労働判例を読む#615
今日の労働判例
【任天堂ほか事件】(京都地判R6.2.27労判1313.5、一部認容・一部棄却、控訴)
この事案は、派遣会社Aに雇用され、任天堂Y1に派遣(紹介予定派遣)された2名の看護師Xらが、Y1の産業医Y2からパワハラを受けた、Y1がXらの採用をしなかったが、Y1とXらの間には雇用関係が成立している、などと主張して争った事案です。
裁判所は、Xらの請求の一部を認めました。
1.パワハラの判断基準
パワハラについて、形式的には労働施策法30条の2のパワハラの定義が規範とされ、この定義に該当するかどうか、という形式で議論がされていますが、実質的には、厚労省の整理した、いわゆる「6類型」が念頭に置かれているようです。
すなわち、いわゆる「6類型」は、①精神的な攻撃、②身体的な攻撃、③過大な要求、④過小な要求、⑤人間関係からの切り離し、⑥個の侵害、であり、パワハラはこのうちのいずれか(単数・複数)に整理される、というものです。
ここでは、Y2が、専門家であり看護師としての資格をXらが有しているのに、❶仕事を外したり、❷コミュニケーションをまともに取らなかった(無視など)りしたことが、パワハラである、というのが、Xらの主張の概要です。この主張を裏付けるため、Y2を中心としたさまざまな言動・エピソードが主張され、例えばXらが外されたいくつかの業務や、Y2がXらに対して取っていた態度のいくつかに関し、裁判所は、その内容や合理性について、それぞれ詳細に検討しています。
そのうえで裁判所は、❶を(明言していませんが)④の問題と位置付け、❷を①⑤の問題と位置付けているように思われますが、どの類型に該当するかは、重要な問題ではありません。
むしろ特に注目されるのは、以下の点です。
2.Xらの役割りや業務内容
1つ目は、Xらの役割りや業務内容です。これは、❶❷いずれにも関係し、両者の前提になる問題と位置付けられているようです。
すなわち裁判所は、Xらの役割りや業務内容について、Y2の認識は、「産業医の指示の下でサポート業務を行う」のが、保健師であるXらの役割りや業務内容である、という認識だったのに対し、Xらは、保健師の専門家としてのプライドがあるのでしょうか、単なるサポートにとどまらず、自らの専門性に基づいて判断・行動すべき役割りや業務内容にある、という意識が強かったようです。裁判所は「原告らの産業保護に対する考え方と被告会社のそれとが異な(る)」ことから、Xらが不満を抱いた可能性がある、という趣旨の評価をしています。
そのうえで、Xらの役割りや業務内容をYらが定めることができることが原則であり、これと異なる期待をXらが抱いていたとしても、そのような誤解を招くような言動があったわけではなく、誤解に対し、「落ち度」「責任」がない、と認定しました。
専門家を採用する際の認識のズレについて、法的に責任を負うレベルではない、との判断ですが、それがどのような背景や事情の下で判断されるのか、という点で参考になるだけでなく、専門家の誤解や不満を回避するために、誤解や不満がどのように発生するのか、という経緯を詳細に学ぶ、という点でも参考になります。
3.仕事外しの合理性(❶)
2つ目は、❶仕事外しの合理性です。Y2が、実際にXらからいくつかの業務を取り上げており、その点についての事実認定の問題はあまり重要ではなく、これらの仕事外しの合理性が、エピソード1つ1つについて検討されています。
まず、ここでの判断構造が注目されます。
すなわち最初に、Y2がXらの仕事外しのきっかけとなった、Y1の内々定者の健康診断への対応に関するY2とXらの認識のズレについて、Yらの責任を検証しました。認識のズレは、Y2の指示が非常に簡潔で、Y2としてはダブルチェックだけを依頼したつもりなのに、Xらはこれを、Xらが重要案件とそうでない案件の仕分けまで求められた、と受け止めていた点にあります。この認識のズレから、作業の進め方がY2の期待した順番・スピードでなく、Xらと感情的な対立ができてしまいました。
そして裁判所は、このズレの責任は、指示が不十分であったY2の側にあった、として、仕事外しのきっかけについて、Y2側の責任(最終的な責任という意味ではなく、あくまで、きっかけを作ったという意味での責任)を認めたのです。
ところが次に、Y2がXらに唯一与えたカルテ整理の業務の必要性・重要性も、裁判所は認めました。すなわち、カルテの電子化などのため、また、他の重要で時間を多くとられるであろう業務が控えている中で、それまでの限られた時間でカルテ整理を行うことの重要性を、裁判所は認めました。
この2つ、すなわち指示の不十分によって感情的な対立やギャップを作り出した面と、重要な業務に集中させたという業務上の合理性とが示され、その結果、一般論として仕事外しが合理的だったかパワハラに該当するかの結論が出せず、外された1つ1つの仕事ごとに、その合理性が判断されることになった、と整理できるでしょう。判断方法としては、カルテ整理がそれだけ重要なのであれば、個別の判断をせずとも、仕事外し全てを一括して合理的と評価することも可能と思われるのに、1つ1つのエピソードごとに、カルテ整理を優先させて仕事外しすることの合理性を検討しているからです。
このような、2つの前提となる背景分析の上で、1つ1つのエピソードごとに、仕事外しの合理性が検討されました。
