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『TIME』 えんぷてい

年の瀬。1年の振り返りをしたくなるシーズン。

毎年、もう少しコンスタントに記事を書きたいなと思いつつ、結局習慣化し切れずに気が向いたらぽつぽつと記事を書いていくだけというスタイルに落ち着いている。

年内はもう書く時間ないかなと思っていたのだが、この時期になると音楽や映画における年間ベストなるものが各所から発表されるので、確かに今年良かったものは残しておきたいなという気持ちになった。


ところで何を以て「良い」とするのかは悩ましい問題だ。チャートを席巻するような世間的な流行も一つの指標ではあるし、SpotifyやAppleが出している「あなたが今年最も聴いた音楽」のような個人の生活への溶け込み方もまた一つの指標である。

一方で、今年1年間ぽっちの評価では測り得ない良さも存在する。90年代、00年代の懐かしいアルバムを今でも聴き込むことはあったり、何なら自分が生まれる前の時代の作品を聴いて陶酔したりすることもある。

最近では、小田和正企画の『クリスマスの約束』を視聴して以降、財津和夫やチューリップの作品を聴き込むようになった。代表曲の「青春の影」なんて今までの人生で幾度となく聴いてきたはずなのに、何の気無しに映像を観ていたら「え、この曲のメロディってこんなに良かったっけ」とハッとしたのである。同じように、昔の曲をふとしたタイミングで改めて聴くとその良さに気づくという現象はよくある。そこには、一過性の熱狂とは決して等価に並べられないような、何度でも再発見できる"普遍的な良さ"があるのだと思う。

手前味噌ではあるが今年の記事としてはなるべくそんな普遍的な魅力を感じる作品、「この先の人生でずっと聴きそうだな」と思った作品の感想をいくつか書いてきた。MONO NO AWAREの『ザ・ビュッフェ』、柴田聡子の『Your Favorite Things』、羊文学の『12 hugs (like butterflies)』など。これらの作品は、核となるディープな魅力や芸術性を当然備えながら、「分かりやすさ」も同時に諦めていない点が傑作たる所以だと思っている。例えば俗世へ溶け込むことを諦めて前者だけ突き詰めたような名作も世の中には存在すると思うが、きちんと大衆に向き合うことを選んでいるアーティストの姿勢は称賛に値するべきだと思っている。

そして、これらの作品に引けを取らない普遍性を兼ね備えた名作というのが、えんぷていが今年3月にリリースした2ndアルバム『TIME』である。

このアルバム、えんぷていというバンドの変遷を見れば、いかに画期的でチャレンジに満ちたアルバムであるかがよく分かる。それまでの彼らといえば、ドリーミーで浮遊感のある演奏の上で歌われる抑揚の少ないメロディラインが魅力の一つであった。特に前作『QUIET FRIENDS』は、楽曲ごとの空気感が変化し過ぎず緩やかに繋がっていることで、深く空洞が空いた世界にアルバムを通してどっぷりと潜るような作品であった。

ところが表題アルバム『TIME』では、インスト曲のM1「Turn Over」から繋がるM2「whim」の瑞々しさ、そして分かりやすさにまず驚かされる。この曲のイントロだけで、これまでのえんぷていの雰囲気とはガラリと変わった空気感を味わえる。"whim"というタイトルの通りバンドの"気まぐれ"さを表現したとのことだが、ただの気まぐれでここまで表現の幅を広げられるのは凄まじい。

ジャンルとしては古典的なインディー/ネオアコースティックに分類されそうな一方で、途中に入る転調やシンセの音色は至極現代的で、決してレトロスペクティブな良さだけではない新しさも感じる曲である。

個人的に近いと感じるジャンルの曲群と並べてみると、バンドサウンドの骨太さが傑出して聴こえる。

アルバム10曲のうち5曲は既発曲なのだが、そのどれもがバンドとしてのバランスが完成されていて高いクオリティを見せる。

M3「秘密」はその中でも最も早い時期にライブでも演奏されていた楽曲で、思えばこの曲の時点で前作『QUIET FRIENDS』のコンセプチュアルな世界から抜け出して、より純朴で飾り気のない良さを追求していたように思う。音数の少なさに反してキメで全ての楽器が重なる感覚がとても心地良い。

一方で歌われる情景は、大切な人を失った出来事を描いていることもあり、神妙で重く悲しいものである。誰かに話して共感してもらうことも叶わないような、自分だけが感じる切なさや寂しさが、サウンドとしては明るく昇華されていることで救いを感じられる。詞の世界観は、the band apartの「38月62日」と通ずる感覚がある。

アルバムの一つ目のハイライトはM4「あなたの全て」だろう。壮大で重厚なバンドアンサンブルと、これまでにないほど感情が込められた情熱的なボーカルと、間接的に日常を描くような美しい詞。慎重で丁寧な言葉選びの一方でコーラスのメロディラインは驚くほどシンプルで、「分かりやすさ」を軸にした場合の、彼らの一つの到達点とも言うべき楽曲だと思う。

