労働判例を読む#73
【協和海運ほか事件】東京高裁平30.4.25判決(労判1193.5)
(2019.6.21初掲載)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
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この事案は、船舶の運営主体が変わるときに、新しい運営主体(Y)によって一部の船員だけが雇用された事案で、雇用されなかった従業員ら(まとめて、X)が雇用契約が存在することの確認などを求めたものです。裁判所は、雇用契約の存在、賃金請求の一部、不当労働行為による損害賠償請求の一部を認めました。
ここでは、雇用契約の存在と、賃金請求について、検討しましょう。
1.事業承継と雇用契約
船主など、船舶の運営主体が変わり、雇用主が変わっても、新しい運営主体を雇用主として雇用契約が成立します(船員法42条1項、2項)。一種の事業承継で、従業員の雇用関係は当然には引き継がれないのが一般的なルールであるのに、この規定は逆に、原則として引き継がれるルールとしています。Yも、憲法違反や判例違反を理由に、この規定自体の違法性を主張しました。
しかし、裁判所は、このいずれの主張も否定しました。事業承継の際に、新しい事業主が従前の従業員の雇用主になる、というルールにも相当の合理性があることを認めたのです。
そうすると、事業承継と雇用契約のルールを概観した場合、ほとんどすべての領域で、従前の従業員を雇用しないのが原則ルールであるのに対し、船員法適用領域に限り、従前の従業員を雇用するのが原則ルールとなっており、2種類のルールが存在していることに気付きます。
そこで、事業譲渡の場合に、新しい事業主が従前の従業員を雇用しないことについて、権利濫用などの一般的なルールによって、その自由が制限される、という裁判例がいくつか見受けられます。船員法のルールのように、原則ルールと例外ルールの関係を逆にしてしまうのではなく、その中間にルールを動かしていく、というイメージでしょう。
けれども、事業譲渡に関し、2種類のルールが存在する、という状況に変わりはありません。
例えば、上場したり事業譲渡したりすることを最初から目的としているベンチャー企業やスタートアップ企業が増加しているなど、状況が変化している現在、船員法のように、原則として従前の事業者が雇用されるというルールが適用されるべき領域について、これを広げるべきなのか、逆に無くすべきなのか、等の議論がなされるべきなのかもしれません。
2.賃金請求の範囲
次に、賃金請求の範囲です。これは、民法536条2項の「反対給付」の範囲の問題ですが、2審は、1審よりも認める範囲を拡大しました。
1審では、賃金や諸手当の規定に基づいて判断しています。すなわち、例えば時間外手当などは、実際に時間外勤務が無ければ支給されませんから、規定に基づく限り、確実に支払われるものではありません。このように、規定上、支払われない可能性がある手当について、1審では「確実」でないとして、請求を認めなかったのです。
2審でも、賞与などについては請求を認めませんでした。
しかし、2審では、勤務実態を重視して、時間外手当などは「確実に支給されたであろう賃金」と認定し、請求を認めたのです。
民法536条2項は、解雇無効など、雇用契約が存続していると認められた場合の賃金請求権の根拠として用いられるルールです。残業代について否定した裁判例がある一方、残業代なども含め、過去数か月の賃金の平均値の支払いを命じた裁判例もあります。
統一的に分類整理されていないように思えますが、1審のように就業規則などの規定から形式的に評価するのではなく、2審判決のように、「実態」に即して判断する方が、形式よりも実態を重視する労働法の立場に近いように思われます。
3.実務上のポイント
この事件は、不当労働行為として労働委員会でも争われてきた事案で、この訴訟でも、不当労働行為であると認定され、Yはその分の責任も負わされています。
事業譲渡に際し、事業を譲り受ける会社は、引き受ける従業員を少しでも絞り込もうとしがちですが、そこには、労働法上も、労働組合法上も、限界や制約のあることを示した裁判例となります。
実際に慎重に事業譲渡が行われる場合のプロセスでは、譲受会社としてこのようなトラブルに巻き込まれることを嫌うでしょうから、従業員の整理や、引き継げない従業員の譲り渡たす側の会社での引受けなどが行われることが多くなります。
慎重な事業譲渡プロセスで、このような方法が取られる理由が、この事案のようなトラブルにある、ということが理解できると思います。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!