ではない。
 黒集くろだかりの一角が、微々ながらも陣形を崩しているではないか。
 それはげのように広がり、やがて、その周辺を大きくひらいていく!
 毒々しくもあざやかな飛沫しぶきが咲き乱れてはいるが、それは先刻さっきまでとはしつが異なっていた!
 屍兵しへい赤花あかばなだ!
「ア……は!」
 彼女の目に飛び込んできたのは、反逆の輪舞ロンドを踊り狂う黒と白の外套マント
 謀反むほん手駒てごまたる屍兵しへい達は、次々と冥府へ解放されていった!
「……カーミラ・カルンスタインッッッ!」
 憎むべき敵の姿を認識し、忌々しく唇を噛んだ。
 距離にして三〇メートル程離れている。双色そうしょく吸血姫きゅうけつき達はミニチュア人形にしか見えない。
 にも関わらずエリザベートは、確実に憎悪の対象を認識していた。
 それは吸血鬼特有の超視力による部分も大きいだろう。しかし、それ以上に彼女の執着的呪怨が、それほどまでに強いという立証でもある。
 何故なにゆえ、カーミラが此処にいるのか──それはエリザベートにとって、どうでもよい事だ。ただ〝宿敵によって計画を邪魔立てされた〟という事実だけが、彼女にとっては重要なのである。
 一方で策謀さくぼうしゃドロテアの分析眼には、非常に由々ゆゆしき展開としか映らない。
(アレはカーミラ・カルンスタインに、カリナ・ノヴェール? 何故、貴奴きやつが此処に?)
 全くもって計算外の乱入者であった。
 エリザベートにゾンビに自分……これだけの戦力では、いささ心許こころもとない。
(此処は一時退くか)
 取り敢えずのテストは上々の結果であった。これ以上、無理を敷く必要はない。否、折角せっかくの戦力を無駄に損失しないためにも、此処は退くべきである。
「エリザベート様、一時撤退を……」
「ならん!」
「エリザベート様?」
 ドロテアが困惑に凝視ぎょうしした女主人の横顔は、まさに吸血鬼の本性であった。殺意に血走った目と、歯噛みする口元に覗く牙──破滅を帯びた美貌の相好そうごう獣性じゅうせいを宿す形相が同化している。
 憎悪にみなぎったエリザベートの瞳は、カーミラだけを睨み据えていた。
 彼女の薄っぺらい自尊心には、もはや、それしか映ってはいない。
「フン……考えてみれば、これは千載一遇せんざいいちぐう好機こうきよ! いま此処で、あの小娘を亡き者にしてくれる!」
「此処は撤退の選択が英断かと! 悪戯いたずら屍兵しへいを損失すれば、これまでの計画がみずあわ……」
「いいや、退かぬ! それでは、我が貴奴きやつに屈した事と同義どうぎとなろう!」
「し……しかし!」
「案ずるでない。要は確実にほふればいいだけの事。こんな場所で城主がち果てたとは、誰も思うまい」
(ええい! その実力がキサマには無いと言っている!)
 ドロテアは焦燥しょうそういだく。
 ここにきて〝傀儡くぐつ〟は暴走した。
 そして、虚栄と過信に支配された人形は、もはや彼女にもコントロール出来るいきではない。
「続け! ドロテアよ!」
 紫の外套マント滑空かっくうに屋根から飛び降りる!
 その姿は、まるで血にえた巨大蝙蝠! 
 あるいは、獲物を捕食せんと襲撃する怪鳥のごとく!
