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労働判例を読む#102

今日の労働判例
【国・中労委(明治〔昇格・昇給差別〕)事件】東京地判H30.11.29労判1201.31)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、労働組合内の少数派であった従業員たち(まとめてX)が、昇給・昇格で差別を受けたとして救済を申し立てたものです。労働委員会で、Xの請求が否定されましたが、これに対する不服を審理した裁判所でも、Xの請求を否定しました。
 救済をいつまで申立てることができるか、という論点もありますが、ここでは、差別的な処遇かどうか、という論点についてだけ検討します。近時問題となっている労契法20条(均等処遇)の判断の参考になると思われるからです。

1.比較対象と基準
 ここで特徴的なのは、集団対集団の比較をしている点です。
 すなわち、一方で、Xは30名余しかおらず、比較されるべきは、(多数派組合員は410名余ではなく)全従業員1万名余であり、母数に大きな差があるうえ、Xが職分や所属工場の割合が近似しているわけではありません。これに関連して、裁判所は特に、人数の差が統計データに与える影響を、明示的に強調しています。つまり、Xの人数が少なく、1名の評価が全体の割合に大きな影響を与えることから、「(Xと全従業員)との間に人事考課成績分布について一定の差があるとしても、そのことをもって直ちに不合理ということはできず、その差が有意なものであり、本件で集団的考察を行うに当たっては、このような一定の限界があることを考慮すべきである。」と示しています。
 これは、実際に裁判所が検討している内容を見れば容易に理解できますが、分布割合が多少Xにとって不利益なように見えても、その差が小さく、例えば1人の評価を変えれば逆転してしまうような範囲であれば、「有意な差」は存在しない、すなわち差別ではない、ということを意味します。数字での比較が原則であるものの、そこには多少の「遊び」が含まれるのです。

2.判断枠組み
 次に、実際にXの処遇が差別に該当するかどうかを判断するわけですが、大きく2つに分けて整理すると、裁判所の判断枠組みを理解できます。
 1つ目は、許容される振れ幅です。
 すなわち、会社Yは、評価の分布目標を定めています。A=5%、B=15%、C=60%、D=15%、E=5%であるところ、平均値であるCについては、その数値の大きさを特に問題にしていません。
 他方、B以上か、D以下については、「それぞれ10%から20%までの範囲内にある場合には、標準的な人事考課成績分布(中略)と比較して低位であるということはできないというべきである。」と示しています。
 実際に当てはめている個所も併せて読めば理解できることですが、裁判所は、①Cは比較対象外であること、②ABとDEは、バラバラに見るのではなく、A+B、D+Eと合わせて比較すること、という枠組みを示しました。
 つまり、実際のA+Bの割合が、分布目標となる5%+15%=20%であるところ、10%~20%であれば問題がなく、D+Eの割合が、分布目標となる5%+15%=20%よりも20%以上乖離している場合には、差別になるのです。実際に、AやEと評価された従業員がXの中に存在しないことを考慮すれば、Xの中にE評価だけが居てA評価がいないような状況ではないことから、このように複数のグループをまとめる方法も合理的でしょう。実際に、(裁判所は言及していませんが)統計学上も、標本が少ない周辺部分の項目について、合体させて処理することが合理的とされています。

3.あてはめ
 2つ目は、実際のあてはめです。
 裁判所は、まず、特に乖離の大きい特徴的な数字を参考に引用しています。
 すなわち、年度によって、B以上が6.3%~9.4%、D以下が21.9%、と事実認定しています。
 そうすると、上記10%~20%の範囲から外れてしまいます。
 けれども、裁判所は、最大3.7%の誤差は、X32名のうちの1名の成績が変われば、約3.1%変動することから考えると、「最大でも(Xら)のうち1名程度の相違にすぎない。」として、Xの人事考課が標準的な分布と比較して「有為に低位であるということはできない。」と結論付けています。

4.実務上のポイント
 労働組合法に関する裁判例は、あまり積極的に検討していませんが、この裁判例を取り上げたのは、ここで示された統計的な比較方法が、労契法20条で参考にされる可能性があるからです。
 たしかに、労契法20条違反に関し、これまでの裁判例では、特定の個人と、類似したグループの処遇の違いを比較しています。
 しかし、同様のグループに属する複数人が原告になる場合もあり得ます。また、個人の場合でも、グループとグループの比較を行う場合もあるでしょう。
 すなわち、無期契約者のグループと、有期契約者のグループを、問題となる手当や処遇ごとに比較し、後者の手当てや処遇が前者の手当てや処遇と比較した場合、統計的に「有為に低位」である、と証明するのです。
 どのような処遇や手当にこの方法が適用されるのか、が問題になりますが、例えば、有期契約者と無期契約者とで、制度設計上は同じ手当(但し、人事考課などによって金額が変動する手当)に関し、運用上、有期契約者の方が全体的に金額が低い場合、などがこれに該当するでしょう。運用上の違いも、労契法20条の「労働条件」の相違と評価される可能性があるからです。
 もっとも、統計的には「有為に低位」だとしても、個別に見れば、有期契約者の受ける利益が無期契約者の受ける利益(平均)を上回る場合もあるでしょうから、その場合に、どのような請求を立てるのか、という技術的な問題も検討しなければなりません。
 けれども、公平性が正面から争われる場面が増えていく中で、この事案のようなグループ対グループの比較方法が、今後、議論される機会が増えるように思われるのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



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