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労働判例を読む#618

今日の労働判例
【JPロジスティクス(旧トールエクスプレスジャパン)事件】(大阪高判R 5.7.20労判1313.78、棄却、上告・上告受理申立、上告棄却・不受理)

 この事案は、配送担当者たちXらが、会社Yの給与体系が違法であるとして、支払われるはずだった残業代などの支払いを求めた事案です。
 1審2審いずれも、Xらの請求を否定しました。

1.背景
 ❶出来高払制の給与から残業代を控除する給与体系の適法性については、❷固定残業代の適法性と同様の問題があります。計算上支払われるべき残業代が、他の手当分減額されるからです。
 けれども❶は、残業代と精算される手当の金額が固定されていないのに対して、❷は、これが固定されています。
 さらに❶は、手当から残業代を控除する場合が多いようですが、❷は、残業代が手当を上回る場合に限って残業代が支払われる場合が多いようです(特に❷については、固定残業代の金額を残業代が上回ったときには、その分を支払わなければならない、という判例ルールが確立しています)。
 他方、現在多くの裁判例が、例えば著名な最高裁判例を、❶❷いずれでも先例として引用するなど、❶❷を明確に区別せずに扱っているようです。
 このような状況で、本事案は、❶の事案です。
 そして❶では、いわゆる「国際自動車(第2次上告審)事件」(最一小判R2.3.30労判1220.50、21読本336)が、給与体系の適法性に関し、会社側にとって非常に厳しい判断をし、適法とするために、非常にわかりにくい基準を示しました。本事案は、この厳しくてわかりにくい基準に照らして、適法と評価できるかどうか、が最大の問題となったのです。
 そこで、この国際自動車事件が給与体系を違法としたポイントを確認しましょう。
① 名目や計算方法が労基法37条の規定どおりでなくても、それを上回る金額が支払われれば、労基法37条に違反しない。
② 手当を上回る残業代が発生した場合には、差額を支払わないといけない。
③ 基本給部分と残業代部分が判別できないといけない。
④ 特に、出来高払制の賃金の中に、通常の給与部分(出来高払制の給与部分ではなく、所定労働時間勤務すれば支払われる基本給とその残業代部分)が含まれる場合、③に違反する(但し、この点の表現と解釈が難解です)。
 特に④について、国際自動車事件の事案と判決を読み込むにつけ、出来高払制部分と、所定労働時間制部分の計算が混ざってしまうとダメ、という趣旨なのでしょうか。

2.適法とされた理由
 そこで、本事案を検討しましょう。
 本事案での給与体系のポイントは以下のとおりです。
a) 配送重量部分、集荷重量部分、配送枚数部分、集荷枚数部分、集荷枚数部分、走行距離部分、大型作業部分、持込作業部分、その他部分に基づいて、「賃金対象額」を算出
b) このa)から、所定労働時間制部分の残業代を控除し、「能率手当」を算出
c) このb)から、出来高払制部分の残業代を算出
 なぜ、これで国際自動車事件と異なる結論になるのでしょうか。
 まず、計算の順番が異なります。
 国際自動車事件では、このb)とc)の順番が逆であり、さらに、b)の内容について、a)から控除する部分に、所定労働時間制部分の残業代だけでなく、出来高払制部分の残業代も含まれます。同じように出来高払制で残業代を精算すると言っても、精算すべき残業代に出来高払制に関する残業代が入っているため、上記④の表現につながるのです。
 次に、「出来高払制」の内容が異なります。
 これは、労基法37条の基礎賃金を具体的に示した労基法施行規則19条6号の「出来高払制」の意味に関する問題とされていますが、国際自動車事件では、この「出来高払制」に該当する(と、本判決は評価しています)と評価されています。これは、「出来高を示す揚高の一定割合を合計する方法で計算」されているから、というのが根拠です(と本判決は評価しています)。
 これに対し本事案での「能率手当」は、上記a)のように、「出来高を示す揚高の一定割合を合計する方法で計算」されていないから、という理由で、これに該当しない、と評価しています。
 労基法施行規則19条6号の「出来高払制」の意味について、これまであまり深い議論がされていないように思われますので、今後、より議論が深まっていくきっかけになる判断です。
 さらに、本事案では作業能率を給与に反映させる、という趣旨が一貫している(と裁判所が評価している)点が違います。
 すなわち、a)部分は、業務量や内容から作業能率を測定するのに対し、所定労働時間部分の残業代は、業務時間から作業能率を測定します。そして、作業能率を定量的に測定する手法が確立していない現状で、業務量や内容からのアプローチと、労働時間からのアプローチの両方を組み合わせる方法が、「合理性を欠くとまで認めるには足りない」と評価しています。

3.実務上のポイント
 わかりにくかった上記④の部分が、少し明らかになってきたようです。出来高払制の手当と残業代を精算する給与体系について、国際自動車事件によって全て否定された、と評価する考え方もありました。しかし、本事案のような配慮(特に、所定労働時間制部分の残業代と出来高払制部分の残業代を区別し、出来高払制部分の残業代は、出来高払制の手当の金額が確定した後に計算する、等の、上記a)~c)の構造)をすれば、出来高払制の手当と残業代を精算する給与体系も採用の余地が示されたと評価できます。
 とはいうものの、上記b)とc)の計算の順番が逆になれば有効、というのも、あまりに技術的でしょう。
 判別できることが必要、という上記③は、従業員が残業代をもらえるかどうか計算でき、予測できることが重要なポイントですが、計算上の数字として出来高払制部分の残業代が考慮されようがされまいが、(金額に多少の差が生じるけれども)予測可能性は確保されます。特に本事案のように、基礎賃金となるべき「出来高払制」に該当しない、と評価される場合であれば、その部分の残業代の支払いが強制されるわけではありません。さらに、仮にこれに該当するとしても、本事案の計算方法によれば、出来高払制の手当から「能率手当」を控除した金額を基礎に残業代を計算しますので、労基法37条・同施行規則19条6号の求める残業代は確保されていません。上記b)c)の順番に変えることで判別可能性(③)が確保される、と説明したとしても、その判別は、内容的にみて中途半端なものでしかないのです。
 したがって、本来であれば国際自動車事件の最高裁判決自体の合理性を検証することも、今後必要でしょう。
 なお、労基法27条の規定も問題とされました。この規定は、出来高払制の場合の賃金保障を定めるもので、この規定の適用があれば、能率手当と残業代を精算することでこの保障金額を下回ってしまいかねず、違法ではないか、という趣旨の議論のようです。これに対して裁判所は、労働者の生活保障という観点から見て、労働時間制部分の賃金(最賃法適合)によって生活保障は確保されているから、適用がない、という趣旨の判断を示しています。
 労基法27条と、労基法37条・同施行規則19条6号の、異なる「出来高払」という言葉が問題とされ、その意味が示された点も、注目されるポイントでしょう。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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