「……誰が行くかよ、馬鹿が」
 ドロテアは隠していた本性をさらけ出す。
 争乱の火祭へと呑まれていく紫翼しよくを蔑視に見捨て……。
「あの手駒てごまは、もう帰るまい。本来ならばアレを御輿みこしとして、ロンドン塔を襲撃させる計画であったが……」
 かなめたる傀儡人形マリオットは失った。おそらく屍兵しへいも大幅に損失する。
「計画を見直さねばならんか」
 魔女が指を鳴らすと、数体のゾンビが静かに撤退した。
 うごめ頭数あたまかずが多いだけに、誰一人として気付かない。
 カーミラも──カリナも──エリザベートも────。
「悪く思うなよ、エリザベート・バートリー。少しでも基手もとでは残しておきたいのでな」
 損失した屍兵しへいの数は、これを起点に増やしていくしかないだろう。
 問題なのは、エリザベートに代わる戦場のかなめだ。
 現状、それは〝〟以外にない。
 虚栄心のかたまりであるエリザベートに比べ、いささかコントロールはむずかしそうだが……。
「保険を掛けておいて良かったよ」
 冷酷に言い残してドロテアはきびすを返した。
 後目うしろめに見送る〝血塗ちまみれの伯爵夫人〟とは、もう会う事もないだろう。
 そして、魔女は闇へとかすんで消えた。

 いばらむちが蛇と踊り、あかやいばが星とひらめく!
 双色そうしょく吸血姫きゅうけつきは華麗に舞い、むらがる死体の包囲網をさばいていった!
 しかし、しかばぬが動きをめる事は無い。
「何なの? 頭をねたというのに、首が無いまま向かってくるわ!」
 実際のところ、首だけではなかった。四肢を斬り離しても死体は停止しない。それどころか、地に落ちた部位が分裂派生した別生物のようにうごめいているではないか。
 転がる部位を細分化に斬り捨て、カリナが平然と教示きょうじする。
蘇生そせいプロセスからして、デッドとは違うのさ。コイツ等は〈呪術〉によって再活動している。脳や頭部を破壊した程度ではちん」
「わたし達〈吸血鬼〉に近しい性質ってわけね──認めたくはないけれど」軽く不快感を含んだカーミラは、荊鞭いばらむちで切断しながら改めて処置をたずねた。「じゃあ、コツは? 教えて下さるかしら?」
間接かんせつそのものを破壊するか切り捨てろ。如何いかに動く肉片とはいえ、テコ軸が無ければ行動など出来まいよ」
「なるほどね」
「手首は炎にでもくべてやれ。この部位だけは、乱戦下でさばひまなど無いからな」
 本来ならば多勢に無勢の窮地きゅうちであろう。
 さりとも〈吸血姫きゅうけつき〉たる彼女達にしてみれば、たいしてデッド戦と変わらなかった。単に一手間多いだけだ。
 その時、き出しの敵意が、カーミラを急襲きゅうしゅうする!
「カァァァミラ・カルンスタイィィィン!」
 悪鬼あっき形相ぎょうそうで飛来する紫の魔翼まよくが、カーミラの頭上れを過ぎる!
 凄まじい突風を発生させる奇襲!
 咄嗟とっさに踏みこらえようとこころみるカーミラを、勢いはらむ気流は紙細工の如くいだ!
 次の瞬間には、抵抗むなしく煉瓦れんがかべへと叩き着けられる!
「きゃあ!」
「カーミラ!」
 戦況せんきょうの急変を察知し、カリナが叫んだ!
 だがしかし、彼女のもとへは駆けつけられない!
 取り巻くゾンビ共が足止めとなっていたからだ!
「ぞろぞろと……っ! どけぇぇぇぇぇ!」取り囲む首を一舞ひとまいに跳ねるも、すぐさまむらがり補填ほてんされてしまう。「チッ、もとよりだけあって怖いもの知らずか」
 こうなると、武功の欲を出して先行していたのがあだとなった。
 ややあって、瓦礫がれきの山からカーミラが身を起こす。
 くずまみれに汚されながらも、白麗はくれいは案じる戦友へと苦笑を向けた。
「大丈夫よ、カリナ。ちょっと油断しただけ……」
 その一方で、彼女は失念の軽率さを噛んだ。
 つまり、背後に当然潜んでいる黒幕の存在を。
(並の吸血鬼ならば、四肢がはじけ飛んでも不思議はなかった……か)
 左腕が鈍くうずいた。曖気おくびにも出さぬよう隠してはいたが、それなりのダメージをっている。
 紫翼しよくの怪物は抜け目がなかった。
 奇襲にちがさい超音波咆哮ソニックウェーブを放っていたのである!
 それは不可視ふかしの鉄球とし、風圧に硬直した無防備な身体からだへと殴りつけた!
