労働判例を読む#395
今日の労働判例
【エスツー事件】(東京地判R3.9.29労判1261.70)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
この事案は、外国人留学生15人(X1~15)が採用内定され、1人(X16)に採用の意向が示されたものの、会社Y側の事情(担当役員の背信的な行動による退職と新人を採用する予定だった事業の停止)により内定取消しされた事案です。Xらは損害賠償を請求し、裁判所はその請求を広く認容しました。
1.内定取消しの有効性
裁判所は、採用内定の取消しの可能性は認めています。採用内定は、「始期付き解約権留保付きの労働契約」であると認定しました。さらに、内定取消事由として明確に合意された事項ではないものの、「本件内定当時に予期し得ない事情により入社が困難となった場合」にも内定取消しできると評価し、内定取消の可能性を肯定しています。
けれども、主に2つの理由で内定取消を無効としました。
1つ目の理由は、担当役員の管理不足です。これは、Xらを採用する予定だった事業に関し、同業他社から鳴り物入りで入社してもらった担当役員に全てを任せていたところ、自ら代表を務める他の会社の業務を行うなど、明らかな利益相反を行っていたために、合意退社となったため、当該事業が停止されるに至った、という経緯です。Yも、当該担当役員に騙された被害者と言えば被害者ですが、裁判所は、途中入社したばかりの人物をろくに監督せずに事業遂行の全てを任せきりにし、食い物にされて結局事業廃止になった、というYの責任を問題にしているのです。
2つ目の理由は、解雇回避の努力やプロセスが不十分だった点です。これは、当該担当役員代謝の僅か2週間後にXらの内定取消しを決定し、海外に一時帰国するなどしていてXらの多くに対し、十分連絡もつかないままに内定取消の手続を進めた点などが指摘されています。
2.損害賠償の範囲
そのうえで損害賠償額についても、試用期間が3か月にすぎなかったにも関わらず、6か月分の賃金相当額の損害賠償が命じられました。
純粋に、得べかりし利益を損失とするのであれば、本採用が確実とは言えない点を考慮すると、3か月分を損失と認定しても良さそうです。
けれども裁判所は、外国人留学生の就職が困難であること(再就職に1年半かかった者もいる)などを指摘して、6か月分と認定しています。これは、3か月分の損害が通常損害に該当するのであれば、これに対して、いわば特別損害に該当するような損害、すなわち再就職のために拡大する損害まで、一定の範囲でYに責任を負わせるものであると評価できそうです。
すなわち、かなり古くから、損害賠償の範囲に関するルールとして、通常損害であれば当然債務者が責任を負うが、特別損害であれば債務者が「予見可能」な場合に責任を負う、とされてきていますが、外国人留学生が再就職で苦労するであろうことはYにとって容易に予見可能だったので、その分、責任の範囲も広くなった、と評価できるように思われるのです。
Yとしては、信頼した当該担当役員に責任を取ってもらいたいところでしょうが、会社としてこれだけ数多くの従業員に対して責任を負った以上、簡単にはその責任を逃れられないのです。
3.実務上のポイント
上記1(内定取消の有効性)に関して言えば、Xらの請求を認める、という観点から見ると、内定取消の濫用(≒解雇の濫用)の問題と見るまでもなく、内定取消事由として明記されていないのだから、そもそも取消せない、という法律構成にすることも可能でしょう。
けれども、上記2(損害賠償の範囲)に関し、試用期間後の分まで損害賠償責任を負わせることを考えると、Y側に問題があり、Xらが再就職に苦労するであろうことは容易に予測できたことを明確に認定しておくことが必要となります。また、理論的な問題だけでなく、Yの怠慢を明確に認定しておくことで、結果的に見ても合理的である、という説得力が上がります。
このように、XらとYの事情を明確に比較するために、あえて少し複雑な法律構成を採用したようにも思われます。
とは言うものの、やはり内定取消事由として明確に定めていなかったYの落ち度も明確にすべきでしょうから、内定取消事由に該当せず、内定取消できない、仮に内定取消できるとしても濫用である、というような法律構成にすることも考えられるでしょう。
いずれにしろ、裁判所は理屈だけで判断するのではなく、結論の合理性まで考慮して判断していることがうかがわれる表現となっている点が、特に注目されます。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
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