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労働判例を読む#453

【阪神高速トール大阪事件】(大阪地判R3.3.29労判1273.32)

※ 司法試験考査委員(労働法)

 この事案は、高速道路の料金所を運営する会社Yの従業員Xが、実際の労働時間分の手当が支払われていない、自身に対する懲戒処分(Xがハラスメントしたことが理由とされている)が無効である、と争った事案です。裁判所はXの請求を否定しました。

1.仮眠時間(待機時間)
 この点でまず注目されるのは、待機時間が労働時間になるかどうかに関する判断枠組みです。キーワードとしては、①指揮命令下、②労働からの解放、③役務提供の義務付け(助詞は変換しています)が挙げられており、多くの裁判例で一般的に用いられるものと同様です。
 さらに注目されるのは、この②③について、より踏み込んだ考え方が示されている点です。
 すなわち、本事案でXは、「仮眠室における待機」「警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすること」の、2つが義務付けられているのですが、このような義務づけがある場合の考え方が示されました。すなわちこの場合、「その必要が皆無に等しいなど実質的に(…)義務付けがされていないと認められることができるような事情がない」と、②労働からの解放なし、③役務提供の義務付けあり、(したがって、労働時間に該当する)と評価されるのです。
 そのうえで、一般的に用いられることの多い判断枠組みが示され、それぞれについて詳細な検討が行われています。すなわち、❶ルール上の義務付けの有無(③)、❷休憩時間の特定、❸場所的拘束の有無・程度、❹実際の作業の程度・頻度、❺その他について、詳細な検討が行われました。
 このうち❶については、料金所施設への接触事故が発生して、警察官や交通管理課の出動が要請されるような場合はともかく、単なるETCバーへの接触や急病人対応の場合には、そもそも③の義務付けがない、と評価されました。具体的なルールの内容を、詳細に分析し、検討しているのです。
 さらに、❹に関し、約半年と思われる請求期間、警察官などの出動要請はなく、休憩時間中の作業も2回しかなかったこと、などが指摘されました。
 また、❺については、「坑内労働」と同様、労基法38条2項のルールが適用される(入坑から出抗までが勤務時間)とのXの主張を否定しています。
 ①~③を具体化する判断枠組みとして❶~❺が挙げられましたが、特に③の義務付けを重視し、❶の要素を重視している点が、多くの裁判例と比較する場合の特徴です。待機時間中に実際にどれだけ業務が発生したか、という実際の運用について、❹だけで判断していた裁判例が多いように思われますが、これを❶❹に分けて整理し、本事案の実態(業務に関するルールの内容自体、多くの議論があった)により合致した判断枠組みが工夫された、と評価できるでしょう。

2.ハラスメント
 Xのもう一つの主張は、懲戒処分(戒告)が違法である、というものです。
 たしかに、定年を迎えたXは、懲戒処分を受けていないことが条件となっていたために、懲戒処分(配置転換)を受けてしまったことが理由となり、定年後に再雇用されることがなく、さらに労働組合の執行委員長の立場を失いました。実質的に見ると、Xは、単なる懲戒処分を超えた影響を受けている、と言えるでしょう。
 そこで、①Xの行為が懲戒事由に該当するかどうか、②処分が相当かどうか、が問題になります。
 ここで問題となったXの行為が、女性従業員に対し、男女共用トイレを使用した後は便座を上げるように、少なくとも3回発言し、そのことで当該女性従業員が精神的に参ってしまい、何度も病院に通うようになったことにあります。当該女性従業員の様子から、便座に関する3回の発言だけでは済まない嫌がらせがあったのかもしれませんが、裁判所は、これだけで①②をいずれも認め、懲戒処分を有効としました。
 ①に関して特に注目されるのは、ここでの判断は、ハラスメント一般にあてはまる議論ではない、という点です。
 すなわち、Yの就業規則に関するマニュアルには、❶「他人に不快な思いを与える性的な言動」、❷「『女性だから・・・』という性別により役割分担すべきとする意識に基づく言動」がセクハラであると定義されており、Xの言動は❷に該当する、と評価されました。しかし、男女共用のトイレで、小便器と大便器がそれぞれ1つずつしかなく、男性従業員の利用が多かったようですが、男性従業員のために便座を上げておくことの要求が、女性による役割分担、と言えるかどうか疑問です。Xの発言は、男性が大便器を座って使用した場合にも同様に便座を上げておくべき、ということになるでしょうが、そうであれば、便座を上げるという役割分担は、女性だけの役割分担とならないはずです。
 また、一般的に見ても、たしかに性別の違いを社会的役割として固定化させるような言動が好ましくないことはその通りですが、性別の違いを全ての場面で完全に無視することもできませんし、どの程度の言動が好ましくないのか、社会共通の認識が十分形成されたとは言えない場面も残されている状況で、このような規定がわざわざ設けられていない場合にまで、常に同じ判断がされると考えることは難しいでしょう。
 ②については、賞罰委員会自体にXが出席していなかったものの、当該女性従業員から申告されたハラスメントの内容が事前に伝えられ、X自身の意見(3~4回しか発言していない、申告された回数よりも少ないはず、等)を、委員らそれぞれに述べるなど、実質的に告知と聴聞の機会が与えられていた、と認定されている点が、注目されます。
 さらに、上記のとおりXは単なる懲戒処分を超えた影響を受けていますが、既に1回目の発言の際に注意されたのに改めずに同様の発言を繰り返した点、「謝るような問題なんすかねー」等と発言し、問題性を十分認識していない点、処分自体は懲戒処分の中で最も軽い戒告である点から、処分の重さとしても相当である、と評価されました。
 セクハラに対する会社の対応が厳しくなってきている状況で、会社の厳しい対応の合理性が認められた事案として、参考にされるべき判断です。

3.実務上のポイント
 本事案は、Yが、Xと女性従業員の板挟みになった事案と見ることができます。あるいは、いわゆる「古い考え方」の従業員と、それを我慢できない従業員の板挟みになった事案と見ることもできます。
 裁判所の判断は、Xにとって少し厳しいようにも見えますが、従業員の多様性を尊重し、活用しなければならない最近の状況下で、会社が一貫して多様性尊重の方針の下でブレずにXに対応している様子がうかがわれます。セクハラやパワハラはいわゆる同調圧力にも通じるところがあり、多様性を受け入れられない、包容力の無い管理職者が犯してしまうことが多いようですから、管理職者の意識改革や教育、社風の改善なども含め、会社を上げてじっくりと取り組まなければなりません。
 その過程で、本事案のようなトラブルも発生し得るのですから、本事案は、このような人事政策上の対策を考える際にも参考になります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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