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労働判例を読む#497
今日の労働判例
【国・札幌中央労基署長(一般財団法人あんしん財団)事件】(東京高判R4.11.29労判1285.30)
この事案は、従業員が精神障害を発症させたことが、労災に該当すると労基署Yが判断し、労災支給処分を命じたことに対し、使用者である財団Xが、この労災支給によってXの支払う労災保険料が高くなってしまう、したがって労災支給の命令の取り消しを求める立場にある(当事者適格がある)、という理論を前提に、労災支給処分の取り消しを裁判所に求めた事案です。
1審は、Xには当事者適格がない、という理由で労災支給処分が適切かどうかの判断に踏み込むことをせず、門前払いとしました(却下)。
これに対し2審は、Xには当事者適格がある、と判断しました。そのうえで、労災支給処分が適切かどうかについて審理されていないことから、これを審理するように1審に差し戻しました。
1.労災法・徴収法上の事業主
本事案で1審と2審の判断を分けたポイントは、労災法・徴収法(「労働保険の保険料の徴収等に関する法律」)の位置付けやそこでの事業主の位置付けの違いにあるようです。
すなわち、1審は、労災法・徴収法は労働者を保護する制度であって、事業主を保護する制度ではない、と繰り返し指摘しています。そのうえで、労災支給処分の取消請求権を事業主に与えるわけにはいかない、その代わり労働者と労基署が裁判で労災認定を争っている場合には、その裁判手続きに補助参加することが可能、と判断しました。労災保険制度は、本来は事業主が負担すべき労災への補償を、国が代わって支払うことで、「迅速かつ公正な保護」を図ることを目的とするのに、事業主からの取消訴訟を認めると、この迅速さが阻害されるからです。
特に重要なのは、理論構造です。
すなわち、最高裁判例によって示されたルールによれば、行政上の「処分の法的効果による権利の制限を受ける場合」、例えば処分により「公課の納付義務の範囲が増大するなど直接具体的な不利益を被る恐れがある場合」には、処分対象者(本事案では従業員)ではない場合(本事案ではX)であっても、当事者適格が認められることになります。
そして、実際に1審も、Xには「労働保険料に係る法律上の利益を有することは否定しがたい」と認定しており(労判1285.56左7行目)、この最高裁のルールによれば、本来、Xも当事者適格が認められるべきだったはずです。けれども、1審は上記の理由でXの当事者適格を否定しましたから、Xの当事者適格が否定されるのは、労災法・徴収法が根拠になります。すなわち、労災法・徴収法は、労災被害者を保護するための方法・制度として、単に労災保険を支給することだけでなく、事業主からの訴訟を禁止することも採用した、と評価したことになるのです。
これに対して2審は、最高裁のルールを引用したうえで、特に労災法・徴収法の目的や構造に触れることもなく、当然のことのようにXの当事者適格を認めました。2審がYの反論に対して答えている部分を見ると、実際にXの労災保険料が上がってしまうことを指摘し(4年で約760万円。Xに訴訟で争う機会を与える必要性を強調しているのでしょう)、さらに誤った労災保険の支給をただす機会を与えないと、事業主の間の公平性が害される、と指摘しています。
上記のような理論構成について言及されていないのは、1審の理論構成が強引すぎるからでしょうか。というもの、ざっと考えるだけで、以下のような問題を指摘できるからです。
・ 保険金を受け取れる、という「権利」を設定する法律の中で、訴訟上の当事者適格を制限する、というルールを合わせて盛り込むことは、技術的には可能だが、国民の裁判を受ける権利は憲法上の権利でもあり、これを制限するのに明文の規定もなく、解釈だけでルールを盛り込むことは、不合理である。
・ 保険制度全体を見た場合、たしかに労災保険では保険料の金額設定が保険金と収支均衡する必要性が無いかもしれないが、実際には、事業主のリスクを減らす、という制度上の機能がある。すなわち、本来事業主が労災の損害を補償しなければならないところ、労災保険料を支払うことによって労災から保険金が支払われ、事業主のこの責任が軽減されるのだから、保険料の金額の多寡は、事業主にとってもそのリスク分散のコストの多寡として、直接、利害関係を有する。労災法・徴収法は、労働者保護だけが目的であり、事業主は関係ない、というような1審の評価は、保険の構造を理解していない、不当なものである。
少なくとも、2審の示した判断や理論構造が、訴訟の在り方や労災法・徴税法の構造に照らして、シンプルだけれども理論的である、と思われます。
2.実務上のポイント
とは言うものの、労災支給の判断がされた場合、事業主が常に必ず訴訟適格を有するわけではありません。保険料が上がらないような、保険金額が小さい場合等には、当事者適格が否定される、という判断をしています。
しかし、会社としては、労災保険の保険料が上がる可能性があるだけでなく、労災支給の判断が、会社と従業員の間の民事労災(損害賠償)の判断にも影響を与えますので、労基署の判断を争いたいと考える場合があるでしょう。
1審の裁判官のような判断をする裁判官が実際にいたわけですから、2審の判断した内容がルールとして確立している、とは言えないかもしれませんが、少なくともこれを争える可能性は認められました。労災該当性が争われるトラブルが生じた際、参考にすべき裁判例です。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!