労働判例を読む#240
【アートコーポレーションほか事件】横地判R2.6.25労判1230.36
(2021.3.24初掲載)
この事案は、始業時間前の様々な準備の時間も勤務時間である、引越作業中に顧客に与えた損害の一部を従業員Xらが負担したのは違法である、アルバイトに通勤手当が支給されないのは違法である、携帯電話の通話料の負担は違法である、組合費の控除は違法である、などと争われた事案で、裁判所はXの主張の一部を認めました。
1.勤務時間
勤務時間について、朝礼、朝礼後の目的地への移動のほか、制服に着替える時間(2~3分という証言に基づき、5分と認定)を勤務時間としましたが、段ボールの準備、バイトの制服準備、その日の業務内容の確認、物販品の積込み、トラックの事前点検、朝礼前のラジオ体操については、勤務時間としませんでした。後者は、毎日必ず発生していたわけでなく、朝礼後目的地に向けて出発するまでに対応できたはず、などが理由です。
指揮命令下にあるかどうか、という基準が適用されており、裁判所の傾向に合致する判断と言えます。
2.損害賠償
Xらの責任として給与から控除されていた賠償金について、裁判所は、これを違法としてXらに賠償するよう会社Yに命じました。
その理由は、賠償責任に関する社内ルールに合致しておらず、その他にもこれを合理的とする事情がない、というものです。
文面だけ見ると、社内ルールに合致していれば控除できたようにも見えますが、損害賠償をさせ、しかもそれを給与から控除するとなると、単なる同意書面では足りないと認定される可能性が高く、むしろ、裁判所が理由として挙げる後者の合理的な事情が重要と考えられます。
3.通勤手当
旧労契法20条の同一労働同一賃金に関し、通勤手当の有無は違法と評価されることの多い問題です。通勤手当の趣旨(運用の実態)から見て、無期契約社員にだけ通勤手当を支給することの合理性を説明できる場合は限られているでしょう。
有期契約社員と無期契約社員の雇用条件について、同一労働同一賃金の観点から再確認しましょう。
4.通話料
これは、わざわざ定額制で携帯電話を契約した、というXの主張に対し、わざわざ携帯電話を契約する必要性や、そのような業務上の指示がなかった、という理由でXの請求を否定したものです。
したがって、例えば出退勤の管理を従業員の携帯電話で行うようにした場合の通話料のように、従業員の私用電話を業務に使ってもらった場合についての判断は示されていません。
けれども、実際にそれによって通信料が高くなったような場合でなければ、従業員側に損害が認められませんから、そのような場合でなければ請求を認められることは難しいように思います。一般論としては、法的にこのように整理されますが、人事上・経営上の影響も考慮して、慎重に対応を検討しましょう。
5.組合費
いわゆるチェックオフ(組合費の給与からの天引き)の有効性に関し、その論点の1つとしてXらが組合に加入していたかどうかが問題とされました。裁判所は、黙示による加入もあり得る、としたうえでXらが組合加入を黙認していたような事情を指摘し、Xらの主張を否定しました。
近時、従業員にとって不利な合意には「自由な意思」「合理性」「客観性」が必要、等とする裁判例が多く見かけられますが(山梨県民信組事件など)、本判決は、組合への加入については黙示の合意でも足りるとしています。合意に関する厳しい基準が適用される場合と、そうでない場合との境界がまだはっきりしませんが、厳しい基準が採用されない場合として、労働組合への加入合意の場合が1つの事例として示されたのです。
6.実務上のポイント
かなり細かい点まで議論されていますが、Xらがそこまで会社に不満を抱き、訴訟に至った理由は何でしょうか。特にXらの中にアルバイトもいてもともと手取金額が大きくない人もいたため、引越作業中にミスをすると賠償金として給与が減らされた点が、「恨み」のように溜まっていたのではないか、と感じましたが、皆さんはどのように考えますか?
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!