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労働判例を読む#343

今日の労働判例
【A大学ハラスメント防止委員会委員長ら事件】(札幌地判R3.8.19労判1250.5)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、Xが外国語教員の会議で他の外国語教員に対して侮辱的な発言をしたことに関し、大学のハラスメント委員会が、口頭厳重注意・誓約書提出を命じるように決定し(当該決定)、学長にこれを報告したところ、Xがハラスメント委員会の委員Yらに対して、当該命令の無効確認・損害賠償の請求を求めた事案です。裁判所は、Xの請求をいずれも否定しました。

1.無効確認
 当該決定は単なる報告であり、法的効果がありません。
 このことから、訴えの利益がない、と判断されました。法に基づく紛争解決をする裁判所の役割を考えると、法的な解決ができない場合には裁判所が判断すべきではない、したがって訴えが却下される、となるのです。
 さらに、本決定の存在によって名誉感情が継続的に侵害されており、この侵害を排除する訴えの利益があるというXの主張についても、訴えの利益がない、と評価しました。
 たしかに、名誉感情の侵害については、損害賠償などの金銭的な解決が認められる余地はあります(本判決は、この請求も否定していますが)ので、その意味で、法的な解決に適さないわけではありません。
 しかし、名誉棄損が認められる場合であれば民法723条により謝罪広告などが命じられる場合がありますが、名誉感情が害されたにすぎない場合にはそれが認められないとされているように、客観的に法的な権利侵害である名誉棄損がない状態で、事実上の影響でしかない名誉感情の侵害だけであれば、やはり訴えの利益が認められない、と評価できるでしょう。名誉感情の侵害の原因となる発言・決定の訂正(上記謝罪広告など)・無効確認(本論点)までを裁判所が法的に命じることは、法的な解決手段として過剰である、ということでしょうか。

2.損害賠償請求
 まず、判断枠組みですが、本判決は、「社会生活上許される限度を超えた侮辱行為」の場合であることが必要、としました。
 そのうえで、まず、Xの主観的名誉感情を害する側面がある、と認定しました。
 けれども、以下のような理由から、「社会生活上許される限度を超えた侮辱行為」に該当しないとして、請求を否定しました。
① 手続上、委員会の評価などを伝えてXに不服申立ての機会を与えるもので、不当な目的がないこと。
② Xに対する否定的評価は、発言自体の他、限定的であること。
③ Xに対する人格的攻撃や侮辱的表現はないこと。
④ 懲戒処分ではないこと。
⑤ 学長の処分が不当にならないように留意点まで示されているなど、Xへの「一方的な非難や攻撃を意図したものではないことがうかがわれる」こと。
⑥ Xの証言を基礎にするなど、事実認定は合理的で、重大な誤りがあると言えないこと。
⑦ 委員会規程の逸脱などの手続違背もないこと。
 これを、従業員側の事情、会社側の事情、その他(プロセスなど)に分けて整理してみましょう。
 従業員側の事情として②③④(従業員の不利益が小さい)、会社側の事情として①⑤⑥(内容が合理的である)、その他として⑦(プロセスが合理的である)、と整理できるでしょう。

3.実務上のポイント
 問題のある発言に対して、適切な機関が適切なプロセスで適切な検討を行い、発言者にも配慮した適切な判断を行えば、その判断について責任を負わないことが示されました。問題発言の程度や背景事情などが異なりますから、①~⑦の全てが揃う必要があるかどうかは事案にもよりますが、少なくともどのような配慮をするべきかの参考になる事案です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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