労働判例を読む#368
【日立パワーソリューションズ事件】(横浜地横須賀支判R3.8.30労判1255.39)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
この事案は、昭和36年9月から昭和54年12月ころまで、会社Yで電気溶接の作業に従事していたXが、石綿粉塵の発生する環境下で作業していたことなどから、平成28年に確定診断された中皮種について、Yの責任を求めた事案です。
裁判所は、Xの請求を概ね認めました。
1.判断枠組み
裁判所は、じん肺に関する他の多くの裁判例と同様の判断枠組みにより、同様の判断を示しました。
すなわち、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちものである、としたうえで、当時マスクなどもせずに作業を行っていたことから、因果関係が認められる、としました。
また、安全配慮義務違反については、必ずしも生命・健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はなく、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足りるとし、じん肺法が制定された昭和35年以降には、予見可能性が生じており、従業員が石綿粉塵を吸入しないようにするための各種措置を講ずべきだったが、これを怠ったとして、安全配慮違反を認めました。
特にこれらの判断枠組みは、用語としては常識的ですが、評価に幅の出る概念です。安全配慮義務については、例えば精神障害や脳・心臓疾患の労災については、厚労省のまとめた、より詳細なルールが参考にされるなど、その内容を具体化するためにはより詳細なルール(裁判例なども含む)が必要となるのです。
2.実務上のポイント
特に安全配慮義務違反については、企業の責任と国の責任の違いが注目されます。例えば国の責任については、「建設アスベスト訴訟(神奈川)事件」最高一小判R3.5.17労判1252.5は、安全配慮義務違反の開始時期を、昭和35年ではなく昭和56年としています。
これは、国の場合、石綿粉塵対策を直接講じるのではなく、安衛法やこれに関連する通達の制定などを通して間接的に講じる、という構造上の問題が影響しているようです。実際この最高裁判決も、安衛法に関する通達を昭和56年に発出する際に、防塵マスクの着用を義務付けること等、踏み込んだ対策が可能だったのにそれを怠った点を、指摘しています。
実務上、例えば作業現場での労災について、元請と下請が共に安全配慮義務違反に問われる場合などもありますが、その際、それぞれの立場に照らして具体的にどのような対応が求められたのかを検討し、必ずしも両者の安全配慮義務の内容が同じにはならない、ということが理解できるでしょう。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!