労働判例を読む#166
「学校法人追手門学院(降格等)事件」大阪地裁R1.6.12判決(労判1215.46)
(2020.6.25初掲載)
この事案は、勤務成績不良を理由に降格された、大学の職員Xが、退職させることを目的とし、人事権を濫用するものとして、大学Yを訴えた事案です。裁判所は、詳細に事実認定を行い、人事権の濫用はなく、降格は有効、と判断しました。
1.判断枠組み(ルール)
本事案では、就業規則に、降格のあることが明記されています。そのような規定がない場合には、そもそも一方的な降格ができないことになりますが、このような規定があることから、裁判所は「人事評価によって(中略)降格を行う契約上の根拠を有する」と示しました。
そこで、会社が一方的に降格できることになりますが、それは、①会社の人事評価権に基づくものであることが必要、他方、②「著しく不合理な評価」によって、「原告に大きな不利益」を与える場合には、人事権の濫用=無効、としています。
労働法上のルールは、ここでの「濫用」のように抽象的な規範が多く、様々な判断枠組みが設定されることが多くあります。ここでも、②が、「濫用」を判断するための枠組みとして位置付けられていますが、実質的には、①も判断枠組みの一部と見ることができます。
ところで、判断枠組みは、多くの場合、a)会社側の事情、b)従業員側の事情、c)その他の事情(特に適切なプロセス)の3つのカテゴリーに分けると、大きく外れることはありません。すなわち、両当事者のバランスを取る(ab)ために、十分配慮した(c)かどうか、を見極めるのです。
ここでの判断枠組みを分析してみましょう。
②の「著しく不合理な評価」は、会社側の問題行動であり、a)会社側の事情に含まれます。会社が、さらに悪意を持って不当な評価を行った場合には、会社側の利益がより前面に出てきます。
次に、②の「原告に大きな不利益」は、b)従業員側の事情です。
さらに、①の人事評価権に基づくかどうか、については、直接的ではなく、少しズレが生じかねない点が気になりますが、人事評価として適切なプロセスを経ていることも条件に含まれていると評価できれば、c)のその他の事情の中でも、特に、「プロセス」を含んでいる、と評価できます。
このように、判断枠組みを構成する重要な3要素(abc)が、①②に表れている、と評価することができるように思われます。
2.あてはめ①(人事評価制度)
本事案では、会社の人事評価制度に沿って事実認定しています。
Yの人事評価制度は、毎年、「人事評価評定」(それぞれの個人の業務や能力、地位などに応じた期待水準)と、「目標管理カード」(具体的にどのような業務をどの程度まで遂行するのか)、という評価水準が設定されます。特に、後者の例として、「スクールバス運行経費削減のための施策を具体化する」「在学生及び卒業生から受験生へのメッセージを募ってホームページに掲載する」「予算査定の場で提言を行う・そのために必要な資料を作成する」等の、かなり具体的な業務が示されます。
次に、これらの評価や達成度が評価されます。
例えば、スクールバスについていえば、Xは様々なデータを単純に併記するだけで、経費削減の具体的な施策の説明をしていないことなどから、5段階中2(目標を下回った)と評価されています。
さらに、前者についても、例えば評価項目のうちの「日常業務」に関して言えば、日ごろの業務遂行状況に関する業務遂行状況を踏まえ、評価者が評価を加えます。Xの場合には、この点も5段階中2となっています。
この評価プロセスですが、①自己評価を1次評価者に提出し、②1次評価者による評価と、③2次評価者による評価が行われます。
具体的には、②1次評価者は、上記評価(2つの「5段階中2」)に加え、スクールバス(後者に関する評価)について、大きなトラブルはない、しかし、積極性がない、人の指示ではなく、自ら考え業務を遂行することを期待する、などとコメントしています。また、全般的な評価(前者に関する評価)に関しては、やっと慣れてきた感じ、臨機応変に対応することが苦手、積極的に動いていない、信頼感が薄い、今のところ大きな誤りはない、などとコメントしています。③2次評価者も、評価に加え、簡単なコメントを加えています。
このように、Yの人事評価制度は、目標設定を前提に3段階の評価(①~③)が行われる点、能力や成果など、様々な要素に分けて評価が行われる点、具体的な業務についても達成目標を設定し、達成度を評価する点、などで、一般的な人事評価制度である、と評価できます。
3.あてはめ②(評価の合理性)
裁判所は、結果的に人事評価は合理的だった、と判断しています。
けれどもそれは、上記のような人事評価制度の構造や運用だけでなされたわけではありません。
スクールバスの「5段階中2」も、日常業務の「5段階中2」も、いずれも、具体的なエピソードを詳細に認定したうえで、評価の合理性を検証しています。
例えば、スクールバスについては、上記のように、実際にXが行った仕事の内容が検証されています。
また、日常業務については、上記のような具体的な業務(スクールバスなど)の評価(5段階中2)に加え、(本来は自ら積極的に仕事すべき立場なのに)物品の準備について他人の指示を仰ぐだけでなく、その指示に従わなかったこと、データ取り扱いについても、指示に反した取り扱いにより、データを喪失させたこと、小口現金の取り扱いについても、指示に反した取り扱いにより、現金収支の不一致が生じ、その解消に努めなかったこと、などの具体的なエピソードが詳細に認定されています。
このように、人事評価のプロセスの合理性だけでなく、実際の運用上も、その判断内容が合理的かどうか、具体的なエピソードなどによって検証されるのです。
4.実務上のポイント
何度か指摘していることですが、解雇など、従業員に対する不利益な処分の合理性が争われた場合、会社が合理性を主張するポイントは2つです。
1つ目は、労働契約の本来債務である労働債務の履行が、履行遅滞・不完全履行になっていないか、という点です。具体的には、期待通りの仕事ができているかどうか、ということで、ここで特に問題になった人事考課での評価が極めて低い、ということです。
2つ目は、労働契約の付随義務である「配慮義務」が、履行遅滞・不完全履行になっていないか、という点です。具体的には、上司の指示命令(人事権)に従っているか、企業秩序を害しているか、という点で、同僚や取引先などに実際にどれだけ迷惑をかけたか、ということです。
本事案は、形式的には1つ目の点だけが問題になっていますが、本来の労働債務として期待されている仕事を評価する基準として、日常業務や能力など、2つ目の「配慮義務」に相当する部分も含まれているため、実際には2つ目の点も問題になっています。
特徴的なのは、この会社では1つ目の評価が、非常にしっかりとなされていた点です。
会社によっては、評価者の評価が非常に雑で、適切な評価と言えず、1つ目の評価(本来債務の不履行)を証明できない場合もある中で、ここでは評価者の評価が合理的であると評価されているのです。
労働契約の構造を考えれば、本来債務(1つ目)の方が、付随義務(2つ目)よりも、不履行の影響が大きく、従業員に対する不利益な処分の合理性を証明するためにも、本来債務(1つ目)の証明の方が(一般的に)重要です。
管理職者が、適切に人事評価できる、それが事実によって裏打ちされていて、様々なエピソードをリアルに証明できる、ということが、トラブルを回避し、リスクをコントロールできる人材管理のために重要なのです。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
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