労働判例を読む#621
今日の労働判例
【AGCグリーンテック事件】(東京地判R 6.5.13労判1314.5、一部認容・一部棄却・一部却下、確定)
この事案は、一般職の女性従業員Xが、同じ正社員でありながら、男性従業員や総合職従業員との間に不当な差別がある(住宅制度、賃金、人事考課)として、会社Yに対し、同様の処遇や損害賠償などを求めた事案です。
裁判所は、Xの請求の一部を認めました。
1.均等法
正式名称は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」ですが、均等法や男女雇用機会均等法と略称されます。本事案では、このうち直接差別(5条・6条)と間接差別(7条)が問題とされましたので、先にこれらの条文を確認しましょう。
すなわち、直接差別は「性別を理由」にするもの(6条本文)、間接差別は「性別以外の事由を要件」にするが、「実質的に性別を理由とする差別となる恐れ」があるもの(7条)、とされています。例えばYの住宅制度は、家賃を会社が支払い、個人負担分を給与から天引きすることで、経済的に家賃補助を行うものですが、これが、男性しか享受できないかどうか、という意味で直接差別が問題とされ、次に、住宅制度が性別を理由にしていなくても、実質的に男性しか享受できない状況かどうか、という意味で間接差別が問題とされているのです。
(性別を理由とする差別の禁止)
第五条 事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。
第六条 事業主は、次に掲げる事項について、労働者の性別を理由として、差別的取扱いをしてはならない。
一 労働者の配置(業務の配分及び権限の付与を含む。)、昇進、降格及び教育訓練
二 住宅資金の貸付けその他これに準ずる福利厚生の措置であって厚生労働省令で定めるもの
三 労働者の職種及び雇用形態の変更
四 退職の勧奨、定年及び解雇並びに労働契約の更新
(性別以外の事由を要件とする措置)
第七条 事業主は、募集及び採用並びに前条各号に掲げる事項に関する措置であって労働者の性別以外の事由を要件とするもののうち、措置の要件を満たす男性及び女性の比率その他の事情を勘案して実質的に性別を理由とする差別となるおそれがある措置として厚生労働省令で定めるものについては、当該措置の対象となる業務の性質に照らして当該措置の実施が当該業務の遂行上特に必要である場合、事業の運営の状況に照らして当該措置の実施が雇用管理上特に必要である場合その他の合理的な理由がある場合でなければ、これを講じてはならない。
2.住宅制度と住宅手当
この直接差別・間接差別の両方に関わる問題が、住宅制度です。上記のとおり、総合職に適用される住宅制度に対し、一般職には住宅手当が支給されます。住宅手当は、その金額が住宅制度に比較して極めて低く、そのことも、Xの不満の原因なのでしょう。
ところで、住宅制度が直接差別・間接差別両方に関わることから、両者の判断枠組みや事実認定上のポイントが対比できますので、住宅制度に対する裁判所の評価の違いを通して、両者を比較しましょう。
① 直接差別
直接差別にあたらないことの理由は、総合職の条件や一般職の条件が、性別によらない、転勤可能性や職務内容による、ということが主な理由となっています。
すなわち、制度設計上、転勤可能性や職務内容によって分けられていること、運用上も性別で自動的に振り分けていたわけでないこと、総合職と一般職の待遇格差も機能等の違いによること、などが理由となっています。
ここでは、処遇の内容の違い自体は問題にされず、その発生理由だけが問題とされています。均等法6条は、性別を理由にする場合に限定しており、適用範囲の狭い規定である、ということが理解できます。
② 間接差別
これに対して間接差別について裁判所は、①と逆に、違法としました。処遇の内容の違いまで踏み込んだ検討を行っており、住宅制度と住宅手当の違いにも言及されています。
すなわち、住宅制度は総合職でありさえすれば、実際に転勤が予定されない業務であっても適用されることを冒頭で認定しています。そのうえで、営業職のキャリアシステム上必要・有用である、営業職採用のため、というY主張の理由は、営業職以外の総合職にも適用されることから、理由にならないこと、を指摘して、Yの主張を否定しています。
ここでは、均等法7条が「実質的な」性差別を対象としていることから、制度設計の問題よりも、運用の実態の方が重要とされ、運用について踏み込んだ検討をしています。6条よりも適用対象が広くなるでしょうが、その分、違法性を主張するためには、実質的に差別であることを説明しなければならず、ハードルも高くなると考えられますが、それにもかかわらず裁判所は違法と判断したのです。
このように、会社にとって厳しい判断をしたのは、総合職のほとんどが男性(女性は1名だけ)であり、一般職のほとんどが女性(男性は1名だけ)であること、住宅制度と住宅手当の違いが極めて大きいこと、がポイントです。実質的判断であり、諸事情を総合判断する必要があり、この2つのポイントが合理性判断に特に大きな影響を与えたのでしょう。
このように、間接差別について、Xに住宅制度が適用されなかったことが違法であるとして、Yに対し、差額の支払いを命じたのです。
3.実務上のポイント
他方、Xより給与の高い従業員との処遇の違い(採用時から処遇が違う)やXの査定が違法である、というXの主張や、Xの業務を不当に取り上げた、というXの主張は、いずれも否定されました。
これらの問題、すなわち処遇条件の設定、人事考課、業務配分はいずれも、会社の人事権の問題であって、会社の裁量の広い分野であり、Xにとってもともとハードルが高い問題です。とは言っても、これらの問題それぞれについて、単にXの主張や証拠が不十分として片づけてしまうのではなく、Yの判断の合理性をそれぞれ丁寧に検証しています。
会社の人事権の行使の合理性がどのように検証されるのか、参考になります。
ところで、この中で特に注目される裁判所の表現があります。
それは、採用の際の処遇条件の設定に関し、Xよりも良い待遇で従業員を採用したことの合理性に関する裁判所の理由付けです。会社が準備した処遇の「テーブル」に必ずしも当てはまらないような条件での採用が行われたようですが、その合理性について、「転職市場における交渉原理」を反映したものだから、と説明しているのです。転職市場とはどういうもので、そこでの交渉原理とはどのような意味なのか、ということを一々説明しなくても、この「転職市場における交渉原理」という表現で、価格決定の裁量を肯定しており、会社の裁量権を説明する際の参考になるでしょう。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!