労働判例を読む#194

【学校法人近畿大学(勤続手当等)事件】大阪地裁H31.4.24判決(労判1221.67)
(2020.10.23初掲載)

 この事案は、勤続手当と共済掛金負担金の支給の有無・金額が変更されたことに関し、労働組合にH24・25に加入した原告Xらが、その変更の効力を争い、使用者である大学Yに対し、未払い分の支給を求めた事案です。
 裁判所は、Xの前者の請求を否定しましたが、後者は肯定しました。

1.就業規則の変更

 まず、H19.4.1付で、就業規則を変更し、勤続手当がH18.4時点の支給額で固定されることとされました。
 この就業規則の効力について、裁判所は、①Yの側に給与体系見直しの必要性があったこと、②給与格差を埋めるために設けられた勤続手当の趣旨が、格差が解消されていたため、勤続手当を支給する必要性が失われていたこと、③金額も少額(多くの場合、数千円/月)で、従業員への影響が小さいこと、④団体交渉や労働協約の締結を経て変更されたこと、を指摘し、就業規則の変更の合理性を認めました。
 一般に、従業員に不利益な処分や対応をする場合に、その合理性が争われることが多くあります。解雇権濫用の法理だけでなく、人事権の濫用など、会社の判断の「合理性」が問題とされます。
 ところが、この「合理性」をどのように判断するのか、実際に問題に直面すると困ることになります。「合理性」があまりにも漠然としていて、どのような事情も判断すべき事情に含まれるように見えてしまい、議論の焦点が絞れなかったり、感情的・政治的な対立が助長されたりしかねません。
 そこで、この「合理性」を判断するために、より具体的なレベルの「判断枠組み」が設定され、この「判断枠組み」に沿って議論を整理することが行われます。法的な三段論法の観点からみると、この「判断枠組み」が規範(ルール)として、立証対象の機能を果たします。
 具体的には、「合理性」の場合、1つ目は会社側の事情、2つ目は従業員側の事情、3つ目はプロセスの適切さなど、その他の事情、と整理すれば、だいたい大きく外れません。これは、天秤の図をイメージすることで使いやすく理解できます。すなわち、天秤の一方の皿に会社側の事情を載せ、他方のさらに従業員側の事情を載せ、両者の中間の「支点」となるべきポイントに、プロセスの適切性やその他の事情を含ませ、それぞれを整理した後、全体のバランスを考える、というイメージです。
 実際、この裁判例の上記①~④も、この判断枠組みに近い観点から整理されていることがわかります。すなわち、会社側の事情が①②、従業員側の事情が③、プロセスが④に、それぞれ対応するからです。
 このように、労働事件で会社判断の合理性が問題になる場合に、会社側の事情、従業員側の事情、プロセスその他、の3つの判断枠組みで議論を整理し、検討する、という方法を、ぜひ活用してください。

2.労働協約の締結

 労働組合に所属する従業員については、平成18年の労働協約に基づいて勤続手当の凍結が行われ、平成24年の労働協約に基づいて共済掛金負担金の廃止が行われました。そして、この2つの労働協約が有効に成立したかどうかが問題になりました。
 裁判所は、いずれの労働協約についても、組合代表者に事前に交渉権限が与えられていなかった、としつつ、組合代表とYとの交渉後の組合総会で承認され、追認された、として労働協約の効力が発生したことを認めました。
 ここでの追認についても、「合理性」が問題とされています。特に、平成18年の労働協約に関する裁判所の評価を分析してみましょう。
 ここで裁判所は、①組合員から異議がなかった、②金額が小さく従業員への影響が小さい、③組合員には繰り返し勤続手当に関する交渉の方針や状況が伝えられていて、組合員が意見を言う機会が確保されていた、という3点を指摘しています。
 一見すると、上記3つの判断枠組みのうち、会社側の事情に相当する判断枠組みが検討されていないように見えます。
 しかし、労働組合が組合員のために会社と交渉し、より良い労働条件を獲得することを目的に活動していることを考えると、上記3つの判断枠組みを労働組合にあてはめる場合、会社側の事情は、組合側の事情ということになり、このような組合員のための交渉を行っていたかどうか、という事情が中心になります。このように、労働組合側の事情、という観点から判断枠組みを見た場合、上記③がこれに相当する、ということが理解できます。組合がその役割を果たしていたかどうか、という視点からの検討だからです。
 労働組合の場合には、組合の存在意義が組合員のためにあり、しかもそれを会社との「交渉」というプロセスを通して実現しようとするため、組合側の事情とプロセスの合理性が、どうしても重なってきてわかりにくくなりますが、それでもやはり、このように3つの判断枠組みが応用されている、ということが読み取れるのです。

3.労働協約の効力

 このように、2つの労働協約はいずれも追認されて有効に成立した、と認定されたにもかかわらず、この両方ともXに対し効力が及ばない、と判断されました。そのうえで、上記1で検討した就業規則によって、勤続手当の支給額の凍結の効力が及ぶが、就業規則によって廃止されていない共済掛金負担金については、Yに支払義務がある、としました。
 これは、Xの労働組合への加入が2つの労働協約締結後であり、遡って効力が生じないから、という点が主な理由です。
 けれども、この問題は労働協約の効力が遡及するかどうか、という問題とは異なるはずです。遡及効の問題は、法的効果(ここでは、労働協約の効果)が過去に遡るかどうかの問題であり、平成18年以前(勤続手当の凍結)や平成24年以前(共済掛金負担金の廃止)に、それぞれの決議内容が遡るかどうかという問題です。
 ところが、ここで問題になっているのは、労働協約後の組合加入者に対する効力の問題であり、労働協約からみて過去の問題ではなく将来の問題です。
 むしろ、ここでの問題は労働協約が新しい加入者を拘束するかどうか、という労働協約の効力の及ぶ範囲の問題です。もちろん、新規加入者の加入の効力、という観点からみれば過去に遡るかどうか、という見方ができますが、新規加入者が組合のルールのうちどのルールに従い、どのルールに従わないのか、という組合員が選択を行う問題ではなく、組合のルールの側からみて誰が拘束されるのか、という組合のルールの問題と見るべきです。
 そして、このような見方からすると、普通の組織や集団であれば、そこでのルールは、新規加入者が全て拘束されるのが普通でしょう。新規加入者は、既存のルールに拘束されない、ということでは、組織や集団の一体性が害されてしまうからです。
 けれども、この判決では、なぜ労働組合の一体性を犠牲にしてまで、労働協約の一部についてXに効力が及ばないのか、明確な議論や検討、それに対する裁判所の明確な説明がされていません。組織や集団のルール、という観点からみると、非常に問題のある判断です。

4.実務上のポイント

 Yとして、共済掛金負担金の廃止についてもXを拘束するのであれば、これについても就業規則を改正しておくことで目的を果たせたことになります。
 たしかに、労働組合の側で、新規加入者に対しても労働協約の効力が及ぶような手当をしておいてくれればこのような問題を未然に防ぐことができました。
 しかし、Yには5つの労働組合があり、その全てに対してこのような対策を要求し、徹底してもらうことは容易でないでしょう。さらに、そのような干渉自体が、労働組合に対する不当な介入と受け止められて、別のトラブルを引き起こしかねません。
 これを、会社一般に対する教訓としてみると、会社は、一方で労働組合と誠実に交渉し、ルールを作り上げることが必要であり、他方でルールの周知徹底を労働組合に任せきりにせず、会社自身も、その周知徹底を行う必要があるのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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