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労働判例を読む#594

今日の労働判例
【学校法人玉手山学園(関西福祉科学大学)事件】(京都地判R5.5.19労判1308.78)

 この事案は、大学Yで1年生・2年生向けの語学の授業(年間5~6コマ)担当していた有期契約の講師Xが、4回、契約更新されたのち、更新拒絶された事案です。Xは、労働契約が継続していることや、無期転換阻止のための不当な更新拒絶であって、損害賠償請求権が発生していることを主張しました。
 裁判所は、不当な更新拒絶であるとして、労働契約の存続と未払賃金の支払いを命じましたが、損害賠償請求は否定しました。

1.更新の期待
 更新の期待について、まず、「合理的期待の程度が高いとは認められない」と評価しました。
 これは、①就業規則に更新しない場合とその理由となるべき事情が具体的に記載されていること、②毎年、更新するかどうかを判定していること、③Xの担当科目は語学だけであって、教員業務の一部に過ぎないこと、④更新を期待させるY側の言動がないこと、⑤更新は4回しかされていないこと、が理由です。
 けれども、結果的に更新の期待について、「一定程度の合理性は認められる」と評価しました。
 これは、③‘履修者が多い必修科目であること、⑥経営難となっても減らされにくい科目であること、⑦Xは安定的に5~6コマ担当してきたこと、⑤‘4回は更新されたこと、が理由です。
 注目されるポイントは2点です。
 1つ目は、更新の期待が有るか無いか、という二者択一の問題ではなく、どの程度あるのか、という程度問題とされている点です。このことから、次の更新拒絶の合理性についても、必要とされる程度が相対的に低くなっているようですが、このように、更新の期待と、更新拒絶の合理性を独立したものとせず、それぞれの程度に応じた相対的な判断をする判断構造は、最近の多くの裁判例で採用されています。
 2つ目は、労契法19条1号2号との関係です。本判決は、1号と2号のいずれかを明示せず、複数の事情を総合的に考慮しています。①規定、②形骸化、③業務の重要性、④期待化、⑤回数、⑥将来性、⑦実績、と整理できるでしょうか。1号の「無期契約との同質性」、2号の「合理的期待」の違い自体、明確ではなく、1つ目のポイントのように総合的に判断する、という構造にあることから、1号と2号の違いをわざわざ明確にする必要性が小さいのでしょうか。当初は1号、2号、それぞれの該当性を検討していた裁判例が多かったのですが、本判決のように、区別せずに総合判断をしている裁判例が増えてきています。

2.更新拒絶の合理性
 まず、更新拒絶の合理性を否定した理由を整理しましょう。
 これは、❶授業のアンケート評価につき、学生のアンケートの合理性が担保されていない、他の教員から「大きく」下回っているわけでない、前年より「大きく」悪化しているわけでない、と指摘し、❷受講生の成績評価につき、厳しすぎる共通教材であり、教員が下駄をはかせる余地が限られ、その中で合格者を増やす工夫をしていたこと、不合格率もそれほど大きくないこと、を指摘し、いずれも理由がない、というものです。
 上記1の更新の期待が低い分、更新拒絶の合理性もハードルが下がっているはずですが、それでも、更新拒絶の合理性を否定しています。ここでは、❶❷いずれも、Xの能力不足に関する問題です。ハードルが下がっていなくても、単に、相対的に能力が低い、というだけでは足りず、相当程度の能力不足が必要ということがわかります。
 このように、上記1の更新の期待と、更新拒絶の合理性を、総合的に判断する構造の場合に、どのような点が考慮されるのか、参考になる裁判例です。

3.実務上のポイント
 他方、無期転換を阻止するための更新拒絶であった、したがって不法行為だ、という点については、Xの主張を否定しました。この点から指摘できるポイントは2つです。
 1つ目は、無期転換を阻止する目的が否定された点です。この理由は大きく2つで、①無期転換阻止目的が明言されたわけではなく、②むしろ、同じ語学担当教員から交代を求められた、という点から、教員としての適性に基づいて判断した、という理由です。
 このことから、更新拒絶に関する合理性のレベルよりも、無期転換阻止の違法性のレベルの方が、会社から見た場合、ハードルが低いことになる、という整理も可能でしょうが、少なくとも、違法性の程度は、問題となる法律問題ごとに異なり得ることが確認された、と言えるでしょう。
 2つ目は、Xが違う理由で損害賠償を求めていたらどうなったであろうか、という点です。例えば、更新拒絶されたこと自体が、Xの名誉を棄損した、等という主張であれば、Xにとってハードルが下がったかもしれません。名誉感情が害された、ということだけが問題になるので、賠償金額が低くなるかもしれませんが、逆に、無期転換阻止の目的が不要となり、ハードルも低くなるかもしれません。そして、この点からも、違法性の程度は、論点によって異なってくる、ということが理解できるのです。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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