 臨戦体勢に気持ちを切り替え、カーミラは頭上に滞空する奇襲人物をあおにらむ。
 黒い妖月ようげつを背景に、悠々と外套を靡かせ立つ紫影。巨眼を後ろ盾にした構図ゆえか、まるで魔界からの刺客しかくにも思えた。
 あやしの影は高笑いに勝ち誇る。
「ホホホ……無様ぶざま! 無様ぶざまよのう、カーミラ・カルンスタイン? けがれたキサマは地へとつくばり、勝者たる我は悠々ゆうゆう高見たかみにある──これぞるべき優劣の縮図しゅくずよ」
「エリザベート・バートリー?」
「〝さま〟が足りぬわ!」
 鋭利な爪撃そうげきを混ぜた風圧!
 鎌鼬かまいたち現象をびた暴風が、ダメージをった左腕に四筋よすじ赤痕あかあとが刻みつける!
 この部位を狙ったのが、故意こいか偶然かは判らぬが……。
「クッ!」
「本来ならば、いま少しは軍勢の育成に集中すべき時期であったが……キサマが介入かいにゅうしてきた以上は捨て置けぬわ」
「軍勢?」
如何いかにも」
「では、この惨状は貴女あなたが!」
 胸中に芽吹く悲嘆といきどおり。
 確かに強健派が現状の政策方針をこころよく思ってないふしは、カーミラ自身も重々承知している。そして、殊更ことさらエリザベートには、自分へ対する反抗心が顕著けんちょだという事も。
 一方で、己の統制力が絶対的だと自負じふしていたのも事実ではあった。
 だからこそ、自身が防波堤ぼうはていとして機能する限りは人間を擁護ようご出来るとも……。
 が、結局それは過信に過ぎなかったのかもしれない──カリナが示唆しさしていたように。
 その証明が組織末端たる衛兵吸血鬼の腐敗であり、我が身を襲った現在の苦境だ。
 それでもカーミラは叱責しっせきせずにはいられなかった。
「禁じたはずです! 人間を不遜ふそんに扱ってはならないと! その人権を尊重そんちょうせねばならないと!」
下賤げせんの事など知るか!」
 謀反人むほんにんが吐き捨てた台詞せりふを耳にし、くろ外套マントまゆがピクリと反応する。カリナにとって、唾棄だきすべき不快感であった。
所詮しょせん、奴等は貯蔵樽ちょぞうだるよ! 我等を吸血鬼をうるおすための家畜かちくに過ぎんわ! 共存? 人権? ハッ! 笑わせるな! 下層かそうの者どもは、おとなしく全てを差し出せばいいのだ! その命までもな! 我等支配層は、ただうるおうのみ! 奴等が飢えようが野垂のたれ死のうが知った事か!」
「エリザベート・バートリー!」
 口惜くちおしさにえる。
 まさか〝血塗ちまみれの伯爵夫人〟が、ここまで強烈なエゴイズムを鬱積うっせきさせていたとは……完全にカーミラの憶測を越えていた。
 盟主としての立場上、さばかねばならない──そう自覚しつつも、カーミラは躊躇ちゅうちょを覚える。
(できれば、戦いたくはないけれど……)
 反目はんもく関係に在るとは言っても、互いに〈吸血鬼〉であるという同属意識は拭えない。況してや〈吸血貴族ヴァンパイア・ロード〉は希少レアな存在だ。
 だからこそ、それを共感に置き換えようとしてきた。
 それに対してエリザベートは、意固地なまでに敵意へと転化している。
 この平行線は決してまじわる事がない──その確信があればこそ、彼女は苦悩を抱くのだ。
「何故、このような愚考を!」
空々そらぞらしい。われがキサマへの殺意を常々つねづねいだいていた事は、すでに知っておったであろう? 水面下で謀反むほん画策かくさくしていた事も……。のう? カリナ・ノヴェール?」
 屍兵しへいの包囲網をさばき続けるカリナは、剣舞けんぶ一息ひといきに冷ややかなめつけを返す。
「部外者の私に振るなよ」
「フン、われは忘れてはおらぬぞ。あの時、キサマはわれ心底しんてい見透みすかかし、挑発と侮蔑ぶべつを込めて見据みすえたではないか」
「ああ、か」
 背後から襲ってきたしかばね脳天のうてんを、紅剣こうけんわずらわしく突き刺した。肩越しの無作為な一撃だ。物量こそ厄介やっかいではあるが別段脅威ではない。 
 カリナは鼻で笑い、小馬鹿こばかにした態度で答える。
「アレは、こう思ったのさ──『随分ずいぶん化粧けしょうの濃い老害ババアがいやがる』とな」
「なっ?」
 ひるがえる黒波に生み出される幾多もの赤い弧!
