『our hope』 羊文学
羊文学の新譜が素晴らしい。
4/20にメジャー2ndアルバム『our hope』を発売してから半月ほど経ったが、アルバムを聴いて感じたことを記録に残さないともったいないと思ったほどだ(とはいえ記事を書くのには気合と労力が必要だったので、半月ほど空いてしまった)。
羊文学は昨年度までの快進撃で、"音楽ファンなら誰もが知ってる人気バンド" くらいまでは到達したイメージがあったが、本作を以て遂に "誰もが知ってるバンド" まで登り詰めることができるのではないかとさえ思った。
そう思う理由はアルバムの作風にも、バンドのスタンスにも感じられる。
本心としては全曲の感想も述べたいがまとまりがなくなりそうなので、ある程度テーマを区切ってこのバンドとアルバムの魅力を綴りたいと思う。
前作からの「聴きやすさ」の変化
2020年の12/9に発売されたメジャー1stアルバム『POWERS』も文句なしに素晴らしかった。歪んだギターと繊細で美しい歌声が響く「mother」で始まるこのアルバムは、メジャー路線に固執せず、オルタナティブロックやシューゲイザーと称されるような音楽を鳴らす。アルバム発売前に配信されていた曲群が爽やかで聴きやすいポップソングだっただけに、アルバム全体を通すと、かなり重厚で地下深く潜るような印象があった。
紛れもない傑作であり、真っ暗闇の絶望の中でも優しく背中に触れてくれるような「ghost」で幕を閉じる。(余談だが私は『ストレンジャー・シングス』の大ファンでもあり、登場人物のエルとリンクするこの曲には特に思い入れがある。)
一方で、ライトなリスナーにとっては正直取っつきづらさもあったのではと思う。音楽聴くのに何時間もかけたくないよといったスタンスでは、『POWERS』の世界にどっぷり浸かるのは難しいと感じる。
そういった観点で、今回の新譜『our hope』でまず大きく変わった点は「聴きやすさ」にあると感じた。例えば、最近YouTubeのTHE FIRST TAKEでも取り上げられた「あいまいでいいよ」を聴いて興味を持った人がアルバムも聴いてみようとなったときに、入口として差し出すのに適した作品ということだ。
「聴きやすさ」が具体的に何かと聞かれると難しいのだが、要素を上げるとすると「心地良いと感じるまでに要する時間が短いか」だと思う。下記を聴けば、ギターの一音目から既に曲の雰囲気を掴み取ってワクワクできるし、歌のメロディーラインも物凄くポップである。何を以て聴きやすいと言っているのかが少しは理解できると思う。
今回のアルバムでは、これがシングル曲だけでなくアルバム曲にも浸透している。
例えばM4「電波の街」ではイントロから疾走感と爽やかなパワーポップサウンドを感じられるし、M5「金色」の独特なハーモニーと気怠いヴァースは日陰(物理的にも社会的にも)で聴くのに最適だ。2曲どちらも、コーラス部分ではポップに歌い上げることで、何度でも聴きたいと病みつきにさせてくれる。
羊文学を初めて聴く人にとって、1曲ずつ細切れで聴いてもその魅力が伝わるような優しいアルバムになっている、気がする。
等身大かつ壮大なスケール
何について歌うのか、曲の世界観とそのスケールも大きく進化した。
羊文学は"ガールズバンド"と捉えることもできる(実際は女性2名、男性1名だが)。「Girls」という名前の曲を作っているくらいだし、「ロマンス」や「恋なんて」などの代表曲を聴いても、年頃の女の子の恋の悩みや恨み、喜びを切実かつリアルに歌っている。
こうした側面によって、塩塚モエカや羊文学が何となく自分の身近にいる存在なのではないかという親近感を生んでいると感じる。先ほど触れたM5「金色」は最たる例だ。必ずしも華やかな世界に生きるわけではなく、むしろそんな世界で生きる誰かを羨みながら生きる。等身大の世界観が、とても心に刺さる。
M3「パーティーはすぐそこ」もこの例に漏れず、学園を舞台にした青春映画のワンシーンかのような、パーティーに向かう情景を軽やかに描いている。
「金色」と並んで日常的で庶民的な目線が魅力の、個人的にはお気に入りの一曲である。
塩塚モエカはこの曲について、自身が「推していきたい」曲であり、一方で「あまり求められていない」曲でもあると話していた。1ファンとしては当然求めているタイプの曲なのだが、もっとライトな層やメディアからは求められていないということなのだろうか。
そこで生じるもう一つの側面は、さらに高次の世界観である。これは、新譜の中でも特にタイアップとして使われている曲、あるいはシングル曲に多く表れている。
「マヨイガ」を初めて聴いたときは物凄く衝撃を受けた。
