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労働判例を読む#372
今日の労働判例
【広島精研工業事件】(広島地判R3.8.30労判1256.5)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
この事案は、プレス加工などを行う会社Yが、元課長Xについて、能力不足などを理由に平社員に降格させたこと自体が違法であるとして、XがYに対し、課長職にあることの確認や、降格の際のY側の対応によってうつ状態になったことの損害賠償を請求した事案です。
裁判所は、Xの請求を一部肯定しました。
1.降格
人事上の処分として、降格自体可能であるが、それが濫用にあたる場合には無効になる、という一般的な判断枠組みが示されたうえで、裁判所は、降格処分の合理性を詳細に検証しています。
具体的には、❶安全・品質に関する成績の不良、❷教育能力の不足、❸管理指標に関する基礎知識の不足、❹対人関係のトラブルの多さ、によって原告の能力不足があるとするYの主張を、1つずつ検証しているのです。
Yからは、❶~❹いずれについても、業務上の統計データに加え、Xの言動を中心とした具体的なエピソードが根拠として示されていますが、裁判所は、そもそもそのようなエピソードが存在しない(証明できない)か、データ自体は存在してもそれがXの能力の低さを示すものではない、という評価をしています。
例えば❶では、Xの課長時代に、他の部署と比較しても少なくない労働災害が発生し、多くの不良品が社外に流出しています。この事実自体は認められていますが、人手不足や業務多忙など、Xだけの責任とは言えない、人員の補充を求める等の対応をしていた、本当に問題があればもっと早い段階で改善などを指示していたはず、などと言う理由で、能力や適性が不十分であったとしても、その程度が著しいとは言えない、と評価しています。
また➋では、当日の朝になって任されたグループ討論の総評で多少しどろもどろになったとしても、そのことから教育能力の不足と評価できない、としています。
また❸では、コスト教育に関する理解度テストで、2回とも適切でない回答をしたとしても、2回目で多少の改善があったこと、Yも特に注意・指導していないこと、テストはコスト教育の理解度を確認するためにすぎず、能力測定の正式なものではないこと、から基礎知識不足と評価できない、としています。
また❹では、X提案が否定されてYの決定に対する非難を吹聴した証拠がない、納品ひっ迫を他部門に責任転嫁していた証拠がない(人員増員を求めること自体は不当でない)、部下を「首にするぞ」と怒鳴りつけた証拠も合理性もない、その他、自部門の仕事を他部門にやらせようとしたり、隠れて仕事を怠けていたりした事実も裏付けがない、としています。
労務管理の観点から気になる点は、以下の2点です。
1点目は、管理職者の能力・適性を評価する際に一般的に用いられる、担当部門の業務の定量的な評価指標(ここでは、労働災害数と不良品数)について、それだけで降格する理由にならないと評価された点です。特に、Xだけの責任ではないとする部分については、例えば会社側に問題があるとしても、その問題を克服したり改善したりすることが要求されるのが管理職者であり、単に会議の場で人員の補充を求めるような、表面的な言動を取っただけで管理職者としての職責を果たしたと評価できない、という反論があり得るところです。
けれども、裁判所がYにとって厳しい評価をしているのは、YによるXの管理プロセスに問題があると見ているからでしょう。もし、管理職者として人員が足りないなどと文句を言うだけでなく、その状況を改善すべき検討や提案を自ら行うなどの行動が必要である、と折に触れて指導教育し、その達成度のフィードバックや、早めの処分などが行われるべきだった、と評価しているように思われます。
2点目は、エピソードの証明です。Xが問題社員であったとは言いませんが、問題社員一般の問題としてその問題となる言動が、十分証明できないとして会社側の主張が否定されている裁判例を見かけます。本事案では、反対に、Xがハラスメントを受けた、と主張するいくつかのエピソードについては、その事実を裁判所が認めていますので、表面的に見ると、従業員側に有利に事実認定しているようにも見えます。
けれども、❹に関する部分は、Y側の証人による証言しか証拠がないようですが、ハラスメントに関する部分は、確認できませんが複数の証言があるようです。
このように、問題のある言動をエピソードとして適切に記録化しておかなければ、会社の主張はなかなか認めてもらえないので、特に問題社員に対応する場合には、エピソードの記録化を心掛ける必要があります。例えば、問題のある言動があった場合には、直ちにそのことを指摘して再発しないように注意し、そのことをメールや報告書などの形で残しておく、等の方法です。
これに対しては、メールなどのように相手にも伝えたものであればまだしも、社内の報告書のように、会社側の証拠を会社側が一方的に作成したら、証拠にならないのではないか、という疑問も聞かれます。たしかに、例えば自分で事実と責任を認めて署名するような文書やメールに比較すると、証拠としての信用性もある程度下がりますが、実際にそのような言動から間もない時であれば、後から思い出して作成する報告書よりも信用性は高まります。
2.実務上のポイント
うつ状態になった、と主張する理由についても、Y側の主張の全てが、上記と同様の形で否定されています。
会社側の人事措置の合理性が否定される事案に多く見かけられる特徴として、問題のある従業員に対するコミュニケーションを十分に取らないまま、突然、重大な処分をする場合が多いように思われます。
これには、会社側としても、問題のある従業員への対応に手をこまねいているだけでなく、本人の自覚を促している、そのために自分たちも我慢して受け入れてきた、等の言い分があるでしょう。
けれども、コミュニケーションをとることが難しかったり不快だったりしても、問題を直ちに指摘することを繰り返し、積み重ねていかない限り、問題ある言動は改善されません。法的な観点から証拠を作り、記録化する、プロセスを踏む、という意味だけでなく、会社の労務管理の観点からも、問題のある従業員であるほど適切なコミュニケーションを心掛けなければならないのです。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!