労働判例を読む#406
今日の労働判例
【山形県・県労委(国立大学法人山形大学)事件】(最二小判R4.3.18労判1264.20)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
この事案は、リストラ(昇給抑制・減給)から4年後に出された、これら処分の見直しのために労働組合Kと誠実に団体交渉に応じることを大学Xに対して命じる労働委員会Yの命令について、Xがこれを無効と主張して争った事案です。
1審・2審は、理由が多少異なりますが、Xの請求を認め、命令を無効としましたが、最高裁は、Xの請求を一部肯定し、もう一度命令の有効性を審理するために2審に差し戻しました。
1.何が変わったのか
最高裁は2審の判断を誤りであると評価しましたが、最高裁では何が変わったのでしょうか。
それは、労働委員会の命令の有効性に関する判断基準です。
すなわち2審は、労働委員会による救済申立ての却下事由の1つである「請求する救済の内容が、法令上又は事実上実現することが不可能であることが明らかなとき」(労働委員会規則33条1項6号)を類推適用し、救済命令が実現不可能な場合には救済命令が、「裁量権の範囲を逸脱したもの」となり、違法・無効になるという判断基準を立てました。そのうえで、4年も経過していて、予算措置を講じたり政策を変更したりすることがもはやできない、という趣旨の認定をし、命令を無効と判断したのです。
これに対して最高裁は、2審の判断基準について言及せず、違う判断基準を立てました。
すなわち、会社側の誠実交渉義務違反があれば、一般に、誠実交渉を命じることができる、という判断基準を立てたのです。
このように見ると、2審は、団体交渉の対象となっている処遇などの事項について、交渉による変更の余地のあることを必要としていたのに対し、最高裁は、変更の余地の有無にかかわらず、会社側の誠実交渉義務違反があれば足りる、とした点に、違いがあるのです。
そして、この新たな判断基準に照らしてもう一度審理し直すように、すなわち本事案でKの誠実交渉義務違反があったかどうかを審理し直すように命じたのです。
その理由について、最高裁は以下のように説明しています。すなわち、①労働委員会は広い裁量権を有していること、②(上記規則の類推適用ではなく)労働組合法7条2号の「不当労働行為」について、誠実交渉義務違反がこれに該当すること、③団体交渉事項の変更の余地がなくても、誠実な交渉が行われることで、組合側が資料などを入手でき、労使間のコミュニケーションの正常化等が期待できること、④会社側も、交渉に応じることは不可能でないこと、⑤したがって、このような状態では「救済の必要性」があること、が根拠とされています。
なお、このように整理してみると、Kの誠実交渉義務違反の有無だけでなく、⑤の「救済の必要性」も、委員会の命令が有効であるための条件になりそうにも思われますが、最高裁が2審に再審理を命じている部分でこの点に言及していないことを見ると、単なる誠実交渉義務違反ではなく、救済の必要性のあるような程度の誠実交渉義務違反、という意味なのかもしれません。この点は、2審がどのように判断するのか、注目される点です。
また、判断基準の中の「一般に」という表現も注目されます。
すなわち、誠実交渉義務違反があったとしても、例外的に、労働委員会の命令が無効となる場合があるということなのでしょうか。しかし、例外的なルールを認める場合、特に最高裁の判決では、「…のような特段の事情のある場合を除き」等のように、例外ルールの存在とそれが適用されるべき条件(この文例では、「特段の事情」)を明示しますので、ここでは例外的なルールを最高裁は想定していないのでしょうか。
この点も、今後の動向が注目されます。
2.実務上のポイント
今さら変更できない事項であれば(但し、1審はこの認定が緩かったのに対し、2審はこれを厳しくしました。結論は同じなのですが)、団体交渉に応じなくて良い、という2審のルールが否定されたのかどうかはよく分かりません。会社側に誠実交渉義務違反があるかどうか、という問題と視点や次元が異なり、誠実交渉義務違反の基準と矛盾する基準ではないからです。すなわち、労働委員会の命令が有効になるための判断基準として見た場合、会社の誠実交渉義務違反がある場合と、交渉事項が団体交渉によって変更の余地のある場合と、2つの場合があり得る、というルール設定も理論的には可能なのです。
逆に言うと、労働委員会の命令が無効になる(すなわち、団体交渉に応じなくてもいい場合となる)ためには、誠実交渉義務を果たせばいいのか、さらにそれに加えて交渉の余地が無くなっていることも必要なのかについても、よくわからない状況である、と言えるでしょう。
とは言うものの、会社側から保守的に見た場合、労使交渉を打ち切る場合には、この2つの条件が共に満たされる場合に限った方が安全と言えるでしょう。
2つの判断枠組みの関係、特に交渉による変更の余地の有無が判断基準として有効なのかどうかについては、今後の動向が注目されます。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!