 くろ外套マントの周囲には肉片にくへんが、ピクピクと散乱しているだけだった。
「いまの一体が最後か。もはやさばくべきなまゴミは無いようだ」
 わずらわしい作業の終了を確信するカリナ。
 そのまま手近な瓦礫がれきへと腰を下ろすと、傍観意向に脚を組んだ。
「おい、カーミラ」
「何かしら? カリナ・ノヴェール?」
 にらえたまま、カーミラが返す。
 左腕がうずいた。それは、そのまま誇りの痛み。
 隠した異変に気付いたか──あるいは気付かぬままなのか──干渉かんしょう放棄ほうきくろ外套マントは、ぞんざいなぐさていする。
「今回のきょうは、くれてやる」
「え?」
 一瞬、カーミラは耳をうたがった。
 思わず傍観者を凝視ぎょうしする。
 あの意固地いこじひねくれ者が、他人へときょうゆずると言う──到底信じられない申し出だ。
 しかし、頬杖ほおづえながらに自分を正視せいしする眼差まなざしは、強い意志力で見定みさだめているようにも感じられた。
 無言の真意をむと、不思議と迷いが晴れていく。
「……そうね。それが、わたしの責務ですものね」
 己への鼓舞こぶに腕の痛みは忘れた!
「ええい、ことごと目障めざわりな小娘が!」
 わなわなとした怒りに震える吸血妃。
 全くもって、腹にねる態度であった。不遜ふそんな獲物達は、緊迫も畏敬いけいいだいていない。
「ドロテア!」
 懐刀ふところがたなの名を加勢に呼んだ!
 だが、返事は無い。
「……何故だ? 何故、返事をせぬ! ドロテアよ!」
 あたりに気配を求めるも、水を打ったかのような静寂──この時、ようやくエリザベートはさとった!
「ま……まさか、見限みかぎったというのか? この私を……無二むにあるじである、この私を!」
 受け入れがたい現実!
 生前から目に掛けてきた飼い犬は、最大の勝負処に来て飼い主の手を噛んだのだ!
「エリザベート・バートリー!」
 凛然とした呼び掛けが、狼狽ろうばいに浸る吸血夫人をわれへと呼び覚ます。
 視線を向ける先には、滞空に立つ白い麗姿。
「不本意な形ではありますが、決着を着けましょう」
 両手に茨鞭いばらむちを携えたカーミラ・カルンスタインが、いつの間にか飛翔していた!
 その立ち位置は、いまや対等だ!

 巨眼の黒月こくげつに見守られ、白と紫が激しくぶつかり合う!
