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労働判例を読む#603

今日の労働判例
【アイウエア事件】(東京高判R 4. 1.26労判1310.131)

 この事案は、学習塾Yに、上海の日本人学生の指導を担当するために雇われたXが、上海での勤務中に退職・解雇とされたため、その向こうを主張し、争った事件です。1審2審いずれも、Xの主張を概ね認め、損害賠償・未払賃金の支払いなどを命じました。

1.自主退職の無効
 この事案でXは、入社時に、退職願も作成し、提出していました。上海に転籍するので、Yは退職する、という趣旨なのでしょうか。
 この退職願について、裁判所は、自主退職の意思表示自体は存在するが、心裡留保により無効と判断しました。上海での雇用関係の成立が前提なので、Yとの契約も終了した、というYの主張が否定されたのです。
 では、上海での勤務は転籍ではなく出向なのか、XY間の関係はどのような法律関係なのか、ということになるのですが、この点は明確に議論されていません。少なくとも、XY間の雇用関係は継続している、その雇用関係に基づいて2年間給与が払われてきた、という認定です。Xが上海の法人を相手にしていないことから、検討する必要のない問題なのですが、Xが上海で、Yや上海の法人とどのような関係で勤務していたのか、少し曖昧なところが残された判断であり、モヤモヤする部分です。

2.解雇の無効
 Xが上海で評判が悪かったのか、Yの指示に従わなかったのか、Xの勤務上の問題点について裁判所は明確に判断を示していませんが、Yの代表者が上海に乗り込んでXに退職を促した際のやり取りについて、解雇の合理性がない、と判断しました。
 Yは、あくまでも上海の法人とXの間の問題であり、解雇にYは関与していない、という主張のようですが、裁判所は、YがXを解雇した、という評価をしたのです。このような議論の状況であれば、Yから、解雇の合理性を裏付ける主張や証拠が十分提出されなかったとしても不自然ではなく、「Yによる」解雇が無効、という判断は、当然予想されるものです。

3.実務上のポイント
 上記1の自主退職が認められ、上海の法人とXの間の雇用関係が明確に認定されれば、たしかに、Yが主張するとおり、Xに対する請求はその基礎をすべて失ってしまいますので、X載せ⑨が否定されたでしょう。しかも、中国でのビザを取得することも考えると、上海の法人との契約も、それなりに整っていたはずです。
 けれども、日本の労働法の紛争は、契約書などの形式面ではなく、むしろ勤務実態に沿ったルールが選択され、処理されます。ここでは、労働契約の実態が、Yとの間の労働契約だった、ということが最大の理由となります。給与などの雇用条件は、最初にXY間で約束された内容どおりであり、Yから送金されていた、など、Yの従業員としての実態があった、ということがポイントです。
 それでは、YとしてはどうすればXが上海の法人の従業員であると主張できたのか、ということですが、上海の法人の事業による収益の中からXの給与が支払われていた、等の事情が必要だったのでしょうか。
 海外勤務者の管理に関し、転籍扱いにしても、日本の本社の責任が認められてしまう可能性が、具体的に示されたのですから、海外勤務者の管理に関し、転籍扱いにする場合の在り方について、本裁判例を参考に、その管理方法などを慎重に検討する必要があります。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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