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労働判例を読む#625

今日の労働判例
【国・札幌労基署長(一般財団法人あんしん財団)事件】(最一小判R6.7.4労判1315.5、破棄自判)

 この事案は、従業員に対する労災認定が誤っている(それによって、労災保険料が上がるなどの不利益を被る)ことを理由に、この従業員を雇っていた会社Xが、国と労基署Yらの労災認定の取り消しを求めた訴訟です。
 1審は、従業員ではないXが労災認定の取り消しを求めることはできない、すなわちそもそも訴訟を提起することができない、と判断しました(却下)が、2審は、訴訟提起を適法としました(請求内容の心理のために1審に差し戻し)。この点は、24読本317の「国・札幌中央労基署長(一般財団法人あんしん財団)事件」(東京高判R4.11.29労判1285.30)をご覧ください。
 これに対して本判決(最高裁)は、1審と同様、Xの請求を却下しました。差し戻すことなく、最高裁自身が確定的な判断をしました(自判)ので、本事案はこの判決によって確定しました。

1.Xの手続保障
 Xが労災認定の取消訴訟を提起できないとされた点だけを見ると、Xが労災認定に不満があるときどのようにそれを争うのか、というXの手続保障が気になります。
 この点は、①労災認定を争う方法と、②労災保険料の決定を争う方法の2つの関係を整理する必要があります(労働判例誌の本判決解説部分(1315.5~10)が参考になります)。上記事案の概要では、①についてだけ説明していますが、②も併せて整理すると、以下のようになります。
1審:①否定、②肯定
2審:①肯定、②否定
最高裁:①否定、②肯定
 このように、Xは、①②いずれかで、労災認定の内容の合理性を争うことが可能であり、問題はそのプロセスの選択の問題にすぎないようにも見えます。
 そして最高裁の判断は、厚労省がその通達の中で示した考え方に基づいているように思われます。すなわち、厚労省は、R5.1.31「メリット制の対象となる特定事業主の労働保険料に関する訴訟における今後の対応について」という通達の中で、①を否定し、②を肯定する、という考えを示していたのです。
 訴訟提起がどのような場合に可能か、という問題は、司法権の範囲の問題なので、行政機関がこの問題について方向性を決定することが許されるのか、議論すべき問題が他にあるかもしれませんが、ここではこの点は深入りしません。
 しかし、少なくとも行政機関の判断(①は労災認定、②は労災保険料の決定)を争う機会の手続保障の在り方について、行政機関と司法機関で考え方が統一されたことで、実務上の混乱が回避されたと評価できるでしょう。

2.実務上のポイント
 しかし、①労災認定を争うことは、労災保険料を争うためだけではありません。例えば労災と認定することは、業務起因性の存在を認めることを意味しますから、業務起因性と同じ「因果関係」が重要な要素である民事労災(損害賠償)の判断に大きな影響を与えます。特に、行政労災の手続が先行し、労災認定がされた後に民事労災が争われる場合には、因果関係(業務起因性)の存在が公的に認定された後ですので、因果関係の不存在を会社側が争いにくくなってしまいます。
 たしかに、本判決は②の訴訟の中で、先行する①労災認定の合理性を争うことができるとしているようです。というのも、支給要件を満たさない部分、すなわち、本来支給されるべきでないのに支給されてしまった労災保険は保険料額算定の「基礎とはならない」と示し、かつ、この労災支給決定の判断は保険料決定に「影響を及ぼすものではない」と示しているからです。これは、②の訴訟の中で、「基礎とはならない」こと、すなわち本来支給されるべきでなかったこと、を主張できることが前提になっているはずだからです。
 しかし、そうすると、①行政労災の認定と、②労災保険料からみた行政労災の認定の二種類の判断が存在(両社が異なる可能性もある)することになります。後行する民事労災で「因果関係」が問題になる際、この2つの判断のいずれも考慮して判断されることになるのです。また、労災保険料の決定の時期がズレると、民事労災の前に労災決定の合理性を争うことができず、会社にとって不利な労災認定だけしか存在しない状況で、民事労災を争わなければならなくなります。
 このように、①行政労災の認定の、民事労災への影響、という観点から見た場合には、(致命的と言えないかもしれませんが)実務上、立証に関して少なからず影響が残ってしまうのです。
 けれども最高裁は、①と②の関係から、システム全体を整理しようという視点で議論しています。
 すなわち、①を肯定してしまうと、労災が受領されるとされた従業員の立場が、その後の会社による訴訟によって覆される可能性が生じてしまい、従業員の立場を不安定にしてしまうが、それは労災支給を早期に確定しようとする制度の趣旨に反する、と説明しています。
 すなわち、①労災給付を早期に確定して労働者を保護しつつ、会社の労災保険料に関する手続保障は、②の中でこれを争えるようにすることで確保し、①を覆させない、という方法でバランスを取っているのです。
 ①が否定されたので、会社が労災認定を覆すことはできなくなったり、上記のように二種類の判断が発生したり、民事労災の訴訟の前に②で争えなかったりしかねない状況となりますが、①②の制度を整理する観点から見ると、やむを得ない状況なのでしょう。特に会社が労災認定を争う場合、今後は①を選択できなくなるので、注意が必要です。
 なお、①行政労災の認定に関し、労基署がこれを否定したために従業員が労基署の決定の取消訴訟を提起した場合に、会社がこの手続に補助参加できるかどうか、について、本判決は言及していません。この補助参加を認めた裁判例がありますので、会社が自ら訴訟を提起する方法として①は否定されましたが、従業員の提起した訴訟②補助参加することは可能とされる可能性が残されています。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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