vs,SJK:vs,ブロブ Round.4
寂然とした空気が滞るダイニング──神妙な会談宜しく、重い沈黙でボク達はテーブルを囲っていた。
ボクの自宅ではない。
例のモデルハウスだ。
当然、ジュンとクルロリも同席している。
ラムスの横にボクが座り、正面にはジュンとクルロリが相席。卓上に置かれているパモカは、ボイスレコーダー代わりだ。
「それでは質問を開始する」
相変わらずの無感情でクルロリが法廷開幕を宣言する。
「その前に宜しいでしょうか?」と、ラムスから流れを遮った。「あの、彼女の……ヒメカの容態は?」
「特に心傷も外傷も無い。単に気を失っただけ」
「……そうですか」
呟き漏らした声音は安堵を含んでいた。
「そもそも、あなたのせいじゃない! 無関係なヒメカちゃんを巻き込んでおきながら、何をいまさら!」
感情任せに責め立てるジュン。
ラムスは俯いたまま無言を返すだけ。
甘んじて謗りを受けるつもりのようだ。
その様は傍目で見ていても痛々しい。
「もう、少しは落ち着きなよ? ジュン?」
──ふにん!
「ひにゃあ!」
珍妙な悲鳴を上げて固まった。
ボクが揉んだから。胸を。
で、ビビビビンタ!
「おぶぶぶぶッ!」
「流す! 荒川に流す!」
「うう……揉めば、少しは落ち着くかと」
「余計に憤慨するわーーッ!」
矛先がボクへと推移した。
唐突な展開に、ラムスが面食らっている。
ボクにしてみれば、いつも通りのやりとりなんだけどね。
ともあれ、場の雰囲気は一変。
未経験の姦しさに戸惑うラムスへ、ボクはあっけらかんと明言する。
「ま、ヒメカなら心配いらないっしょ」
「マドカ?」
ジュンが目を丸くしていた。
予想外の庇い立てだったようだ。
「あれでもボクの妹だからね。わがままで屁理屈屋で運痴だけど、悪運だけは筋金入りに強いよ」
ラムスは鳩が豆鉄砲食らったような顔で、暫らくボクを見つめ──「プッ」──やがて軽く吹き出した。
うん、それでいい。
とりあえず笑っておけば元気が潤う。
空元気でも、それは前向きな力になる。
きっかけは何だって構やしない。
もっとも、クルロリだけは平静なまま。情に呑まれるでもなく、淡々と尋問を再開した。
「まず、最初の質問は──」
「何故〝メイド〟なのか……だよね?」
「──違う」
割り込んで主導権を浚うボクへ、物申したそうな視線を向ける。
「初めて地球に来た際、捨ててあった雑誌を見て擬態参考にしましたの。なかなか可愛らしいお召し物でしたので」
素直に回答するラムス。
と、ジュンが驚愕ながらに問答を遮った!
「って、ちょっと待って!」
「何さ? ジュン? 急に血相変えて?」
「地球に……来た?」
「はい」と、温顔ニッコリ。
……うん?
言われてみれば、ちょっとした違和感。
暫し、脳内整理──「ええぇぇぇ~~っ?」──ようやく気付いた!
「ラムスってば、元々〈宇宙怪物〉なのッ? 地球人じゃなくッ?」
「ええ」と、涼しく返してくる。「私は、惑星ジェルダに生息する原生生物でしたの」
衝撃的な真実に、ボクとジュンは追求せずにいられなかった!
