労働判例を読む#443
【学校法人上野学園事件】(東京地判R3.8.5労判1271.76)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
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この事案は、大学教員達Xらが、大学Yに対し、入試手当・住宅手当・役職手当などの支払いを請求した事案です。裁判所は、Xの請求をほとんど否定しましたが、Xのうちの1人の入試手当については支払いを命じました(17万6千円と利息)。
1.住宅手当と役職手当
Yの諸手当の支払いは、あまり一貫したものではありませんでした。住宅手当については、中高の教員には支払われているのに大学教員には支払われず、役職手当については、かつて大学の教員にも支払われたことがあるのに現在は支払われておらず、いずれについても、Xらにとって自分達だけ支払われないのはおかしい、と受け止めてもおかしくない状況にありました。
けれども、特に役職手当については、大学教員には支払わない旨明示された規定があるなど、大学教員にこれらを支給すべき根拠が存在しない、と認定されました。
このような一貫しない運用は、会社にとって不利益に評価される場合が多いのですが、この事案では会社にとって不利な判断につながりませんでした。不幸中の幸い、という見方も可能でしょうが、訴訟で勝てばいいというわけではありません。「3.実務上のポイント」で検討しましょう。
2.入試手当
入試手当は、就業規則に相当する規定が存在する、と評価された点が、住宅手当・役職手当と異なります。しかし、当該規定は頻繁に変更され、支払うべき対象者や金額がころころと変わっています。このように一貫しないところは、住宅手当・役職手当と同じで、Xらの不満も大きいところですが、さらに入試手当の場合には、就業規則に相当すべき規定が存在しました。Xらの請求がより認められやすい状況にあったのです。
この事案では、入試手当を不支給とする合理性をYが十分説明できず、無効とされました。裁判所がこの合理性についてほとんど検討していないのは、Yの側が十分な検討をしておらず、したがって十分な資料や主張を提出しなかったからでしょう。いずれにしても、入試手当の不支給とするのは、労契法10条の要件を満たさず、無効とされました。
そこで、無効とされた場合の効果が問題となります。Xらの中でも、入試手当の支給が認められた者と否定された者があるからです。
まず、就業規則変更前の教員です。
入試手当に関する規定が従業員にとって不利益に変更される際、労契法10条の定める条件を満たしていないとして、就業規則変更前の教員については、変更後ではなく変更前の規定が適用されるために、入試手当を旧規定に基づいて支払うように命じました。
ところが、就業規則変更後の教員については逆の判断がされました。
すなわち、変更後の規定が適用され、入試手当は支給されないと判断しました。これは、変更自体が無効であったとしても、変更後の規定が無効になるのではない、変更後に労働契約を締結した教員との関係では、変更後の規定は有効であり、したがって変更後の規定に基づいて入試手当が不支給になる、という理由です。
このように、労契法10条に違反しても、無効となるのは、旧規定が適用される者との関係であり、新規定成立後の従業員との関係で当然無効になるのではない、という相対的な効力を有することが示されたのです。
3.実務上のポイント
上記のとおり、教員に対する諸手当の支払いに関し、Yの対応は一貫していませんでした。それがXらの不満を高め、訴訟にまで至りました。
不幸中の幸い、とも言うべきでしょうか、Xらの請求のほとんどが否定されました。
しかし、大学教員6名が原告となって訴訟を提起するほど、大学側との対立が深刻だったのですから、大学の経営や教育の現場は、かなり険しい状況にあったことでしょう。諸手当の運用に関し、より一貫した合理的な対応をする余地があったのかどうかなど、実務上、検証すべきポイントの多い事案です。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
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