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労働判例を読む#601

今日の労働判例
【ファーストシンク事件】(大阪地判R 5.4.21労判1310.107)

 この事案は、アイドルグループのメンバーYが、プロダクションXとの約束に反して退団しようとしたために、違約金1000万円(但し、未払い報酬11万円をこれから控除した残額)の支払いを求められた事案です。
 裁判所は、Xの請求を否定しました。

1.判断枠組み
 本事案の最大の論点は、Yが労働者かどうか、という点です。契約上は「専属マネジメント契約」ですが、実態が労働者とされれば、労基法16条が適用され、違約金の合意が無効になるのです(結論として、同条が適用され、違約金の合意が無効とされました)。
 判断枠組みを明確に示していませんが、判決文の章立てや結論部分の記載から、以下のような判断枠組みとされていることがわかります。
 労働者性=使用従属性
・ 指揮監督下にあること
 ・ 諾否の自由がないこと
 ・ 業務遂行上の指揮監督があること
 ・ 拘束性があること
 ・ 代替性がないこと
・ 報酬に労務対価性があること
・ 被告の事業者性が低いこと・原告への従属性が高いこと
 労働者性の判断枠組みは、事案によってニュアンスの違いがありますが、判断している要素は、概ね他の事案で示されるものと同様です。
 さらに、被告の事業者性の低いことも考慮している点が注目されます。
 これは、指揮監督につながる「強制の契機」の積み重ねだけで、いわば「絶対的」な評価で判断するのではなく、労働者性と、これに対比されるべきモデル(本事案では事業者)との対比で、いわば「相対的」な評価で判断することを意味します。
 例えば、配送業務の下請業者の場合、発注者の要請で、配達員全員が所定のユニフォームを着たり、運搬車両に所定のロゴを貼ったりすることが義務付けられますが、このような義務は契約内容であり、法的な強制力のある義務でもあります。しかし、この義務は労働者だから負うものではなく、事業者としての契約に基づくものであり、このような義務があることは労働者性の根拠になりませんが、「絶対的」な評価であれば、これも労働者性の根拠とされかねないのです。
 本事案は、Yに対する拘束が極めて強く、他方、Yが独立した事業者として活動できる状況ではなかったため、「絶対的」判断と「相対的」判断の違いは生じないでしょうが(したがって、「相対的」な判断の具体的な内容を理解するための参考にはなりませんが)、留意すべきポイントです。

2.実務上のポイント
 芸能関係者の労働者性は、ときどき、訴訟で争われ、裁判例が公表されています。
 プロだから、人気商売だから、会社・プロダクションは機会を提供してあげているのだから、等の思いが、会社やプロダクションの側にあるのでしょうが、他の収入を得られるバイトなどもままならず、生活すべてを芸能活動に捧げざるを得ないような場合など、プロとしての実態が伴っていない場合には、生活の依存度も高く、労働者としてその生活を守るべき義務が生じてくることになります。
 自営業者と取引をする際の関わり方について、注意すべき点が示された裁判例と言えるでしょう。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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