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労働判例を読む#417

今日の労働判例
【日立製作所(降格)事件】(東京地判R3.12.21労判1266.56)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、人事考課が芳しくない管理職者Xが、会社Yから退職勧奨を受けたうえ、管理職としての肩書が外された降格に対して、違法であるとして、元の地位にあることの確認や給与の差額の支払いを求めた事案です。
 裁判所は、Xの請求を否定しました。

1.人事考課制度の合理性
 この事案で、違法な退職勧奨かどうかが問題とされたのは、外部業者に依頼してXに受講させた研修(2回)やそれに関して行われた上司による退職勧奨です。これらの退職勧奨が違法なレベルではない、とされたのは、裁判所の認定を読む限り、大きく見るとポイントは2つあります。
 1つ目は人事考課制度の合理性であり、2つ目は研修や退職勧奨の方法の相当性です。
 またこの事案で、降格が違法ではない評価されたのは、やはりポイントは2つあります。
 1つ目は人事考課制度の合理性であり、2つ目はプロセスの相当性です。
 このように見ると、いずれの論点(退職勧奨、降格)についても人事考課制度の合理性が重要なポイントとなっています。具体的には、年度当初に年間の業務目標を設定し、年度途中と年度末にその達成度を、本人の自己評価を踏まえたうえで上司による最終評価を行う、というものです。これが、成果主義にも似た、定量的な業務成績の達成度の評価を中心とする評価基準と組み合わされて、毎年実践されているのです。
 そして、この目標設定と評価の繰り返しの中で、Y側が繰り返し業務成績の達成を求めているのに、Xはそのうちの特に売上目標についてゼロの状態がずっと継続していました。また、このうち目標設定については、Xが注力している業務(セキュリティービジネスなど)をXの業務として一定のウェイトで評価する内容に変更していくなど、Xの勤務実績に応じて修正され、対応していったことがうかがわれます。
 裁判例を見ていると、人事考課制度がどのようなものであったのかが全く議論もされず、効果の結果の合理性がダイレクトに議論され、検討されているものも見受けられます。多くの場合、人事考課の結果が不合理とされる場合が多いようにも思われますが、このような人事制度が無くても、人事考課の結果の合理性を証明することは不可能ではありません。
 けれども、しっかりとした制度とプロセスが定められ、実際の運用もこれに則った合理的なものであれば、本事案の判決に見られるように、人事考課の結果の合理性についての証明の負担はとても小さくなります。しっかりとした人事考課制度を設定し、運用すれば、トラブルになった場合の会社側主張の合理性の証明の負担がそれだけ小さくなると言えるでしょう。

2.退職勧奨と降格のプロセス
 また、2つ目のポイントは、退職勧奨の場合と降格の場合で異なるようにも見えますが、この事案では同じ問題意識が背景にあります。
 すなわち退職勧奨の場面では、Xが退職するかどうかを自由な意思で決断できるような程度にとどまるのか、それとも判断を強制するなどして自由な意思で決断できないような状況なのか、という点を問題にしています。そしてこの判断の際には、上記人事制度の合理性も関係してきますが、実際にYに残ってもやるべき仕事が見つからない状況にあること、その後のキャリアとしてどのようなものがあるのか、それを考える前提として研修参加者自身の能力や適性を見極めるように促す内容であること、実際にこの研修の内容を踏まえてXも自ら改善すべきポイントを発表していること、など、Xに改善の機会が付与された点が重視されています。
 他方、降格の場面でも、研修などを踏まえてもXの業務が改善されていない状況をフィードバックし、改善のための方向性や仕事への取り組み方などを上司が幾度となく指導し、そのうえで降格となったなどの経緯が認定されており、Xに改善の機会が付与された点が中心に検討されています。
 一見すると、いずれもY側の言動や処分の合理性が問題になりますが、Xに対する働きかけの中でのXに対する配慮(特に、機会の付与)やプロセスの合理性が問題になる点で、Y側の事情を押し付けるのではなく、むしろXへの配慮が重視されている点で共通します。

3.実務上のポイント
 Xは、若い時には社費の留学でMBAを取得し、技師として専門的な職に就任するなど、将来を期待されていたようですが、大きなけがのために数年間休職するなどした後、ITコンサルティング業務を所管する部門に配属されて部下のいない管理職者となり、コンサルティング業務による売上の実績なども求められるようになりました。復職の際、Y側から人事制度の変更により、能力よりも成果が重視されるようになった点を伝えられ、1回だけとはいえ経験のあるコンサルティング業務に配属されたのですが、自ら顧客開拓したり報酬請求できる仕事をしたりすることに慣れていなかったのか、人事考課の自己評価でも、当初はやる気を示す記述が目立ちましたが、後に会社と対立するような状況となっていきました。
 Yとしては、Xに合った仕事を見つけられるようにサポートしたと考えているのでしょうが、Xとしては、自分に合わない仕事を押し付けて自分から辞めるように仕向けていた、と受け取ったのでしょう。違法な退職勧奨、という主張がこのようなXの認識を如実に表しているように思われます。会社と従業員の思いが食い違ってしまった事案です。
 このような食い違いは、どうしても一定の確率で発生してしまいますが、そのためにYは復職前のフォローの段階からXに対して、その置かれた状況を伝え、厳しい現実に対する覚悟を促してきており、復職後も人事考課でのやり取りだけでなく、管理職者や仕事を開拓するための心構えの指導なども行い、社外の業者による転職も視野に入れた自己啓発の研修なども受講させています。このように、食い違いを少しでも減らそうという制度やプロセスが整っており、それに基づいたサポートが行われてきたことも、Yの違法性を否定する大きな要素です。
 食い違いが生じることは避けられないが、だからと言って何もしないのではなく、その発生を少しでも減らすような会社としての取組みが、リスク管理だけでなく、トラブルになってしまった(リスクが現実化してしまった)場合の対応としても、会社にとって有利に評価してもらえたのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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