 闇空あんくうを舞う双影そうえいは、衝突したかと思うとたがいに放物線をえがいて距離を離れた。そして、また引かれ合うようにはじき合う。
 その流れが繰り返されていた。
「まるで磁石だな」地上で傍観するカリナは柘榴ザクロかじりにらす。「……で、なんでキサマがいるよ」
 背後の虚空こくうへと嫌悪感のままに呼び掛けた。
 空間に現れたのは、彼女がさげす下衆ゲス──ゲデである。カリナにとっては数日ぶりの厄日やくびだ。
「ィエッヘッヘッ……どうにも食欲をそそるしたんでねぇ?」
「まさか、この惨状はキサマの仕業しわざじゃあるまいな?」
「冗談よせやィ! なんでオレが〝不死〟なんかを生産しなきゃならねぇんだよ? おまんま喰い上げになっちまわァ!」
「確かにな」
 ゲデのかては〝魂〟でも〝殺戮さつりく〟でもない。純然たる〝〟そのものであり、その瞬間自体だ。
 ともすれば、必然的に〝生者せいじゃ〟の存在は不可欠となる。にデッドやゾンビの比率が多くなればなるほど、死神のかては減っていく。それは望むところではあるまい。
 つまり、大方おおかたはカリナの予想通りという事だ。
 無愛想ぶあいそう魔姫まきならうかのように、ゲデは闇空あんくう衝突劇しょうとつげきあおながめた。
「こりゃまた珍しい見せ物だ。吸血貴族ヴァンパイア・ロード同士の決闘ですかィ?」
「そんな尊厳そんげん高いものかよ。単に盟主が不祥事の責任をまっとうしているだけさ」
「ま、オレとしては、どうでもいい事ですがね?」簡単に興味を失うと、ゲデは周囲に散らばる肉片にくへんへと好奇心を移す。路上に散乱する赤い欠片かけらは、ピクピクと脈打つかのようにうごめいていた。「ィエッヘッヘッ……苦しみ足掻あがいてやがるぜ、コイツ」
「確かデッドと違って、ゾンビには〝〟が内在していたな?」
 天空の決闘に見入りながら、カリナが無愛想ぶあいそうたずねた。
 性懲しょうこりもない悪趣味には、爪先つめさきほどの関心も向ける気が起きない。
「まぁな。けどよ、オレ様がしてるのはじゃねえぜ。どのみちゾンビに内在した魂は〝肉体〟というおり隔離かくりされた捕虜ほりょみてぇなモンだ。痛みもクソも感じねぇよ。オレが堪能たんのうしてるのは〈〉の方だ」
「ズンビー?」
 相変わらず、顔すら向けずにう。
「ブードゥー精霊のひとつ──要は〝蛇精じゃせい〟だわな。精霊としちゃあ下級だが、コイツが死体の四肢にまとわりく事で〈ゾンビ〉という傀儡くぐつ出来上できあがる」
「ゾンビ発生の根源ってトコか」
「ソイツが解放されねぇまま切り刻まれたモンだから、二進にっち三進さっちもいかずにもがき苦しんでやがる……ィエッヘッヘッ、間抜けだぜぇ」
 と、ゲデはいささか感じた差異さいを見通す。
「ん? コイツは〝〟じゃないぜ?」
「何?」
 興味深い発言に、初めてゲデを一瞥いちべつした。
「ああっと……厳密に言やぁじゃねぇって話だ。プロセス的には踏襲とうしゅうしてるが、間違いなくコイツァ似て異なる〝〟さな。おそらく〈西洋魔術〉の応用ってトコか。精霊との盟約じゃなく、強力きょうりょくな魔力で力尽ちからづくにいつけてやがる。だから、蛇公共へびこうどもは解放されねぇのさ。ま、どうでもいい事だけどな……ィエッヘッヘッヘッ」
「なるほどな」
 柘榴ザクロすすりに、再び戦局へと注視を戻す。
(プロセス的に〈ゾンビ〉は〝使役しえきじゅつ〟のたぐいだ。そして、それは洋の東西に関わらず古来より多くある。つまり〈黒魔術〉でも応用可能という事だ。それだけの実力がけていれば……だがな)
 冷静に分析しながらも、懸念けねん胸中きょうちゅう渦巻うずまく。
「……ドロテアか」
 先刻せんこく、エリザベートが呼び叫んだ名前が思い出された。
 白と紫の衝突はいまだ進展を見せていない。


「この小娘がぁぁぁあああっ!」
 エリザベートが癇癪かんしゃくまかせに手刀しゅとうを突き出す!
 四指の爪は鋭利なやいばと伸び、数メートル先に舞うカーミラを強引に射程へ捕らえようと襲い掛かった!
