労働判例を読む#348
今日の労働判例
【長崎県ほか(非常勤職員)事件】(長崎地判R3.8.25労判1251.5)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
この事案は、長崎県Y1の口腔衛生業務などに従事する歯科衛生士Xが、上司である歯科医のY2にセクハラ・パワハラを受け、適応障害を発症したとして、損害賠償を請求した事案です。裁判所は、パワハラに関する請求の一部を認め、33万円の慰謝料の支払いを命じましたが、その余の請求は否定しました。
1.セクハラ
Xは、Y2が体を近寄せてきたり、触れたりし、男性としてアピールするなどの性的な言動があったことをエピソードとして指摘し、セクハラを主張しました。
これに対して裁判所は、Xの主張が変遷し、セクハラに関し「被害を受けたとする直後に課題に被害を訴えていた」と評価したうえでエピソードのいくつかについて存在自体を否定しました。さらに、一方でX側の事情としてY2に対する警戒心が高じていたこと、他方でY2側の事情としてY2自身も精神科で神経症と認定されていたこと、を背景に、パソコンの指導などの業務上の必要性もなく近寄ったり触れたりしていない、その際に軽い身体的接触があったとしても「平均的女性を基準として、性的不快感を与えるものとして、違法であるとまではいえ(ない)」と評価しました。
本人が不快に感じなければ、精神的慰謝料の要素となるべき「損害」が発生しませんから、ハラスメントの問題は生じませんが、エピソードの違法性は客観的な観点(ここでは、平均的女性を基準)から評価されます。また、ハラスメントの違法性は、必要性と相当性の観点から検討されます。
本判決は、このような近時の判断手法が適用されています。
2.パワハラ
Xは、Y2が日常的に、指導教育として適切でない言動を取っていたとして数多くのエピソードを指摘し、パワハラを主張しました。
これに対して裁判所は、多くのエピソードについて違法性を否定しました。例えば、Y2は業務内容を詳細に指導教育せず、自ら勉強するように指示することが数多くありましたが、XにはY2に帰責する傾向があった、教育指導の方法として違法ではない、などと評価しました。
他方、Y2の教育指導の際にメモを禁じた点と、退職の意向を示したXに対して「俺の何が気に食わないのか」「逃げるのか」「俺に対して失礼だと思わないのか」などと述べた点について、パワハラを認定しました。前者は、無理やりメモを取らせているように見えるから、という自己防衛的な動機に基づき、Xの業務習熟を妨げることなどが理由として違法とされました。後者は、Y2が「自己防衛的に原告を非難するもの」と評価して、退職意向の部下からの事情聴取として不適切であり、違法とされました。
このように、パワハラと認定された2つのエピソードでは、特にY2の言動の自己防衛的な動機が重視されています。必要性と相当性のどちらに該当するのか、という点は明らかではありませんが、上司による教育指導などの業務の外観があっても、その実態が伴わない場合には違法とされた、と整理することができます。労働法の分野では、「言ってることとやってることが違う」場合に非常に厳しく評価される裁判例を多く見かけますが、本事案もその一例と評価できるでしょう。
3.実務上のポイント
さらに、メンタルの問題、すなわち職場環境配慮義務の問題も議論されていますが、裁判所は、環境整備やハラスメントの調査などについて、Yらの責任を否定しました。職場環境配慮義務、という言葉のイメージからすると、何か一律の基準が設定されるようにも感じますが、この事案のハラスメントの程度などに応じて個別に評価されているようです。
たまたま被害が小さかったから、職場環境配慮義務違反が認められなかった、と批判される余地もありそうですが、予防的な観点から見た場合、たまたま被害が小さいことを祈って不十分な対策で終わるのではなく、十分な対策を講じることが必要でしょう。本判決の、環境配慮義務違反に関する記述は簡潔なので、そこから十分な教訓や問題意識を読み取ることは難しいのですが、多くの場合、ハラスメントが議論されれば、メンタルも議論されますので、両者の対応が十分かどうか、常に検証することが重要です。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!