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労働判例を読む#163

「学校法人河合塾(文書提出命令・抗告)事件」東京高裁R1.8.21決定(労判1214.68)
(2020.6.12初掲載)

 この事案は、担当授業数を減らされた予備校講師Xが、予備校Yに対して、従前の授業数の契約の存在の確認や損害賠償の請求を求めた事案です。その訴訟手続きの中で、Yは、授業アンケートの結果が主な理由であると主張しつつ、それを裁判所に提出しなかったことから、Xが授業アンケートやその集約結果を提出するように求めたのが、ここでの手続です。
 裁判所は、一部の資料について、提出を命じました。

1.判断枠組み(ルール)

 裁判所は、最高裁決定(最二小決H11.11.12民集53.8.1787)の示した判断枠組みをそのまま採用しています。その概要は、以下のとおりです。
 ①専ら内部での判断目的で作成され、開示が予定されていないこと、②(プライバシー侵害や、個人・団体の自由な意思形成の阻害など)看過し難い不利益が生ずる恐れがあること、③特段の事情がないこと、の3つの要件が備われば、「自己利用文書」であって、開示を命じられない。

2.あてはめ(事実)

 裁判所は、②で例として挙げられた2点を特に重視し、X以外の講師を特定できてしまうかどうか、Yの業務に支障が出るかどうか、という観点から情報を吟味し、開示すべき範囲を制限しています。
 例えば、プライバシーについては、「アンケート結果」のうち、講師の所属する校舎や教室まで開示してしまうと、講師が特定されてしまうので、これらをマスキングするように指示しています。また、東日本以外では、進出している地域や規模が限られているため、地域だけでも講師が特定されるとして、地域までマスキング対象を広げています。
 さらに、Yの業務への支障については、競争の厳しい予備校業界で、「人事評価基準」を開示することは、社外との関係では、同業他社に有益な情報を開示してしまうことになり、社内では、人事評価基準を過度に意識した従業員の言動につながって、本来的な適性を見誤らせたり、それを恐れて人事考課基準を定めない事態になったりする恐れがある、などとして、開示対象ではないとしています。

3.実務上のポイント

 他方で裁判所は、個別講師ごとの記載がない、「全講師集計値データ」については、プライバシーの観点から開示を命じています。
 しかし、この「全講師集計値データ」についても、Yの業務への支障の観点から見れば、「人事評価基準」と同様、同業他社との関係や社内問題として、開示に適さない面があることは否定できないでしょう。厳密に言えば、「全講師集計値データ」については、Yの業務への支障が小さい、という点も検証するべきだったように思われます。
 解雇、降格、減給などのように、従業員にとって不利な処分を行う場合には、会社側の説明責任が大きくなっていく、と考えて対応することが、リスク回避のために重要です。
 ここで開示が命じられた情報は開示させられても仕方ない情報、という見方が可能ですから、従業員に不利な処分を行う場合に、何をどこまで開示し、説明すべきかを考える際の、1つの参考となるでしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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