それまでの羊文学は、先に述べたような自分の内に抱える悩みや鬱憤を吐露するような曲が多かった。ところが、この曲を歌う塩塚モエカは、"きみ" や "あなた" の不安や苦しみを柔らかに受け止め、幸せや喜びで溢れる明日を心から祈る、どこか神聖な存在に見えるのである。
歌詞はあくまで二人称視点からの呼びかけだが、そのスケールは先に述べた日常や私生活を遥かに超えて覆いかぶさる母性を感じさせる。更には "きみ" や "あなた" の周りの広大な世界すらも包み込む壮大な祈りを歌っている。
羊文学がただのガールズバンドではないと言える魅力は、そんな "祈り" にあると思う。
もう一つのシングル曲「光るとき」にも同じ魅力がある。こちらはテレビアニメ「平家物語」のOPテーマだが、曲中で歌われる "君たち" はまさにアニメの登場人物に向けて歌われた言葉である。
登場人物の気持ちになりきって歌うのではなく、あくまで物語の外からメタ的な視点で語り掛けるようなテーマソングは、実は新しいのではないかと思う。
タイアップの背景からも、エンターテインメント的・大衆的に求められている楽曲はこうした壮大な曲なのかもしれない。
"死生観"について
「光るとき」では、曲中で歌われる死生観もまた素晴らしい。物語の最終回、あるいは誰かの一生の最終回が終わった後も、その人が生きた記憶は語り継がれて輪廻していく。脈々と続く地球の歴史や自分たちを取り巻く広大な世界から一つの物語にフォーカスするような曲だ。
M9「ワンダー」も壮大な世界観を落とし込んだ傑作である。
プラネタリウムのテーマソングにも使われているという情報から、ただ美しい星空をテーマにした楽曲かとイメージしていたが、よく聴くほどにその裏に隠された物語が見えてくる。
敢えて語ると冗長になってしまうので避けるが、ここでも輪廻転生の価値観や生命の尊さが歌われている。
25歳という若さでここまで達観して万物を眺めることのできる彼女は、まさに天才だと感じた。
余談だが、ミュージシャンやアーティストの目線から語られる死生観には、底知れない魅力がある。特に私自身も年齢を重ねるごとに、自分の人生が終わっても続いていく地球や誰かの歴史、自分という存在が社会に残す価値、自分という生命が終わっても残るであろう魂に、想いを馳せることが増えた。一人で考えても有益な結論は生まれないが、こうしていろんな人間たちがそれぞれ独自の想いを持って生きていることが分かるだけでも救いになる。
そんなテーマでも恐れずに音楽を鳴らしてくれる勇気を素晴らしく思う。
話を戻すが、続くM10「OOPARTS」もまた、地球という惑星の歴史を歌った曲である。初めてシンセサイザーを導入した軽快なメロディーラインに反して、歌詞は意外にシビアである。
このアルバムで一貫したテーマである「希望」を歌いつつも、チクタクと迫るタイムリミットをリフレインすることで焦燥感を生み出している。
時計のように刻むビートも魅力で、シンセサイザーの再現も含めてライブでの演奏が特に楽しみな曲でもある。ちなみに次のツアーはアルバムタイトルではなく『OOPARTS』と題しているが、この曲がライブでも重要なポジションを担うことが想像できる。
歌詞の世界観からは、最近観た映画『Don't Look Up』を何となく思い出す。
メジャーへの寄り添いと、反骨
最高傑作の『our hope』を作り上げた羊文学は、実は今とても難しい岐路に立たされているのではないかと、私は思う。
自分たちがやりたい音楽と、世の中に売れる音楽は必ずしも一致しない。一般人の私には想像もつかないプレッシャーや目に見えない戦いが溢れているはずだ。
冒頭で述べたように、今後はコアな音楽ファンだけでなくあらゆる層に認知されていくだろう。何処をめざしてバンド活動を進めていくのかは彼女たちのみぞ知るところだが、今回のアルバムは絶妙なバランスを保ったと言える。
シングル曲は言わずもがなアルバムを通した「聴きやすさ」の進化は、才能から自然と生まれただけではなく、彼女たちが聴く人たちに寄り添う努力をして作り上げたのだろうと想像できる。
一方で、反骨心も忘れてはいない。
アルバムを締めくくるM12「予感」は、弾き語りで始まるかと思ったら途中からギターの轟音を筆頭にしたバンドサウンドへと展開して、ドロドロとした混沌をかき鳴らす。『POWERS』に続くオルタナティブロックバンドとしての本領を、最後の曲で開花させたと感じる。
そして、本記事の最後に載せるM7「くだらない」は本当に大好きな曲で、羊文学の魅力を最大限に発揮していると個人的には思う。
これだけシンプルな構成の楽曲で人の心を動かすことができる、改めて言うが彼女たちは才能に溢れている。
こんな曲を作ってこんな詞を書いて演奏してMVを撮って、「これが私たちです」と言って世に送り出す彼女たちには、しばらく余計な心配は必要なさそうだ。