労働判例を読む#498
今日の労働判例
【国・渋谷労基署長(山本サービス)事件】(東京地判R4.9.29労判1285.59)
本事案は、介護サービスを提供する会社Kで勤務する介護士L(昭和21年生)が、会社の業務と同時に、個人の業務として、1週間、住み込みの看護をしました。これは、住込みの看護を行っていた者が1週間不在のためにその間の住込み介護をLが依頼されたため、一日のうちの数時間はYの業務として介護を行い、残りは個人の業務として住込みで待機・業務を行う、というものです。ところがLは、この住込み業務が終わった当日の平成27年5月27日の午後3時半に入浴施設に入店したところ、午後11時半頃、そのサウナ室で倒れており、そのまま死亡しました。
Lの遺族Xが労災申請したところ、労基署Yは労災非該当としたため、この決定の取消しを求めて訴訟を提起しました。裁判所は、その理由は違いますが、Yの判断(結論)を支持し、Xの請求を否定しました。
1.住込み業務
ここではまず、住込み業務が労災の対象となるかどうか、が問題になります。すなわち、労基法116条2項の「家事使用人」に該当すると、労基法が適用されないことになりますが、労基法上の使用者の責任を前提とする労災法も同様に、適用されないことになります。一種の「労働者性」の問題と言えるでしょう。
ここで特に注目されるのは、住込み業務に関する契約が、介護業務とは別の契約であって、住込み先とLの間で直接締結されている、という形式面だけでなく、契約条件をLが交渉して自由に設定できたこと、指揮命令をしていないこと、という実体面を問題にしている点です。
一般的に、労働者性は契約の形式面だけでなく、実態面から判断されますが、ここでも同様に実体面から判断している、と整理できます。
2.会社業務
Yの判断は、Lの業務は住込み業務だから、労災の適用対象外である、したがって労災は支給されない、というものでした。
けれども裁判所は、結論は同じでも、Lの業務には住込み業務と会社業務があり、このうち会社業務について労災保険法の適用があるとしつつ、会社業務部分の労働時間は長くなく、したがって会社業務によるストレスは大きくないことを理由に、業務起因性を否定しました。
ここで特に注目されるのは、会社業務部分の労働時間の認定です。
これも、本来であればその実態から、実際に会社業務にどれだけの時間がかかっていたのかを、その実態から判断すべきところでしょうが、裁判所は、会社が予め定めた「訪問介護計画書」で示された時間に基づいて判断しました。
この判断については、「訪問介護計画書」の記載という形式面から判断したのでおかしい、という評価もあり得るでしょうが、そうではないように思われます。
というのも、裁判所は、業務起因性のあることの立証責任がXにあることを予め指摘しているからです。そのうえで、訪問介護計画書に基づく業務が一定程度定型的な業務であることや、Lは介護福祉士の資格を有し、訪問介護の知識経験があることを指摘し、平均的な労働者を基準に判断する、と指摘したうえで、業務起因性を否定しています。
このような裁判所の説明を見ると、訪問介護計画書に記載のとおりの業務がされたであろうことが事実上推定され、これを覆す立証をXができなかった、という理論のようです。つまり、「実態」で業務起因性を判断するにしても、業務起因性を肯定するだけの実態を、Xが証明できなかった、したがって立証できないことの不利益を、立証責任を負うXが負担する、という理論のように思われます。実態で判断するにしても、業務起因性を認めるだけの実態がなかった、ということでしょう。
以上のように、会社業務についても、上記住込み業務の判断と同様、形式面だけでなく実態から判断される、という点は一貫している、と評価できるでしょう。
3.実務上のポイント
さらに裁判所は、Yが労災認定の際に言及しなかった上記2の論点について、この訴訟の中で追加主張することが許されるのかどうか、という点も問題にし、結論として追加主張を認めました。詳細は、訴訟に関する手続き的な問題なので、検討を省略します。
ここでは、副業・兼業との関係について、問題点を指摘しておきましょう。
労災に関しては、2020年に厚労省のルールが示されました。すなわち、複数の会社で労働者として働いている場合には、それを通算した時間を基礎に、業務上のストレスの程度を評価し、業務起因性を判断することが明確に示されました。
けれども、仮にこの新ルール後の事故だったとしても、本事案にはこのルールが適用されなかったでしょう。
というのも、新ルールは複数の仕事が、いずれも労働者として労災が適用される場合を想定しているからです。住込み業務も、例えば労災保険の特別加入制度の対象ということになれば、もしかしたら通算して労働時間を算定することになるかもしれないのですが、労働者を保護する、という労災制度の趣旨から考えると、そのために必要な制度上の手当等、いくつかハードルがありそうです。
他方、上記1について、たしかに住込み業務に伴う具体的な業務上の指示等は、住込み先から直接出されますが、会社の業務であっても取引先からの要望などを直接聞き、その場で反映させるようなこともあります。したがって、Kの関与がより大きい場合には、上記1についても会社業務と評価される余地があったかもしれません。
さらに、民事の責任としてKの責任が問われた場合には、本判決と異なる判断がされる可能性も否定できません。すなわち、今回問題となった住込み業務がとても負担の大きい困難な業務であり(実際、看護すべき対象者は、「認知症の影響で介護忌避が強く、従前から世話をしてもらう訪問介護ヘルパーに対しても大声で悪口等を述べることがあった」などと認定されています)、そのことがKの健康を害しかねないことを知っていながら、これを隠していた、等のような事情があれば、Kの責任が認められる場合もあるでしょう。
このように、従業員が個人で契約した仕事は、会社業務と無関係であり、労災の認定の際、その仕事の業務が追加考慮されることはない、と決めつけず、実態も見極めて慎重に検討するべきでしょう。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!