労働判例を読む#265
【地方独立行政法人長崎市立病院機構事件】長崎地判R1.5.27労判1235.67
(2021.6.24初掲載)
YouTubeで3分解説!
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この事案は、心臓血管内科医として病院Yに勤務していた若手医師Kが、職場の宴会の翌朝に死亡していた事案です。遺族のXらが、Kの死亡に関するYの責任と、Kの未払残業代の支払いを求めて訴訟を提起し、裁判所はXらの請求を概ね認容しました。
1.判断枠組み
裁判所は、脳・心臓の疾患に関する業務起因性の認定基準を基本的な判断枠組みとしました。すなわち、病変が「自然経過を超えて著しく憎悪」したかどうかについて、「業務が相対的に有力な原因である」かどうか等を考慮して判断します。前々回(#263)の「地公災基金熊本県支部長(市立小学校教諭)事件」ではこの判断枠組みが修正されています(「著しく」という言葉と、相対的な優位性が削除されています)が、この判決は修正していません。
そして、この判断基準の中でも、業務の負荷の大きさに最も影響を与える要素である、残業時間の長さが最大の論点となります。
なお、YからXの死因に関する医学的な反論として医学的な意見書が提出され、認定基準に基づく因果関係の認定を覆す主張が展開されました。しかし裁判所は、医学的な意見書の前提となっている事実が裁判所の認定した事実と異なる点などを指摘し、認定基準の示した判断枠組みでの判断を維持しました。
このように見ると、認定基準によって因果関係が認められた状態は、事実上の推定が働いている状態と似ているようです。つまり本事案は、Xが認定基準によって因果関係の証明に一応成功し、他方、Yはこの事実上の推定を覆すことができなかった、と整理することができそうです。
2.労働時間
特に注目される1つ目のポイントは当直時間です。
当直時間は、仮眠を3時間から6時間取れていたとしても、「仮眠時間も含めて当該業務中に労働から離れることが保障されていたとはいえず」として、全体を労働時間と認定しました。ここでの仮眠時間のように、仕事をしていなくても拘束されている「手待時間」は、労働時間と評価されるのです。
2つ目のポイントは、専門学校に派遣されて講師を行った時間です。
裁判所は、Yの病院長からの指示なので労働時間に該当する(したがって、相当因果関係の判断の基礎事情となる)としつつ、Kが専門学校から相応の講師料を受領していたことから、残業時間算定の観点からは残業時間に含まれないとしました。残業代に相当する利得を既に得ている、というのがその理由でしょうか。
3つ目のポイントは、自主的研さんの時間です。
これには、空き時間での職場での勉強、勤務時間外の勉強会、学会の準備、学会への参加(出張)などが含まれます。
裁判所は、「自身の担当する患者の疾患や治療方法に関する文献の調査」は労働時間に該当するのに対し、「自身の専門分野やこれに関係する分野に係る疾患や治療方法に関する文献の調査」は労働時間でない、などの判断枠組みを示し、「自主的研さん」は労働時間に該当しないと判断しました。
そのうえで、勤務時間外の勉強会、学会の準備、学会への参加(出張)については労働時間に含めず、また職場の滞在時間の1割を労働時間から控除しました。
けれども、全体として見ればKが極めて長時間勤務していたことは間違いなく(直近1ヶ月が159時間、直近6ヶ月平均が177.3時間など)、業務上のストレスが非常に強い状況にあることが認定されました。
3.実務上のポイント
さらに、K側の事情による損害賠償金額の減額(過失相殺、素因減額)も問題になりましたが、裁判所は、自主的研さんのために費やした時間は決して多くなく、業務上のストレスがK死亡の主要な原因である、という趣旨の説明を行い、減額を否定しました。
これは、業務の要因が相対的に重要な要因となっていることの判断と同じ構造となっていますから、この点だけを見れば、業務との因果関係が認められる場合=減額が否定される場合となってしまいます。つまり、自主的研さんを理由にする減額は全て認められないようにも見えます。
けれども裁判所の判断の前提には、若手医師が自主的研さんすることはある程度当然のことであり、それを減額の根拠にするわけにはいかない、という判断があるように思われます。なぜなら、真面目な従業員の過労死に関して、損害賠償金額の減額を否定した電通事件の最高裁判例が、真面目な従業員であり仕事を抱え込んでしまうことを減額の根拠にできないとしたのですが、その理由として、この程度の真面目さは従業員の通常の個性の範囲として当然想定される範囲であることを指摘しているからです。つまり裁判所には、通常想定される範囲での個性であれば減額事由にならず、この範囲を超えることになれば、従業員側の事情として考慮される可能性がある、という発想があるように思われます。
したがって、例えばKがYの業務を拒否するなど、業務を十分こなしていないのに、自主的研さんばかり夢中になっているような場合など、通常の個性の範囲を超えるような言動を取っていた場合には、この裁判例と異なり損害賠償金額の減額が認められる可能性があるように思われます。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!