労働判例を読む#535
※ 元司法試験考査委員(労働法)
【医療法人社団誠馨会事件】(千葉地判R5.2.22労判1295.24)
この事案は、研修医Xが、長時間働いたのに残業代が支払われていない、長時間労働やパワハラによって適応障害となった、と主張して、病院Yに対し、残業代や賠償金の支払いを求めた事案です。
裁判所は、いずれも、その一部を認めました。
1.残業代
ここでは、まず固定残業代の合意の有無が問題になりましたが、残業代部分に関し、判別できなかったという理由で合意がないと判断されました。この点は、固定残業代に関する裁判例として一般的に認められてきた基本的な部分です。特に異論ないでしょう。
そのうえで、携帯を持たされて待機していた時間のうち、病院外で待機していた時間については、実際に病院に駆け付けた場合を除き、労働時間ではなく(したがって、残業代は認められない)、病院内で待機していた時間については労働時間である(したがって、休憩時間も労働時間時間である)、と判断されました。
特に注目されるのは、病院外での待機時間です。
たしかに、宿直室での待機中に呼び出されることがあっても、その頻度が小さいとして、労働時間ではないと判断されたような裁判例もありますが、本事案での呼び出しの頻度は、39回の待機中、7回であり、その時間も短かったはず、という認定であり、比較的多いように思われます。
労働時間の認定について、判断の難しい点ですが、1つの参考事例となります。
2.民事労災
労災の成否については、長時間労働について民事労災を認定し、パワハラについて否定しました。
このうち長時間労働に関して労災を認めた点は、残業時間の長さを労災認定の重要な要素と位置付ける近時の行政実務や裁判例の傾向に合致するものです。
特に注目されるのは、パワハラです。
Xは、一緒に執刀していた医師などから、「バカ」「何やってんだよ」「おい!」「おせえんだよ」などと言われたり怒鳴られたりしたことがパワハラに該当する、と主張しました。
これに対し裁判所は、それぞれの発言(合計7回の機会)について、それぞれの状況を認定してどのような状況でこれら不適切な発言があったのかを認定したうえで、いずれも、「社会通念上許容される指導の範囲」を逸脱しない、などと評価して、パワハラに該当しない、と判断しました。後期研修医として実際に執刀を行うことが期待されていたこと等、Xに期待された能力などが前提となっており、他方、実際に外科手術すべき患者の安全の問題がある深刻な状況であったことから、比較的厳しい指導もパワハラではないと判断されたようです。
状況によっては、人格非難とも評価されかねない発言もあり、言葉の表現だけを見ればパワハラと評価される可能性もありますが、パワハラ該当性は、表現だけで判断されるわけではないことが理解できます。
3.実務上のポイント
若手医師の働きすぎやストレスは、社会的にも注目されている問題です。法的には、その一部だけ責任が認められましたが、法的に責任が認められなければ構わないという問題ではないはずです。医師の専門性と責任の高さを考えると、若いうちに沢山働いて経験を積むことの重要性も分かりますが、健全なやり方が模索されるべきであることなど、法的な問題以外にも問題提起されている事案と言えるでしょう。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
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