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労働判例を読む#599
今日の労働判例
【宇城市(職員・分限免職)事件】(福岡高判R 5.11.30労判1310.29)
この事案は、宇城市Yの新人職員Xが、最初の半年間の条件付採用後に正式採用されず、分限免職された事案で、1審・2審いずれも、分限免職を無効としました。
1.131のエピソード
本事案で特に注目されるのは、合理性を裏付ける事情としてYが131のエピソードを主張している点です。わずか半年の間に、これだけの問題ある言動があれば、免職の合理性が認められそうですが、裁判所は、1審・2審いずれも合理性を否定しました。
解雇や更新拒絶など、従業員にとって不利益な処分を会社が行う場合、処分の合理性が必要とされます(合理性が足りなければ、人事権の濫用などに該当し、無効とされたり、損害賠償責任が認められたりします)。合理性が認められた裁判例でも、これだけ多くのエピソードが指摘されていないことが多いのに、なぜ、本判決では合理性が否定されたのでしょうか。
しかも、条件付採用は、民間企業で言えば試用期間に該当しますので、本採用しない・免職する合理性は、一般の合理性よりも、そのハードルは低いはずなのに、それでも合理性が否定されたのです。
2.判断枠組み
まず、合理性を判断する判断枠組みが、一般的な判断枠組みと異なる点が指摘できます。
すなわち、担当業務が補助金交付業務で、新人は「簡単・容易にこなせる性質・内容の業務ではなく」、「適切な指導」「反復して実践」「段階的に習得」する必要がある、として、単に仕事を与えてその結果を評価するだけでは足りないとしました。特に、新人であるXの成長をサポートする体制や、実際の運用が重視されています。
このように、一般的な判断枠組みと異なり、新人に対する配慮が必要とされる判断枠組みである点が、合理性が否定された理由の一つです。
3.エピソードの内容・悪質性
次に、エピソードの内容を見ると、たしかに仕事の品質が良くないことをうかがわせるものが多いです。例えば、報告書の誤字脱字や不記載・不備のエピソードが、令和2年8月の1か月だけで26あり、あるいは事前にアポを取らなかった、電話のやり取りが不適切だった、等のエピソードが指摘されています。
これらのエピソードから、社会人としてコミュニケーション能力が低く、上司や周囲がストレスを抱いていた様子もうかがわれます。これだけのエピソードを、周囲が観測して記録に残していたことも、それだけXに対する不満を周囲が抱いていたことをうかがわせます。
けれども、これだけのエピソードがありながら、実際に業務に影響が出たかどうかについては、明確にされていません。これだけ観察されていれば、Xのミスなども、悪影響が出る前に未然に回避されてしまったのかもしれませんし、あるいは新人だから重要な業務が与えられていなかったのかもしれませんが、Yの業務への悪影響が明確でない、ということから、これらのエピソードの内容・悪質性がそれほど高くないということも指摘されるでしょう。
実際、Xの人事考課について、Xの自己申告を低い評価に書き換えさせたエピソードも指摘しつつ、その評価が低すぎる旨が指摘されており、Yが指摘するエピソードの内容・悪質性が高くないことが示されています。
4.教育的配慮の低さ
3つ目として、上記2の判断枠組みに対応する事実として、Yの制度や運用が、新人の教育に対して不十分であった、という事実・評価が指摘できます。
すなわち、単にXの問題を指摘するだけで、改善のためのアドバイスや研修などがなく、指導に問題のある上司やXの配属先を変更しない、などから、教育的配慮の低さが指摘されているのです。
5.実務上のポイント
公務員の場合は、民間企業の場合よりも、解雇(免職)のハードルが低いと言われます。それは、公務員の場合には、雇用「契約」ではなく、公共団体などによる一方的な任命に基づいて勤務している、という基本的な関係の違いが背景にあり、これと関連して、合理性の判断枠組みの違いが大きく影響しています。
すなわち、民間企業の場合には、労契法16条により、解雇の合理性が必要とされ、実際の訴訟等でも、解雇の有効性を主張する会社側がこの合理性を証明できなければ、解雇が無効と評価されます。
これに対して公務員の場合には、公共団体などによる公務員の免職は原則としてその裁量に基づくが、濫用された場合には無効になる、という構造になっており、実際の訴訟等でも、免職の無効を主張する公務員側が濫用を証明できなければ、免職が有効と評価されます。
本事案の判断は、このような判断構造を前提にしてみた場合、免職が有効とされるハードルがYにとって低いはずなのに、それでもYの主張が否定されたことから、合理性が相当低かった、と評価できます。民間企業の立場から見ると、Yの対応では、到底解雇の合理性が認められない、ということになります。
他方、本事案の評価として、このような判断枠組み自体を修正している、という評価もあり得ます。民間企業と全く同じ判断枠組みになった、とまでは言えないでしょうが、裁量権の濫用がなかった、裁量権の行使は合理的だった、ということを裏付ける事情について、公共団体などの側からも、一定程度の主張・証明が必要、という判断枠組みに変わった、という評価の余地もありそうです。
このように、公務員の解雇に関するルールとして、今後、どのように展開するのか、注目されます。
また、上記のとおり、新人の解雇などに関し、労務管理上注意すべきポイントが示されている点も、注目されます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!