労働判例を読む#290
【石田商会事件】(大地判R2.7.16労判1239.95)
(2021/8/27初掲載)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
この事案は、衣服や日用雑貨などを販売する会社Yの統括バイヤーだったXが、Yの商品を盗んでメルカリで横流ししていたため、有罪判決を受けて懲戒解雇となった事案です。Xには、管理監督者として、さらに固定残業代が支払われているとして、残業代などの割増賃金が支払われませんでしたが、それを支払うように請求しました。
裁判所は、Xの請求の多くを認めました。
1.法律上のポイント
管理監督者性の論点については、特にその業務内容に関する権限や責任が管理監督者に相応しくない、という点を中心に実際のXの業務内容を入社後から丹念に事実認定し、管理監督者性を否定しています。また、固定残業代性の論点については、通常の賃金部分と割増賃金部分の区別ができていない、すなわち判別可能性が満たされないとして、固定残業代性を否定しています。
ここまでの議論は、極めて一般的な判断枠組みと事実認定です。
また、これに基づく労働時間の認定の特徴としては、XY双方の主張いずれも、その多くについて裏付けがなく、タイムカードも信用できないとして、結果的に所定の開始時間や終業時間が計算の基礎として採用される部分が多く存在する点でしょう。労働時間の管理に関し、会社Yの側も、従業員Yの側も、管理が杜撰だった面があるようです。
2.実務上のポイント
それなりの責任と権限を有する立場にありながら会社の商品を盗み、有罪となり、懲戒解雇となったのですから、会社に対して割増賃金を支払えと訴訟を提起するのは、どのような感覚なのでしょうか。会社に迷惑をかけたのに、会社に対する未払いの割増賃金などを放棄するのではなく、むしろ会社の非を咎めてまるで自分の犯罪について会社にも責任の一端があるかのような行動です。
このような観点で見ると、Yは経営者一族が権力を握る同族会社で、Xは入社後、徐々にその権限や責任が縮小されていったようです。
近時の裁判例でよく見かける事案として、即戦力として期待された中途採用の従業員が、期待にそわなかったとして退職を強要され、トラブルになる事案があります。この事案も、同じような事情があったのでしょうか。このように見ると、XがYの商品を盗んで横流ししたのも、入社後に冷遇したY対する報復の気持ちがあったのかもしれません。
仮にこのような背景がなかったとしても、XがYに相当の反感を抱いていたことは間違いなさそうです。Yとしては、商品を盗まれ、民事訴訟も提起されるなど、自分の方こそ被害者だという気分があるでしょうが、Xにここまで敵意を抱かせた面もあるはずです。従業員に敵意を抱かせるような労務管理上の問題はどこだったのか、冷静に原因分析をする必要がありそうです。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
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