「どういう事さ! クルロリ!」
「そうよ! 〈ベガ〉は『地球人に宇宙怪物の特性を遺伝子融合させた改造生命体』じゃなかったの? これじゃ逆じゃない! 何故、宇宙怪物が……!」
「そうだよ! 何で宇宙怪物が〝Eカップ〟なのに、ボクは〝Aカップ〟のままなのさ!」
「そっち違うわァァァーーッ!」
スパーーンと顔面ハリセンで怒気られる。
「イテテテ……ってか、何さ? そのハリセン? どっから出した?」
然もおしおきとばかりに、ジュンはハリセンをスパーンスパーンと両手で玩ぶ。殺気紛いに怒気りながら。
「コレも自作アプリよ。周辺空気を超圧縮形成して、その領域に立体映像を投影。質量も音量も任意に変更自在な優れ物」
秀才通り越して天才か。
「何の役に立つのさ! そんな酔狂アプリ!」
「いま! 此処で! 役に立った!」
「……ああ、そっか。ツッコミ役の必需品か」
「私を〝お笑い芸人〟みたいに言うな!」
「漫才、もういい?」
クルロリが無関心に流れを戻した。
「定義として〈宇宙怪物少女〉とは〈ベムゲノム〉と〈ヒトゲノム〉の相互浸食融合によって新生成立している少女の事。従って、素体が〈地球人〉であっても〈宇宙怪物〉であっても関係ない。結果として成立している形態が総て」
「何さ? その〈ヒトデノム〉って?」
「ヒトデを飲んで、どうするのよ。そうじゃなくって〈ヒトゲノム〉よ。要するに〝人間の全染色体配列情報を解析した膨大なDNA構築式〟とでも言うか」と、ジュン先生。
「日本語で言って?」
「……日本語だ」苦虫顔で呆れながらも、噛んで砕いた表現に纏めてくれる。「まあ、大雑把に解釈するなら〝人間の設計図〟みたいなものね」
「つまり『この商品にパイロットは付いていません』みたいな?」
「……それは知らない」
知っとけよぅ。
昭和世代が感涙するフレーズだぞ?
「じゃあ〈ベムゲノム〉って?」
「つまりは〈ベム〉の生体設計図でしょうね」
ジュンの解釈を肯定するかのように、クルロリが続ける。
「基本的に〈ヒトゲノム〉は〈ベムゲノム〉より劣性であり〈ベムゲノム〉と情報重複する〈ヒトゲノム〉の生体特性は呑まれ消える。そのため〈ベム〉の生体要素が大きく残り〝人間〟としての要素は最低限の特性──最も顕著なのは〝人型フォルム〟──だけが踏襲される。彼女達〈ベガ〉が人型容姿に再誕しながらも生来の異形性を保持するのは、そうしたゲノム性質に依るもの」
と、ここまで淡々と羅列していたクルロリは、ボクの食傷気味な機微を嗅ぎとった。
「日向マドカ、ここまでは理解できている?」
「うん、小難しいって事だけは分かった」
「よかった。説明を続ける」
ボケが通じない。
生真面目なのか、徹底的に朴念仁なのか。
「けれど、根本的な疑問は残る。そもそも〈ベム〉に備わっていない〈ヒトゲノム〉を、どうして内包させるに至ったか。そして、どうやって地球へと来訪したか」
クルロリの示唆に、ボクとジュンは以心伝心のアイコンタクトを交わす。
十中八九、背後で暗躍しているのは〝ジャイーヴァ〟……か。
「〈ブロブベガ〉のラムス──アナタが、どういう経緯で〈ベガ〉へと再誕したのか詳細を知りたい」
「正直、私が知りたいですわね。ある日、突然、こうなっていたのですから」
「ある日、突然?」
ジュンの疑問符を受け、ラムスは回顧を語り出した。
「もう半年ぐらい前に遡るでしょうか。私は一介の〈ブロブ〉として存在していましたわ。その日も原生生物を捕食して、思考無き眠りに就きました。そして、目が覚めたら地球にいましたの。それも〈ベガ〉へと進化して」
「つまり、その瞬間までは〈ベム〉だったのよね?」
「ええ。それに伴い、高度な知性や人格も備わっていましたわ。それまでは本当に原始的な本能のみ。いま思い返せば、我ながら下等で恥ずかしいのですけれど」
「じゃあ、キミもアブられたクチ……って、ハッ!」
ボクは重大な見落としに気付く!
「何ですの?」
「擬態って事は、実質真っ裸? 看破されたら大変だ! 自然体で公然猥褻罪じゃん! 存在自体が大変な変態じゃん!」
「どうでもいいわーーッ!」
「おぶぅ!」
顔面ハリセン、二度目の炸裂!
