労働判例を読む#602
今日の労働判例
【A総合研究所事件】(東京地判R 4.3.28労判1310.118)
この事案は、新卒内定者Kが、会社Yで、「内定者アルバイト」に従事していたところ自殺した事案で、遺族XらがYの責任を追及していましたが、裁判所はXらの請求を否定しました。
1.事案の概要
Kは、パソコンスキルが足りないと考えていたこともあり、Yの内定者アルバイトとして、10月6日午後から勤務していました。
最初の業務は、国勢調査結果をダウンロードして母子家庭の数の統計的な表を作成するものでしたが、その日には完成できず、結局、9日午後になりました。
次の業務は、録画された後援の動画をデスクトップに保存する業務であり、9日(金曜日)に依頼されましたが、その日に完了できず、依頼したYの従業員はこの業務依頼を撤回しました。
Kは、13日から15日、欠勤し、16日(金曜日)に連絡がついた際、解雇されると誤解していたことなどを伝えました。
Kは、19日からは普通に出勤し、リスト作成、データ打ち込み、招待状作成、広告の編集、パワポシートの編集などの業務を行いました。その間、Yは、例えばKが誤解していたことを聞いた段階で直ちに指導担当者を交代させ、パソコン操作への不安があるようだから、パソコン操作の指導を丁寧に行うように関係者に周知するなどの対応をし、実際、従業員たちも食事に誘ったり、励ましのメールや声をかけたりしてきました。
ところがKは、11月8日に与えられた業務を12日に完了できず、13日に無断欠勤しました。
14日は、家族とも交流がなく、15日朝に、自室で自殺していたKが発見されました。
なお、労働基準監督署も、労災に該当しないとの判断をしています。
2.責任否定の理由
Xが問題にした論点のうち、最初に、①参加者の能力を先に確認し、研修すべきだった、②参加者の能力に応じた業務を割り振るべきだった、③必要な援助をすべきだった、④Kの日報を公表すべきでなかった、という点について、いずれもXの主張を否定しました。
①は、実際の業務を通して適宜個別具体的に行うのが適当、②③は、実際に十分配慮されていた、④日報が指導に関わる従業員に共有されることはKも知っていたが、それでもKは悩みを記載していた、というのが、その主な理由の概要です。
さらに、Y側に、解雇をうかがわせるような言動はなかったこと、Kに自殺をうかがわせる様子がなく、「予見可能性」がなかったこと、も指摘されています。
内定者アルバイトを受け入れることに慣れていて、内定者を大事に扱うという雰囲気ができていたため、実際に声がけやサポートされていたことが、裁判所の判断に大きな影響を与えているようです。
3.実務上のポイント
本事案では、アルバイト開始から1か月程度での自殺ですが、過去の裁判例(「富士機工事件」静岡地浜松支判H30.6.18労判1200.69、読本83頁)は、高卒の障害者が入社後2か月程度で自殺した事案で、本判決と同様、予見可能性がないとして、会社の責任を否定しました。この参考事案も、周囲が慎重に接していたことが認定されており、新人の教育に対する配慮の在り方について、本事案と同様、参考になります。
この2つの裁判例だけで、新人はメンタルが弱い、等と決めつけるわけにはいきませんが、新人を大事にする社風の醸成は、会社経営の観点だけでなく、従業員の健康を守るためにも重要であることがわかります。
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