労働判例を読む#460
【JR西日本(岡山支社)事件】(岡山地判R4.4.19労判1275.61)
※ 司法試験考査委員(労働法)
この事案は、鉄道車両の運転手Xが、自分の担当する車両の入選するホームの番線を間違えたために、運転手交代のための引継業務開始が2分遅れた、という理由で2分に相当する給与が減額された(後に、1分相当分、支払われた)事案です。裁判所は、Xの請求(最終的には1分に相当する賃金)の支払いを認めました。
1.ノーワークノーペイ
会社Yの主張のコアとなる部分は、「ノーワークノーペイ」と言えるでしょう。引継の仕事を2分間しなかったのだから、「ノーワーク」だ、ということです。
けれども裁判所は、これも仕事だ、と評価しました。ある程度のミスなら当然想定されることだし、そのようなミスのリカバリーのための業務も当然想定されることだから、番線を間違えたと気づいて、正しい列車に乗るために急いで移動したり、引継業務で後れを取り戻したりしていた、このようなリカバリーも立派な業務である、というロジックに整理できるでしょう。
労働時間を、分単位で細切れに判断すること自体、容易でないうえに、Xがサボっていたわけではないので、Yの主張が認められることは、もともと難しいように思われます。ミスやリカバリーも仕事である、という評価は、全ての場合に通用するかどうかはともかく、少なくとも仕事評価される可能性が現実的に存在することがこの裁判例で示されたことになります。今後の労務管理の際、注意すべきポイントです。
2.実務上のポイント
経営問題として見ると、この程度のミスで、しかも1分2分の単位で給与を減額する会社も、あまりないでしょう。計算や管理の手間で、かえってコスト高になるし、このような細かくて厳しい管理によって従業員のモチベーションの低下も心配だからです。
それでも、JR西日本がこのような細かくて厳しい管理をしてきた理由は何でしょうか。
それは、ダイヤに従って正確に列車を運行することが至上命題だから、と言えるでしょう。経営には、さまざまな経営課題があり、全ての経営課題に完璧に応えることはできませんから、優先順位を付けて対応していくことになりますが、ダイヤに基づく正確な列車運行の優先順位が非常に高く設定されていたのでしょう。
このような、業務品質に関する強いこだわりは、一面で日本製品やサービスの高さにつながり、特に、これは全国の鉄道について言えることですが、来日した外国人が日本の鉄道の正確性に非常にびっくりする、とよく報道されます。
けれども、過剰な業務品質が、製品やサービスを高価なものとしてしまい、逆に競争力を低下させたり、業務内容が高度化専門化してしまい、人材の流通を難しくしたり、従業員の処遇を良くすることができなかったり、という様々なマイナス面も指摘されています。
本事案も、会社が業務品質(ダイヤどおりの運行)に徹底的にこだわっている様子と、そのことによるデメリットが示されたもの、と評価できます。
経営上の教訓として見た場合、業務品質にこだわった施策を打つ場合には、そのマイナス面も考えるべきである、ということができるでしょう。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
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