「あなたって娘は! 隙あれば、すぐに下らない脱線を!」
「うう……せめて『真っ裸Go!Go!Go!』までボケさせて……」
「私を変態みたいに言わないで頂けます?」
柔らかに怒気っていた。ラムス当人が。
「で?」と、ジュンが仕切り直す。「あなた逹〈ベガ〉の……というか〝ジャイーヴァ〟の目的は?」
「さて?」と、顎に人差し指を添えて他人事テンションを返すラムス。
あ、これってばジュンが嫌いな茶化し方だ。
「ふざけないで!」
ほら、キレた。
けれども、ラムスは閑雅な物腰で続ける。
「別にふざけてなどおりませんわ。私とジャイーヴァ様は、単なる契約関係……その背景にある意図までは、生憎存知あげません」
「ふぇ? 契約?」
「ええ。日向マドカを捕獲せよ──と」
「それってば、やっぱクルロリの宣戦布告のせいじゃないだろうな!」
「……にしては妙ね」ジュンが噛み締めるように思索を紡ぎ出す。「これが『日向マドカを打倒せよ』なら辻褄が合うけれど……何故『捕獲』なのかしら?」
あ、言われてみればそうか。
「まさか宇宙動物園で飼うつもりじゃないだろうな? 『ウル ● ラマン80』に登場したバ ● タン星人みたいに?」
「知らない知らない」
全員連帯で手をブンブン振っていた。
知っとけよぅ?
国民的スーパーヒーローの沽券に関わる『どエライこっちゃ事変』だったんだぞぅ?
とりあえず尋問は終わった。
まだまだ知りたい事はあるけれど、これ以上はラムス自身も引き出しを持っていないようだ。
つまり聞き出せる情報は、概ね聞き出したという事。
「で、これからどうすんの?」
誰に言うとでもなく、ボクは今後の指針を求める。
「しばらくは相手の出方を窺うしかない。つまり、これまで通り」と、クルロリ。
「みたいね。受け身一点張りっていうのは癪だけど」と、ジュン。
「じゃなくて、ラムスだよ」
ボクの指摘に全員が直面した課題を気付く。ラムス本人も含めて。
「どうもこうも、人間に危害を加える〈ベガ〉を放置しておけないわよ」と、ジュン。
「心配無用。然るべき処置で拘留しておく」と、同意クルコクによる事務的提案。
「既に覚悟は出来ていますわ。煮るなり焼くなり、どうぞ御自由に……」
涼しい態度でラムスは嘯いた。
どうやら素直に殉ずる覚悟のようだ。
観念したかのような乾いた愁いが、彼女の心理を物語っている。
「然るべき処置……ねぇ?」ボクは背凭れへと仰け反りつつ、釈然としない気持ちを整理してみた。「ねえ? キミの対価は何さ?」
「え?」
意表を突かれたといった具合に驚いていたよ。
ラムスも……だけど、殊にジュンとクルロリが。
「そうか、失念していたわ。契約関係なら相互的にメリットがあるはず……」
「でしょ? だから、この娘のメリットは何かなぁ……って」
「あなたって、時として鋭いのよね。普段は考えなしの無計画バカなのに」
それ、誉めてるんだよね?
