労働判例を読む#338
今日の労働判例
【学校法人目白学園事件】(東京地判R2.7.16労判1248.82)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
この事案は、大学Yの幹部に対する不満のある職員Xらが、職場のパソコンで私的なメールを送って他人を侮辱し(X1)、あるいは職員の個人情報を不正に入手した(X2)として、両名に対して出勤停止5日間の懲戒処分を出したことの有効性などが争われた事案です。裁判所は、X1については懲戒処分を有効とし、X2については懲戒処分を無効としました。
1.実務上のポイント
ここでは、行為の態様がかなり異なるので比較することが難しい面がありますが、同じ程度の懲戒処分なのに一方が有効、他方が有効となったその境界線が特に気になるところです。
X1は、1ヶ月という短期間に、幹部を侮辱し、一方的に批判する内容のメールを、知人数名に11回送信しました。
X2は、学校の認証評価に必要な情報として、退社した元従業員らの情報を提供させ、それを加工して数名の従業員にこれを開示しました。なお、社外に流出していません。
この両者の違いを対比してみましょう。
まず、義務違反の程度です。
X1は、数回、業務専念義務や服務規律違反、物品の私的使用を繰り返したことになります。X2は、個人情報の不正な入手や開示などをしたことになります。どちらも複数の規範に反する、と言えますが、他方で、X2の行為が一連の行為であるとなれば、X2は一回だけである、とも言えます。差があると言えばありますが、これだけが両者の評価を逆にした決定的な理由であるとは評価できないでしょう。
次に、誰がどのような迷惑を受けたか、という違法性・損害の程度です。
X1の場合は、幹部の威信だけでなく、その経営に関し反論の機会を与えずに批判をしたことを、裁判所は特に注目しています。これに対してX2の場合は、入手・開示した情報の秘匿性が低い(生年月日以外は、所属・身分・役職・人事コードなど、社内でオープンになっている)こと、社外に漏洩していないこと、を裁判所は特に注目しています。結果だけ見れば、どちらも実害が無かったという意味で差はありませんが、X1については、幹部に対する反感などがこれによって扇動されて、学校経営が難しくなるという危険もあった、ということが言えるのでしょうか。その意味で差があるとは言えますが、しかしX2にしても情報がもし漏洩すればそれなりに大きな問題になっていたはずですので、この点も決定的な理由であるとは評価できないでしょう。
次に、X1とX2の個人の属性・責任の程度です。
X1は、以前に同様のことをして口頭厳重注意を受けていたことが指摘されています。他方、X2は、(本当は必要なかったのだが)学校の認証評価に必要な情報であると思っていたにすぎず、過失があるにしても故意に情報入手したのではないこと、以前に懲戒処分を受けていないこと、が指摘されています。この点は、特に、問題のある社員には改善の機会を与える必要がある、という点が重視され、プロセスが重視される近時の労働法の傾向から見て、比較的大きな問題と言えるかもしれません。X1は、会社業務を阻害する危険が大きい人物と評価できるからです。とは言うものの、これで、一方の処分が無効であり、他方の処分が有効である、という真逆の結論の決定的な理由になるとは評価できないでしょう。
とすると、両者の違いは何かというと、理由は2つに整理されると思います。
1つ目は、総合評価です。上記3つの違いは、いずれも決定的ではありませんが、総合判断すると大きな違いとなる、ということです。
2つ目は、結論の差も小さい、という点です。一方が有効であり、他方が無効である、と言えば随分と結論に大きな差があるように見えますが、X2に関する裁判所の評価をよく見ると、懲戒処分の重い方から3番目の出勤停止は重すぎる、という評価です。その次の段階の処分である「減給」であれば有効である、とまでは言っていませんが、少なくとも言えることは、X1とX2の違いは質的なものではなく、量的なものにすぎず、したがって一見真逆に見える結論も実際はそうでなく、結論の差は小さい、と評価できるのです。
懲戒処分の量刑について、どのようなことを考慮してどのような重さにすればいいのか、実務ではよく悩むところですが、本判決は同じ量刑に対して異なる評価が下されたため、量刑の参考になる事案です。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
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