労働判例を読む#350
今日の労働判例
【国・一宮労基署長(ティーエヌ製作所)事件】(名古屋高判R3.4.28労判1251.46)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
この事案は、工場Yでの作業中に左眼球破裂の事故(H24.10.17)に遭った作業員Xが、眼球負傷による休業補償給付請求のほか、これによる心因反応(H26.10.29発症の適応障害)による療養補償給付請求と、H28.3.1からH29.3.31の間の休業補償給付請求を行った事案です。
労基署、1審、2審いずれも、眼球負傷による休業補償給付については、実際に通院した日についてのみ支給することとしました。
他方、心因反応による療養補償給付と休業補償給付については、業務起因性が無いことを理由に労基署、1審はその支給を否定しましたが、2審はこれを覆し、これらの支給を命じました。
ここでは特に、心因反応の部分について検討します。
1.判断枠組み
精神障害を発症したかどうかについては事実認定の問題ですが、業務起因性については、特に問題とされた判断枠組みが、「発病前おおむね6か月の間に起こった出来事について評価」する、というルールです。これは、6ヶ月以前のストレスの場合には、原則として業務起因性を認めないということになります。他方、これには例外ルールがあり、「発病の6か月よりも前にそれが始まり、発病まで継続していたとき」には、業務起因性が認められる可能性があります。これは、厚労省のHPに掲載されている「精神障害の労災認定」というパンフレットの場合、4頁最下部に記載されているルールです。
その他にも、パンフレットに記載されているストレス分類表が示すエピソードの分類のうち、どの分類に該当するのか、という問題もあります。ストレス強度「強」に該当すべきエピソードのいくつかが、判断枠組みとして問題とされました。
2.事実認定とあてはめ
順番が逆になりますが、まず、ストレス強度の認定について、2審も1審同様、結果的にストレス強度が「強」と認定しました。ただ、その評価するポイントが異なり、1審は「強」ではあるが、典型的に「強」とされるエピソードには該当しない、という消極的な「強」ですが、2審はより積極的に「強」であることを強調しています。「強」かどうか、という観点だけから見れば両者に差はないと言えるでしょうが、業務起因性が諸事情を総合考量して行うことから、このようなニュアンスの違いも、業務起因性の認定に少なからず影響を与えていると思われます。
次に業務起因性です。
1審は、上記ルールのうちの原則ルールを適用し、精神障害の発症が事故後2年であり、事故直後の痛みなどよりも軽くなっていて、片目であれば働くことが可能という診断もあること等を理由に、例外ルールの適用を否定しました。
他方2審は、5つの原因の総合判断であると分析したうえで、結果的に業務起因性を認めました。
すなわち、①Xは以前アル中だった、②事故によるストレス、③左目の負傷状態によるストレス、④右目の原因不明な視力低下によるストレス、⑤労災打ち切りのストレスが、精神障害の主な原因であるとしました。そのうえで、特に③2年経過しても視力低下(0.02以下)が継続している状況を重く見て、業務外の①④⑤があるとしても、業務起因性がある、と評価しました。③に関しては、5回も手術したこと、シリコーンを注入しているものの、それによって副作用が発症していること、など、視力低下に加えてそれに伴う肉体的な苦痛も継続している状態も加味しているようです。
1審は上記の6か月ルールを機械的に適用したのに対し、2審は総合判断であるとすることで例外ルールの適用されるべきハードルを下げたようにも見えるのです。
3.実務上のポイント
労災の業務起因性に関する判断枠組みを機械的に当てはめると業務起因性が否定されたが、業務上のストレスがメンタルに実際にどのような影響を与えたのか、という観点から見ると、業務起因性が肯定された、と見ることができるでしょう。このような評価方法の違いは、ストレスの原因となるべきエピソードを1つひとつバラバラに判断枠組みに当てはめて、それらが「弱」「中」でしかない、と評価するのではなく、一連の出来事として一体として評価することで「強」と評価する場合と、どこか似ている部分があるようです。
すなわち、視力も不完全とはいえ回復していること、左目にシリコーンが入っていることの副作用が継続しているとはいえ、生活に支障はないこと、事故から2年も経過していること、など、1つひとつのエピソードを見れば、それぞれのストレスは原因として小さいものとなりますが、左目眼球破裂という非常にショッキングな事故からこれらが継続していることを考慮すれば、左目眼球破裂というエピソードによるストレスの複合的な影響が続いている、と評価できるからです。
評価基準による画一的な判断が求められる労基署の行政判断と異なり、証拠に基づく総合評価が可能な裁判所だからこそ、このような異なる判断ができたのかもしれません。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!