ここでは、主に6つのエピソードを問題にし、そのうちの5つ(例えば、健康委員会への出席や講和担当、現場巡視などを禁じた点)については、仕事外しの合理性を認めましたが、Y2とXらのミーティングを全て中止した点については、パワハラに該当しうるとしました。前者の主な理由は、もちろん、それぞれのエピソードごとにこれを裏付ける具体的な事実が異なりますが、外されたそれぞれの業務の重要性は、あまり突っ込んだ検討がされていません。そこでのロジックは共通しており、単純に、「■■のような業務から外す指示は、カルテ整理の重要性から見て合理的」という説明だけがされています。個別な検討と言っても、カルテ整理の合理性がかなり強く影響していることがわかります。
他方、後者の理由は、カルテ整理にとってもメールだけのやり取りには限界がある、という趣旨の理由です。ここでも、カルテ整理の業務が重視されています(カルテ整理業務にとって重要だから、という理由)。
このように、仕事外しのきっかけでの責任、仕事外しの口実となるカルテ整理の重要性、1つ1つの仕事外しのエピソードごとの合理性、という段階で検討がされており、様々な要素を整理しながら総合的に判断する際の議論の整理の仕方が、とても参考になります。
4.コミュニケーション拒否(❷)
3つ目は、Xらからの声がけを無視するなどのコミュニケーション拒否です。
ここでも、裁判所は1つ1つのエピソードごとに合理性を検討しています。ここでは、7つのエピソードのうち2つについて、パワハラに該当しうると評価しました。仕事に必要な声がけなのに、Y2が一方的にその点のコミュニケーションを拒否した(扉を閉じた)点など、コミュニケーションをとる業務上の必要性があると認められた場合です。
さらにここで特徴的なのは、これらのコミュニケーション拒否について、1つ1つでパワハラ該当可能性が無くても、一連の言動としてみると、パワハラ該当可能性がある、と判断した点です。上記❶の仕事外しの場面では、一連の言動として一体評価が難しいのか、❷のコミュニケーション拒否の場面でだけ、この一体性判断がされています。
5.直接雇用契約の成否
違う論点ですが、XらとY1の間に直接、雇用契約が成立していた、というXらの主張について、裁判所は否定しました。
これは、紹介予定派遣の構造や内容を深く掘り下げる議論となっています。
どういうことかというと、紹介予定派遣は、通常の派遣と違い、派遣先の会社が予め派遣予定者と面接して人選に干渉などができる一方で、派遣されてきた派遣従業員を直接採用してもいいし、派遣を解消してもいい、という制度設計となっています。見方によっては、派遣従業員を採用するかどうかを見極めるために、実際に派遣従業員として働かせてみたうえで、気に入らなければ派遣を解消するだけで縁を切ることができることになり、もしそうであれば、例えば試用期間後の本採用の拒否(解雇)や、有期契約の更新拒絶と異なり、縁を切るために必要なハードルが、会社側から見てかなり低くなっています。
判決では、紹介予定派遣制度の様々な問題点を詳細に検討しています。
結局、立法によってそのような制度として設計され、ルールとして確立してしまっていますので、Y1の運用だけが違法、という評価は難しく、かといって真正面から紹介予定派遣制度が違法(違憲?)ということも難しいでしょう。
そうすると、ここでの詳細な検討は、紹介予定派遣制度の合理性を再検証した、という意味しかないことになります。しかも、なぜ、解雇や更新拒絶よりもハードルが下がっているのか、なぜハードルが下がっても良いのか、という点について、直接議論されていません。
これは、紹介予定派遣制度自体が違法と主張しているのではなく、紹介予定派遣制度は適法な制度として存在することを前提に、本事案での運用が違法である(雇用契約が成立している)という議論になっているからです。
このことから、直接の雇用を最初から合意していた、等のような議論がされていますが、Xらの主張はいずれも否定されました。直接雇用の形態ではなく、あえて派遣の形態を選択し、しかもその中でも紹介予定派遣の制度をわざわざ選択したY1が、Xらの仕事ぶりを確認せずに直接雇用を合意した、と評価することは難しいでしょう。
また、XらがY1に直接雇用してもらえると期待した点については、制度設計上、このような期待を抱くことができるような限られた場合(直接雇用が確実に見込まれるような場合など)に初めて、法的に保護されるべき期待に至る、とされており、これに対して、Xらは自らの役割りや業務内容を正しく認識しておらず、信頼関係が構築できていなかったとして、法的な期待ではないとされました。
紹介予定派遣の構造やその背景、実際の事案へのあてはめ等、あまりこれまで議論されなかった点に関し、非常に幅広く議論がされており、参考になります。
6.実務上のポイント
パワハラに関し、突き詰めると、Y2とXらのコミュニケーション不足が大きな原因であり、これによってXらの役割りや業務内容に関する認識のズレが発生・拡大し、Xらが不満を募らせ、Y2がより一層、コミュニケーションを拒否していった、という悪循環が始まっています。
Xらの請求のうち認められたのは、10万円の慰謝料請求だけであり、金額だけを見れば小さな問題と見えるかもしれません。
けれども、このような訴訟が提起されて対応に手間や時間がかかり、社名が公表されてしまうなどの経営的な不利益は、決して軽くなく、また、単にトラブルが生じなければよいのではなく、会社経営は、より効率的で生産的な組織を作ることが必要ですから、パワハラと認定されないぎりぎりのレベルを模索するのではなく、コミュニケーション不足によるトラブルを最初から発生させないためにはどうすべきか、という観点から、この事案を教訓として検討する必要があるでしょう。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!