労働判例を読む#422
【株式会社浜田事件】
(大阪地堺支判R3.12.27労判1267.60)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
この事案は、元従業員Xが、会社Yに対し、残業代などの支払いを求めた事案です。Yの就業規則には、固定残業代に関する規定だけでなく、賃金規程すらありませんでしたが、入社の際などに固定残業代の内容が説明され、Xも理解していたとして、Yは、残業代の支払義務がないと主張しました。
裁判所は、Yの主張を概ね認めました。
1.固定残業代に関するルール
どのような場合に固定残業代の合意が認められるのかについて、必要とされる要件・判断枠組みはまだ定まっていいない状況です。
すなわち、固定的な手当として支払われる部分が残業代を含むことや、それが何時間に相当するかということが明確に示されていなければならない、という部分については、おそらく全ての裁判例に共通しますが、これ以外にさらに、①所定の時間を超えた残業の場合には残業代を支払う旨の合意が必要かどうか、②固定残業代に相当する手当が残業の「対価」として相当かどうか、などについてこれを必要とする裁判例が見受けられます。
特に②については、厳密に言えば固定残業代ではないのですが、勤務時間によって計算される基本給部分の残業代相当額を、歩合給部分から控除するような構造の給与体系(この控除により、通常、残業しても手取額が増えない)に関し、最高裁判決が「対価性」が欠けるとして残業代の控除を認めず、その支払いを命ずる趣旨の判断を下しています(「国際自動車事件」最一小判R2.3.30労判1220.5、15、19)。他方、類似した給与体系の給与体系に関し、大阪高裁がこの最高裁判決と同様に「対価性」を問題としつつ、「対価性」が否定されないとして残業代の控除を認めた裁判例もあります(「トールエクスプレスジャパン事件」大阪高判R3.2.25労判1239.5)。最高裁が示した「対価性」は、その適用対象だけでなく、意義・内容についても、未だはっきりしていません。
この中で本判決は、特にその理由を明示せず、①②いずれも必要な要件・判断枠組みではない、と判示しています。特に②については、国際自動車事件の最高裁判決のような歩合給から控除する場合と状況が異なる、という点が根拠になるのでしょうか。
固定残業代に関するルールが、今後どのように定まっていくのか、注意深く見極める必要があります。
2.実務上のポイント
就業規則に給与規定が無く、しかも給与明細に固定残業代に関する注記などもありませんでしたが、入社時の説明資料や年2回の定期面談の際に、固定残業代に関する比較的詳細な説明がされていた点が、Yの主張を裏付ける重要な事実とされています。
とは言うものの、固定残業代の認定に関して慎重で厳しい裁判例が多い中、本判決も控訴されており、ここで示された判断が一般的なルールとして定着するかどうかは分かりません。流動的な現状で実務上は、本判決で示されたギリギリのところで制度設計・運用を行うのではなく、例えば固定残業代に関するルールを明確に定めた賃金規程も明確に定め、毎月の給与明細でも固定残業代に関する注記をするなど、より保守的な対応が安全です。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!