労働判例を読む#165
「ジャパンビジネスラボ事件」東京高裁R1.11.28判決(労判1215.5)
(2020.6.19初掲載)
この事案は、産休明けに有期契約者となり、更新拒絶された従業員Xが、無期契約者(正社員)の地位にある、などと主張した事案です。
1審は、Xが無期契約者の地位にあること等は否定しましたが、損害賠償請求を認めました。
2審は、1審を全て書き直し、Xの請求をごく一部だけ認容し、同時に、XのYに対する損害賠償請求を認めました。
1.ストーリーの重要性
1審の判決を見た時点では、酷い会社だなあ、という印象でしたが、2審の判決を見ると、酷い従業員だなあ、という印象に変わります。それほど、裁判所の採用したストーリーが真逆でした。
このことは、2審の判決書にも見られます。
2審の判決書は、ほとんどの場合、1審の判決書の一部だけ書き直す方法を採用します。1審の事実認定や理由付けなど、全てを否定するのではなく、容認できるところはそのまま採用する、という方法です。
ところが、本事案の2審の判決書は、1審の判決書を全て書き直しています。しかも、新たに書かれた判決書は、極めて膨大な量(100頁を超える量)となっています。
考えられる理由は、1審で会社側がストーリーを重視しなかったが、2審ではストーリーを重視し、関係者の言動の表面的外見的な点だけでなく、その背後にある心情や状況の変化まで踏み込んだ主張を展開し、すなわち別の言い方をすると、具体的でリアルな主張を展開した、という主張方針の違いがあるかもしれません(実際に、そのような原因で判断が変わったと思われる事件もあります)。
けれども、この事案ではそのような様子はなさそうです。2審で訴訟方針が大幅に変わるのは、担当弁護士が変わるような場合によく見かけますが、この事案では、1審も同じ弁護士が担当しているからです。
むしろ、きっかけは、Xが会社に嘘をついていたことが、2審の手続きで明らかになったことにあるようです。
すなわち、育休後復職するために保育園を探していた、と会社に何度も報告していたものの、実際は近所の保育園1か所に空きの有無を確認しただけで、保育園を探す活動をしておらず、長期にわたって会社に嘘をついて、復職を要求していたことが、2審の手続中に明らかになったようです。このような明白な嘘をYに対して言い続け、裁判所でも同様の主張を行っていたXについて、主張や証言の信用性が失われてしまったところが、きっかけになったようです。すなわち、Xの主張や証言が信用できない、という観点から改めて事案の経緯を検証すると、1審の判決が示したストーリーと全く違ったストーリーの方に説得力が出てきた、ということでしょう。
そのうえで裁判所は、このような嘘の証拠がなくても、XとYの信頼関係は破壊されていて、雇用継続を期待できない十分な事由があるとして、3つの点を強調しています。
すなわち、①Xは執務室で、他の従業員の執務中であり、再三それを止めるように指示され、X自身も止めると言ったにもかかわらず、執務室の状況を録音し続けていたこと、②上司とのやり取りを、録音内容の中から自分の都合の良いところだけ、さらには嘘をついてまでマスコミに伝え、マスコミ工作をしていたこと、③パソコンの記録などから、業務中、②の資料作りなどをしており、パソコンなどの私的利用・職務専念義務違反があること、の3点です。
たとえば①については、Xを信用できない、と思わなければ、人事や教育指導に関する業務を行っている職場で、会話が録音されると、他の従業員や顧客のプライバシーの問題が生ずるだけでなく、同僚も委縮してしまって、業務上必要な会話が円滑に行えなくなる、等というYの主張も、何か言い訳がましく聞こえてきます。ところが、Xの方こそ信用できない、という状況になれば、このYの主張も、なるほどもっとも、と思えてきます。
また、②③についても、Xを信用できない、と思わなければ、立場の弱いXが自己防衛のために行ったことだ、という評価になりそうです。ところが、Xの方こそ信用できない、という状況になれば、会社のあら探しなど、会社を攻撃する口実を探していた、という評価になりそうです。
改めて1審判決を見ると、無期契約の約束の有無や条件の有無、錯誤、など多くの論点がありながら、そのほとんどについてXの主張を否定しつつ、有期契約の更新拒絶の部分だけ(損害賠償関連を除く)Xの主張を認めていました。Xの主張の最後の部分だけ認めており、ストーリーとして違和感を覚える部分でした。1審の裁判官としても、Xのストーリーには全て乗り切れずに、しかしYの方だけを持つこともためらわれる、という状況だったのでしょう。その、踏み込めなかった迷いの部分について、背中を押されてしまったのが2審の結論につながった、と感じます。
2.訴訟提起後の記者会見
この点も、法律上の位置付けは異なります(上記1は、地位確認。この2は、損害賠償請求)が、事実認定の問題として見れば、基本は同じです。
すなわち、記者会見の場で、都合の良い部分だけ切り取って聞かせたり、さらには嘘までついていたのですから、Xを信用できると思っていれば、弱い立場の従業員の自己防衛になりますが、Xを信用できなくなれば、会社を攻撃していた、という評価になるのです。裁判によって真実が明かされる前での主張だから、真実でなくても責任を負わない、という理屈は通らないのです。
3.その他の法律問題
上記1、2の更新拒絶と損害賠償の論点の他にも、XがYを合意退職したか、これは均等法や育休法に違反しないか、これは錯誤無効か、これは正社員復帰を条件とするものか、復帰の合意は有期契約ではなく無期契約なのか、という論点も議論されています。
しかし、この点は、1審ですらXの主張を否定していた論点です。
但し、だからと言って2審は1審を全く引用せず、全て書き直しています。
それは、1審の場合には、これらの論点はずる賢いYが上手にXを追い詰めていった、というトーンでの事実認定や評価になります。他方、2審の場合には、Xの対応がいかに一貫性が無く、したがってこれらの論点についていずれも、それぞれの場面で調子の良いことを言っておきながら、後で事実と異なる嘘をついているのか、というXの悪質性を強調した事実認定や評価になっています。
すなわち、これらの論点に対する裁判所の評価も、更新拒絶と損害賠償の認定の根拠であり、背景となっていることがわかります。
4.実務上のポイント
ストーリーの重要性を再認識するとともに、(ここではたまたま従業員側ですが)不誠実な当事者の言動や主張は、かなり不利益に働くことが理解できます。
事案は異なりますが、従業員を解雇した使用者が、従業員のあること無いことを指摘して損害賠償の反訴(従業員からの訴訟に対する反訴)を提起した事案で、反訴自体が不法行為であるとして、反訴したことに対する損害賠償責任を認めた裁判例があります。
日本の裁判所は、例えば偽証があっても、偽証罪でなかなか告訴しないなど、他の国の裁判所に比較すると、嘘の証言や主張に対して腰が引けていますが、これらの裁判例のように、厳しく対処する傾向が見え始めたのかもしれません。
嘘や誇張は、危険です。
なお、若干の細かい注意点です。
この裁判例に対するコメントをよく見かけますが、その中に、職場での録音禁止が認められた、とするコメントを多く見かけます。
けれども、このYが人事や教育に関する事業を行っている会社であることや、Y自身が録音しないと約束したこともあるのに、この約束を破っていたこと等も考慮しなければなりません。簡単に職場での録音禁止を認めた裁判例ではないことに注意してください。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!