一度ライブで聴くと、圧倒的な音圧とパフォーマンスに込められた熱気が特に印象に残る。それ以降、聴くたびに心の奥でグッと熱くなる何かを感じるようになる。

既発曲を畳みかけるようにM5「ハイウェイ」へ続く。「ハイウェイ」はハネ系の軽快なリズムがまず珍しく、それに呼応するようなカッティングの聴き心地が新境地の楽曲。世界観は「あなたの全て」に近く、MVでも映し出されているような都会の街並みが過ぎ去っていく日々の営みと孤独感を歌う。

M3「秘密」からM6「TAPIR」までのミドルテンポな流れで落ち着いた後の、M7「琥珀」の疾走感は作品のアクセントとして効いている。えんぷていは、往年の名曲「煙」や今年リリースした新曲「夏よ」など、"夏"の情景に想いを乗せて歌うことに長けたバンドであるが、この曲も例に漏れず夏の楽曲。

彼らは数年前にも「よふかし」という彼らのイメージからは少し遠いBPMの速い曲をリリースしており、こうしたポップでキャッチーな曲を作ろうと思えば作れるということは確かに証明している。ただ、それをメインストリームにするのではなく、あくまでスパイス的に使う贅沢さも頼もしい。「琥珀」のスパイスを挟んでアルバムは核となるゾーンへ入り込んでいく。

M8「斜陽」は、記事の冒頭に載せた従来の曲群の雰囲気と近く、本作の中で最も古典的なえんぷていのイメージを感じる曲である。"微睡"という過去曲にリンクする言葉も交えながら最小限の歌詞と音数に抑え、抑揚の小さな展開でじっくり聴かせる手法は彼らの十八番。さらに続くM9「Pale Talk」はM3「秘密」と同じテーマを抱えながら、「秘密」よりも更に重く悲しい空気がのしかかってくる曲。

アルバム前半の「あなたの全て」を中心とした明瞭な空気に反発するように、「斜陽」「Pale Talk」で深く暗いコアな部分を惜しげもなく披露する流れを感じられるのは、フルアルバムを聴き込む醍醐味の一つだろう。

ラストを飾るM10「宇宙飛行士の恋人」は、このアルバムで最も好きな曲。初めに曲のタイトルを見たときに想像した曲のイメージと実際の曲調がここまで解釈一致することは滅多にない。かねてより自分が抱いてきたサイエンスフィクションへの憧れがそのまま音で表現されたような気がして、一聴して感動したことを覚えている。

圧倒的にバリエーションの少ないコード進行にエコーのかかった音作りが乗っかるというシンプルの極限のような構成だけで、一気に宇宙感を醸し出せるのが不思議でならない。彼らの過去曲「Ooparts」も同じく宇宙感に溢れた素晴らしい曲だが、あちらはコード進行とメロディ自体が美しい。「宇宙飛行士の恋人」の魅力は、音そのものに表れない"余白"にこそあるのだろう。

数十年前から比較すると世の中のテクノロジーの発達は目覚ましいものがあり、あの時描かれていたロボットや自動操縦は実用化も進んでいる。ただ、それでもSF映画や小説の新作は無くならない。それは、宇宙というものにまだまだ無限の可能性が秘められており、時代を越えてもなお憧れの対象であり続けてくれるからだろう。

そして、ラストの「宇宙飛行士の恋人」から、実はM1「Turn Over」へと繋がる円環構造でアルバムを何度も聴き直したくなる仕掛けができている。何だか柴田聡子の『Your Favorite Things』と似たカラクリにも思える。


彼らが大切にしている「タイムレス」というコンセプト。本作が後世に語り継がれるかどうかは時が経ってみないと分からないものだが、本作の魅力は決して流行に囚われたものではない。それでいて、2年前の彼らの作品と比較すると音楽性は確実にアップデートされていて、現代的なエッセンスも取り入れていることが聴いて取れる。

つまり「タイムレス」という思想は、必ずしも古き良き時代を懐かしむことを意味しているわけではなく、過ぎた時間と今とを並べつつも、その中で最大限に美しいものを描き残そうとする姿勢なのかなと思う。現に彼らの音楽には、懐かしさと新しさを同時に感じるし、その時代性に掴みどころが無いところも大きな魅力である。

そしてそんな彼らのディスコグラフィーの中でも、本作『TIME』はより雑食性を増しながら分かりやすさにも磨きをかけた作品で、誰しも心の何処かに響くところがあるのではないだろうか、と思う。

2月に開催されるえんぷてい×MONO NO AWAREの『SESSIONS』、大好きな2バンドの共演ながら他の用事と重なってどうしても観に行けない悔しさをこの記事で供養。

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