 その挙動を瞬時に読んだ白い影は、またも大きなきょくえがいて回避する。
「チィ……ちょこまかと!」
 エリザベートの攻撃は、いまだ当たる気配すら感じられなかった。ここぞと繰り出す手数は多いというのに、獲物はことごとく優美な旋回に回避してしまう。
 カーミラとの交戦で厄介だったのは、その縦横無尽な軌道取りだ。目線上にいたかと思えば、次の瞬間には降下して足下から迫る。かと思えば、その警戒を先読みしたかのように頭上から降ってきた。
 そうした変幻自在な出現術から繰り出される二対につい茨鞭いばらむちは、奇襲してくる回数こそ少ないが的確なタイミングで無駄が無い。
 それらをけ続けるエリザベートの反応力も、あなどれないものではある。
 が、あくまでも劣勢な感はいなめなかった。
 その自覚があればこそ、彼女自身の焦燥しょうそう否応いやおうなくつのるのだ。
「ええい! 忌々しい百舌もずめが!」
 専用の武器を有さない自身の戦闘スタイルが、これほど口惜くちおしく感じた事はない。
 カーミラには茨鞭いばらむち、ジル・ド・レには剣、そして、カリナには細身剣レイピア……といった具合に〝武闘派〟と呼ばれる吸血鬼には愛用の武器がある。
 一方で、自分やメアリーのような〝非武闘派〟には、そうした武器を所有しない者も珍しくはない。いな、そちらの方が多いのが実状だ。
 そもそも〈吸血鬼〉は、存在そのものが特殊能力ハイスペックかたまりである。したがって、そうした武器に頼らなくともほとんどの事象は脅威とならない。
 なおつ彼女の場合は、自身が足りない側面を魔女ドロテアに任せていた。この劣勢は、そうした依存がんだツケ・・かもしれない。
 しかし、エリザベートはあきらめが悪い性分しょうぶんであった。してや相手が〝カーミラ・カルンスタイン〟であればこそ、がんとして敗北をきっするわけにはいかない!
(考えよ! 何か策は有るはずだ!) 
 四方八方から繰り出されるいばらした
 しかも、今回のカーミラは両手持ちだ!
 それだけ、彼女も本気ということだろう。
 対するエリザベートは外套マントたてとして身をつつむ。
 防御に徹しながらも、けわしくにら邪瞳じゃどうは策謀をめぐらせ続けた。
 とはいえ、休まぬ攻撃がかすごとに、外套マント微々びびとダメージを累積るいせきしていく。それはこのましい展開ではなかった。
 元来がんらい、エリザベートの魔力まりょく底値そこちは、カーミラよりも下回したまわる。自力ではおよばぬ空中戦能力をこなせているのは、まとった外套マントの魔力増幅による部分が大きい。しかも、この外套マントがドロテアによるカスタムメイドであればこそ、カーミラに匹敵するほどの底上げが実現しているに過ぎなかった。
 またも繰り出される茨舌いばらした連撃れんげき
 と、咄嗟とっさわしながらも、エリザベートは何か違和感を察知した。
 生来せいらいの油断ならない狡猾こうかつさが発揮した注意力だ。
(二:一……三:一……二:一…………)
 黙視に数える。
(二:一……二:一……四:一…………)
 ひたすらつ確実にわしつつ、黙々と数え続ける。
 それが確信へと変わった瞬間、彼女はニィと邪笑を含んだ。
 エリザベートがカウントしていたのは、カーミラから繰り出される手数の左右比率!
 そして、それは確実に左手数の少なさを刻んでいた!
 さっするに、出会であがしらの急襲がこうそうしたのであろう。
 間違いなくカーミラ・カルンスタインは、左腕にハンデをっている!
 付入つけい勝機しょうきが見えた!
(二:一……三:一……二:いまだ!)
 自身の左腕を犠牲として、定期的に繰り出された左鞭ひだりむちをわざと受ける!
 それは細腕を軸として絡みつき、細かく鋭いとげがガッチリと食い込んだ!
 だが、それだけの対価たいかはあった!
らえたわ!」
「きゃあ!」
 力任ちからまかせに上半身をひねり、執念で引き寄せる!
 姿をらえる事すら困難だった小鳥が、ようやく暴力に屈した!
 慣性かんせいんでくる獲物へ目掛めがけ、エリザベートは右腕を突き出す!
 その一撃が容赦ようしゃなくはらをぶち抜いた!