「で、何さ?」
ボクは興味津々で、ラムスの顔を覗き込む。
「それは、その……か……家族を──」
「え? 明るい家族計画?」
「違いますけどッ?」
ガチで怒気られた。地球外生命体から。
興奮を鎮めると、彼女は物憂いに吐露を始める。
「誰でもよかったんです。私の孤独を癒してくれるのならば……」
「ふぇ? 孤独って……友達とかいないの?」
「友人は疎か、家族すら存在しませんわ。私は〈地球外生命体〉ですもの」
「なるほど、合点がいった」クルロリが分析論を挟んだ。「正体が〈ベガ〉である以上、彼女は人間社会に於いて忌避される怪物。素性を隠して潜伏するしかない。かといって、源泉種族たる〈ブロブ〉からも許容されない非共感的存在になってしまった。どちらに於いても〝異端〟でしかない」
寂しげな眼差しを落とし、ラムスは述懐を綴り続ける。
「来る日も来る日も孤独──地球人を装って人間社会へ溶け込もうと努め続け、自分自身を偽り隠して平穏な日常を取り繕う。誰一人として〝本当の私〟を知らない──だから、自然と他人から距離を置くようにもなった」
ボクの心に痼っていた違和感が、ようやく氷解した。
それで、あの〝まったり女子会〟だったワケか。
嬉しそうだったもんね。この娘。
「そうした日々に虚無感が募り、心のコップが溢れるかもしれないと思えた。そんな危うさの中で〝彼〟が姿を現したのですわ」
「ジャイーヴァ……か」
噛み締めるように呟くジュン。
その声音は一転して〝ひとりぼっちの異邦人〟への同情を孕んでいる。
「じゃあ、ジャイーヴァと子作りを?」
「ですから! 直接的に子供を設けたいわけではありませんわよ!」
また怒気られた。今度は喰い気味に。
「あなたの心情は判ったとしても、肝心の〝家族〟は、どうするつもりだったのよ? まさか一般人を誘拐洗脳するつもりだったんじゃないでしょうね?」
ジュンからの強い追求。
「正直、私は存知ません。報酬の手筈は、ジャイーヴァ様に御任せしていたので……」
「ええ? そんなの絶対ダメだよ! 平穏な家族を引き裂いてまで、アブるなんて!」
ボクの率直な道徳観に、孤独な〈ベガ〉は「仰る通りですわね」と懺悔のように零す。
「もしも、そのような事態になっていたら、後悔しきれませんでしたわ」
そして、彼女はボクを正視した。
「過ちを犯す前に、負けてよかったのかもしれません……貴女になら」
潤むような儚い微笑み。
う~ん……何か納得できない。
これじゃラムスの気持ち、投げっぱじゃん。
だから、ボクは提案した。
「もう、さ? ユー、ボクん家に住んじゃいなよ?」
「……え?」「……は?」
「そうだ、家族になろう!」
「「ええぇぇぇ?」」
室内反響するほど驚愕されたよ。
ラムスとジュン、双方から。
「あっけらかんと『そうだ、京都へ行こう』みたいに言うな!」
「正気ですの? そんな重大な決断を即興的に?」
「もう、二人してウルサイなぁ」
あまりに興奮した抗議のウザさに、ボクは耳の穴をほじくって流す。
「この娘〈ベガ〉なのよ?」
「そうですわよ! 私が言うのも何ですけど!」
ボクは爽やかサムズアップで明答。
「そこは無問題! 愚妹も喜んでウェルカムだろうし!」
「理由になっていませんけれどッ?」
メイドベガ本人からツッコまれた。
ってか、キミのために提案したんですけど?
「日向マドカ、その案は実現不可能。既に日向ヒメカの記憶は消去してある」
「あ……」
ラムスが寂しさを零した。
けれど、これまたヘラヘラと無問題!
「へーきへーき。またボクがイチから教えるもん」
「……不合理」
クルロリは理解不能といった表情を浮かべていた。
間髪入れずに、ジュンが堰を切って問い詰める。
「だいたい、あなたのお母様はどうする気なの!」
「だから〈ベガ〉って事は隠してもらう。それから、一般人に危害は加えない──それが最低限な約束。それさえ守ってもらえれば、あとは何とか説得するよ」
「何とか……って、具体的にはどう説明する気なのよ?」
不安げに確認するジュン。
「う~ん?」──暫し、腕組みに考え──「橋架下の河川敷で衰弱していたところを拾ってきた……って、シチュでよくない?」
「「まさかの捨て猫扱いッ?」」
私の作品・キャラクター・世界観を気に入って下さった読者様で、もしも創作活動支援をして頂ける方がいらしたらサポートをして下さると大変助かります。 サポートは有り難く創作活動資金として役立たせて頂こうと考えております。 恐縮ですが宜しければ御願い致します。