労働判例を読む#556
今日の労働判例
【社会福祉法人A会事件】(千葉地判R5.6.9労判1299.29)
この事案は、社会福祉法人の従業員Xが、グループホームでの夜勤時間の給与等の支払いを、会社Yに対して請求した事案です。
裁判所は、Xの請求の一部を認めました。
1.夜勤時間は労働時間か?
昭和時代から、工場の敷地の外れで夜警する警備員や、マンションの住込みの管理人など、拘束はされているが、何かの出来事が無ければやることがないようなタイプの仕事で、空いた時間や「待機時間」が労働時間になるかどうか、長らく議論されてきました。そこでは、指揮命令の有無や「労働からの解放」の有無が判断基準とされてきましたが、問題は、その具体的な内容・程度です。
例えば、「日本ビル・メンテナンス(仮眠時間等)事件」(東京地判H18.8.7労判926.53)は、❶防災センターの裏で仮眠を取る時間を労働時間としつつ、❷防災センターとは別の場所にある別室で仮眠を取る時間を、緊急時対応が数か月に一回、さらに深夜入退館者のためのドアの開閉は2年2カ月の間に一回だけ、という状況で、労働時間ではないとしました。
このように、物理的に仕事から切り離され、実際に対応が求められる頻度も極めて少ない場合が、労働時間を否定される典型的な事例です。
このうち、仕事に呼び出される頻度について言えば、「アルデバラン事件」(横浜地判R3.2.18労判1270.32読本2023年版259)は、看護師の緊急看護対応のための待機時間を労働時間と認定しましたが、そこでの頻度は、1/8程度でした。
他方、「医療法人社団誠馨会事件」(千葉地判R5.2.22労判1295.24読本2024年版334)は、研修医が端末を持たされていた待機時間について、❶病院内の時間は労働時間とし、❷病院外の時間は労働時間ではないとしましたが、39回の待機中、7回呼び出されており、頻度は随分と多いようにも感じます(比較の基準が異なるので厳密に比較できませんが)。
また、物理的に仕事から切り離されたかどうかに関して参考になるのが、「カミコウバス事件」(東京高判H30.8.29労判1213.60読本2021年版362)です。これは、交代で運転するバス運転手が、別室ではなく同じ空間(同じバスの中)で、上着は脱いでいいが、制服は着用し、振動する社内で、畳のように足を延ばせないリクライニングシートでの仮眠・待機時間について、労働時間ではないと判断しました。
このように、物理的に仕事から切り離されたか、実際に対応が求められる頻度は大きいか、等の事情を参考に指揮命令や「労働からの解放」が判断される、という大きな方向性は認められるものの、実際にはその程度も幅が広く、待機時間の労働時間該当性の判断は容易ではありません。
その中で本判決は、施設の入居者が深夜・未明に起床・行動し、生活支援員Xらが対応していたこと、等から労働時間と認めました。しかし、このように忙しかったのは、台頭していた4つある施設のうちの1つだけだったようで、過去の裁判例の事案に比較して頻度が特に多かったようではなさそうです。また、明確に議論・認定されていないのですが、生活支援員が宿泊できるような部屋もあったように思われますし、実際、ゆっくり休めなかった旨の事実認定・評価はありません。
したがって、労働時間と評価されない可能性もあるレベルだったように思われます。
2.最低賃金を下回ってもいいのか?
他方、労働時間と評価されても、本判決は、その間の賃金について最低賃金を下回っても仕方がない、と判断しました。それは、労基法37条での割増賃金の計算の基礎が「通常の労働時間又は労働日の賃金」となっていること、夜勤手当が定められていて、それ以外に賃金を支給しないことが想定されていたこと、が根拠となっています。さらに裁判所は、Xの深夜勤務の「労働密度の程度」から、「日中勤務と同じ賃金単価で計算することが妥当であるとは解されない」と示しています。
労基法37条の規定の文言は、逆の読み方も可能(例えば、通常の労働時間・労働日の賃金で計算されることが前提となっている、と解釈するなど)ですから、夜勤手当が定められていたことと、「労働密度」が薄いことの2つが重要な理由でしょう。
特に最低賃金法は、法律の名前が示すとおり、賃金の最低額が定められていますから、それを下回る賃金が認められるとは考えにくいところです。けれどもこの判決は、あっさりと最賃法を下回る金額を認めました。
とはいうものの、待機時間中の賃金とは言え、最賃法を下回る賃金を認めた裁判例は他にないようです(見逃していたらすみません)から、今後も同様の判断がされるかどうか、注目されます。
3.実務上のポイント
もしYが、夜勤手当も払っていなければ、結論が大きく異なっていたでしょう。ベースとなる給与が、ここでは夜勤手当ですが、もしそれが無いとなると、日中の勤務に関する基本給や最低賃金がベースとなる(この場合、支給額がより高額になります)か、逆に労働時間に該当しないとなって、何も支払われないことになることとなり、結論の幅がより大きく触れてしまうからです。
そうすると裁判所は、日中の勤務に関する基本給や最低賃金をベースにすると、仕事の内容に比べて賃金額が大きすぎる、かといって夜勤手当だけでは少なすぎると考えたのでしょうか。そのために、労働時間であるとして、基礎となる金額を夜勤手当の金額としつつ、これを単なる手当とせずに、残業代などを計算する基礎とすることで、夜勤手当よりも高い金額での支払いを命じたのかもしれません。
結論ありき、というのは言い過ぎかもしれませんが、待機時間の賃金について、他の賃金と同じか、逆に全て否定されるのか、というオールオアナッシングではない中間的な解決の実例が示された、という点でも、参考になる裁判例です。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!