「かふっ!」
 小さくあえぐように吐血とけつする白麗はくれい
 しかしながら、それはエリザベートがほっした一撃ではない。
「チィ!」
 思わずいきどおりを噛む。
 不死者ノスフェラトゥたる〈吸血鬼〉相手にはらなどつらぬいても、して意味はない。ダメージとしては大きいが、所詮しょせん、その場しのぎだ。
「実戦れしていない不慨ふがいなさか。真につらぬきたかったのは心臓よ!」
 されど、千載一遇せんざいいちぐう好機チャンスのがすほどおろかでもない。
 すぐさまいた右腕を獲物の首へと巻き付け、背後からギリギリと絞めあげた!
 優勢に酔いしれ、無力化した小鳥の耳元でささやく。
「手を焼かせおって……だが、厄介やっかいな動きは封じたぞ」
「クッ!」
 清廉が眉根まゆねを曇らせるさまに、かすかな情念を覚えた。怨敵おんてきに対する優越感か──あるいは貞淑な小娘に対する情欲かはさだかにないが……。
 純白ドレスの腹部を鮮血が真っ赤に染め濡らす。その清らかなけがらわしさが、深層意識で眠る〈吸血鬼〉の本能を陶酔とうすい的に刺激した。あるいは悪徳と邪淫じゃいんまみれた〝バートリー家〟のさがかもしれぬ。
 いずれにせよ、エリザベートは異常な興奮に酔った。自制の効かぬ加虐心が頭をもたげる。
 茨鞭いばらむちの拘束力が弱まった左腕が、カーミラの華奢きゃしゃな肩を鷲掴わしづかみにした!
「ぅああああああっ!」
「アハハハハ! 心地よいぞ! 夢にまで見たキサマの苦悶、実に心地よい! アハハハハハハハハ!」
 さらに力を込め、鋭爪えいそうを食い込ませる!
「っい! ……ぅああああああああ!」
「アハハハハアハハハハハハアハハハハハハハハ!」
 実感した勝利に酔い、妖妃ようきは狂ったように高笑たかわらった。
 と、その反響にまぎれ聞こえてくるかすかなふくわらい。
「フ……フフ…………」
「な……なんだ?」
 耳に届いた静かな笑い声は、おのれのものではない!
 戸惑とまどいながらに特定した出所でどころは、ほかならぬカーミラ・カルンスタインであった!
「フフフ……そうね。これだけ密着すれば、到底とうてい逃げられないわね」
「な……何を笑っている? それが判っていながら、何故なにゆえに笑っている!」
「いい事? エリザベート・バートリー? わたしが逃げられないという事はね、同時に貴女あなたも逃げられないという事でもあるのよ」
 一瞬、エリザベートは戦慄せんりつする。
 冷ややかな微笑びしょうたずさえる吸血姫きゅうけつきの瞳は、見る者全てを〝〟へと魅了するような闇を光らせていたからだ!
 次の瞬間、カーミラの眼前に紅い光が短く伸び生える!
 それは一振りの細身剣レイピア
「何?」
 予想外の連携れんけいプレイにきょを突かれ、エリザベートは地表を凝視ぎょうしした!
 そこには、頭上へと愛剣をたくしたカリナの姿!
 一方、狼狽ろうばいに対応が遅れたわずかなすきを、カーミラは見逃さなかった!
 短く生まれた紅閃こうせん素早すばやつかみ取る!
 途端とたんにぎつかから強大な自己主張があふれ出す!
(な……何? この魔剣?)
 戸惑とまどうカーミラの精神へと、魔剣の意思が浸食してきていた!
(まるで捕食! 禍々まがまがしい生命体による捕食だわ!)
 沈黙のまま暴れる魔剣は、寄生するが如く彼女の内へと侵入してくる。
 肉体的にではない。
 宿主の存在そのものを取り込まんとする暴力的な支配意思だ!
(なんて魔剣! こんな化物をカリナは……!)
 ひたすらにあらがう!
 いま、カーミラの精神は現実世界にない。
 その魔眼まがんに見えているのは、高々たかだかと荒れ狂う怒濤どとう
 ねばびた赤き津波!
 街並まちなみすらもみ染める破滅的なイメージは、彼女の魂さえもつぶそうとうなせまる!
 ながきに渡ってかてすすり喰らった鮮血が、積念せきねんに逆襲してきているかのようであった!
(このままではみ込まれかねない!)
 気高き意志を精神抵抗のかせき、逆に魔剣を支配せんとこころみる!
 だが、彼女が抵抗を示せば示すほど、無形むけいの怪物は強大にけていった!
(おとなしくくだりなさい! 我が名は〝マーカラ・・・・カルンスタイン・・・・・・・〟! 誇り高き〈ジェラルダインの血族けつぞく〉なのですよ!)
 祖先の名とみずからの真名まなよりどころとして、折れそうな戦意を立て直す!
 その直後、背後から優しき抱擁ほうようを感じた。
 ひたすらに穏やかで柔らかな抱擁ほうようを……。
 しかし、伝わってくるぬくもりは心強いほど熱い!
(これは……ジェラルダイン?)
 確証はない。
 それでも、確信はく。
 縁者えんじゃゆえの共鳴現象とでも言おうか。
 姿無き存在からのちからえであった。
 原初吸血姫デモン・ヴァンパイアの魂が味方した瞬間、たけ赤魔せきまひるんだ!
 たじろぐすき好機こうきと判断し、いざかんと構える。
 と、カーミラは奇妙な違和感をらえた。
(え? これは?)
 敵の中核に〝〟を感じる。
 しかも、それは自身にちからえする魂とまったく同質──つまり〝ジェラルダインの魂・・・・・・・・・〟という事になる。
(そう……そうだったの……この魔剣は……)
 矛盾むじゅんの中に正体の片鱗へんりん見出みだした。
 轟音ごうおんびてし寄せる赤波あかなみ
 それは彼女の精神世界をめ、全てを潮流ちょうりゅうに流しつぶした!
 赤き鉄砲水が鎮まり引いていく。
 徐々じょじょに減水していくかさから、血濡ちまみれの麗姿れいしが現れた。
 鮮血にけがれる高潔こうけつ──白の吸血姫きゅうけつきは自然体にたたずむだけ。
 まるで何事も無かったかのように……。
 カーミラは、そこにるだけだ。
 ──風になびかれるが如く。
 ──草木と揺らぐが如く。
 ──大海に波とたゆとうが如く。
 ただるがままにり、素直に事象を受け入れる。
 ただ、それだけ。
 やがて、静かにまぶたを開いた。
 


 精神世界での攻防は、時間にして刹那せつなでしかない。
 魔剣への主従権しゅじゅうけんを勝ち取ったカーミラは、静かに瞑想めいそうから帰る。
 そして、おのれはらもろともエリザベートをつらぬいた!
「がぁぁぁああああ!」
「く……ぁ!」
 激痛の共有!
 闇空あんくうき上がるは赤の飛沫しぶき
 ようやくエリザベートはさとった。
 左腕はおとりだと!
 はかられのは自分の方である!
「よくも……キサマ、よくもォォォォォ!」
 忌々しく呪詛じゅそえつつ、つらぬかれた身体からだくさびから引きがした!
 弁圧べんあつを失った傷口から、さら霧花きりばなる!
「グ……アアアァァァ!」
 一過性いっかせいとはいえ、致命的なダメージをった。
 通常の剣なら──いなたと凡庸魔剣ぼんようまけんであっても〈吸血貴族ヴァンパイア・ロード〉である自分は、ここまでのダメージはわない。
 しかし、カリナ・ノヴェールの愛剣は、相当に強力な魔剣であった。まるで白木しらきくいに落雷を受けたかのような衝撃が、彼女の命をむしばんだ。それはカーミラにしても同じだろうが……。
 紫妖しようくずれる体勢のままに急落下していく。
 もはや滞空たいくうする余力よりょくも無くしていた。
 朦朧もうろううつろに毒された瞳孔どうこうが、伏兵ふくへいたるくろ外套マントとらえる。
 読唇術どくしんじゅつ心得こころえがあるわけではなかったが、少女のくちびるが何を刻んでいたかは読めた気がした。
 ────無様ぶざまだな。

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凰太郎
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