労働判例を読む#178
「コーダ・ジャパン事件」東京高裁H31.3.14判決(労判1218.49)
(2020.8.14初掲載)
この事案は、トラック運転手兼配車係のXが、解雇された会社Yに対し、解雇が無効であるとして、労働者の地位の確認や給与などの支払いを求めた事案です。
裁判所は、Xの請求をかなり広く認めました。
1.解雇
解雇理由は、①Xが懇親会で同僚を殴ったこと、②「死ね」など乱暴な言葉を使っていたこと、③運んだ荷物の量をごまかしたこと、④会社のガソリンカードを私用で使ったこと、です。
これに対して、裁判所は、①日曜日のバイキングの場で起こったトラブルで、懇親会終了時にはXが被害者に1万円を渡して両者間で話がついていること、②乱暴な言葉を職場が特に問題にしていなかったこと、③荷物の量も、状況に応じて柔軟に対応し、厳密に管理していない場合があったこと、④会社のガソリンカードを私用で使うことは、特によく働いている場合には大目に見るなどの雰囲気があったこと、などから、解雇の合理性を否定しました。
判決を読んでいる限り、良く言えばYは活気のある職場で、賑やかに仕事をしていたようですが、その反面、管理が雑で、この中の②~④は、会社自身が普段から問題にしていないのに、解雇の段階で突然問題にするのはおかしい、と言えそうな理由です。②~④について、普段から注意しているのに一向に直されなかった、というような事情でもなければ解雇の合理性は認められないでしょうから、裁判所の判断はこの点で合理的です。
2.給与
Yは、Xの入社当時から、歩合給で給与を支給してきたとし、1審もこの主張を容れて、給与に関するXの主張の多くを否定しています。
けれども、本判決(2審)は、就業規則(月給制)と異なる歩合給のルールについて、XY間に合意が成立していない、と判断しました。
それは、本判決が、最近広く引用される「山梨県民信用組合事件」(最二小判H28.2.19労判1136.6)の示した判断枠組みを採用していることが大きな理由です。
すなわち、XY間に合意が成立したと言えるためには、「自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」ことが必要であるところ、Xが歩合給制を受け入れるにあたって、このような「自由な意思」「合理的な理由」「客観的に存在」が満たされない、と判断したのです。
けれども、この判断枠組み(「自由な意思」「合理的な理由」「客観的に存在」)が適用される範囲については、未だ明確になっているとは言えません。この判断枠組みは、普通の契約の場合に比べると非常にハードルが高く、適用される範囲を広くしすぎると、広く契約取引の安全を害してしまう(従業員側から容易に契約の効力を否定できてしまう)ことになるので、従業員の保護と取引の安全のバランスが重要な問題になるのです。
具体的には、たとえば銀行の窓口から100万円の名字の異なる親戚に送金する場合を考えましょう。
この判断枠組み(「自由な意思」「合理的な理由」「客観的に存在」)が適用されないとすると、送金依頼書に押されたハンコが、その人の預金口座の登録印と同じであることさえ確認すれば、銀行は100万円送金しても責任を負いません。これは、本人のハンコがあれば、その書類を本人が作成したことが推定される(1段目の推定)だけでなく、書類の中身(ここでは100万円の送金依頼)も本人の医師であることが推定される(2段目の推定)からです。
ところが、この判断枠組み(「自由な意思」「合理的な理由」「客観的に存在」)が適用されると、その人が誰にも脅迫されたり騙されたりせずに(自由な意思)送金依頼していることの、合理的な理由、すなわち、100万円を手放すというデメリットを上回るメリットがちゃんと存在して、それが合理的かどうか、しかもその送金先が、名字の異なる(一見すると)他人であっても合理性があるのか、という事実が、実際に架空の投資話でもなければ、振り込め詐欺のような作り話でもなく、現実の話として客観的に存在することを、銀行は確認しなければなりません。
それはそれで丁寧かもしれませんが、一々これをやっていたら、膨大な送金業務が滞ってしまい、決済機能がマヒしてしまいます。お金の流れは経済の血流ですから、送金業務が滞ってしまった場合に経済に与える打撃はきわめて甚大です。
このように、この判断枠組み(「自由な意思」「合理的な理由」「客観的に存在」)の適用範囲は、取引への影響も考えて決められるべきものですが、たとえば、労基法などの強行法に反する場合に適用される、という考え方があります。これは、労基法などの強行法は、たとえ本人が良いと言っても後で法のルールとしてひっくり返されてしまいます。法の定める時間を超えた労働を強いる契約の場合に、たとえ本人が良いと言っても契約が無効になり、場合によっては使用者に刑事罰が科されるのは、弱い立場にある労働者が「良い」と言ってしまうことが多いから、という立法事実(歴史的な経験)があるからです。
このように考えると、法律が本人の意向に反してでも労働者を保護しようとしているのに、それでもさらに労働者本人の意向をよしとするからには、普通の場合よりも、労働者本人の「真意」であることを慎重に見極めなければならない、という理屈は、筋が通っているように思われます。
この観点から見ると、就業規則には「最低基準効」があります(労契法12条)。就業規則の基準を下回る条件は無効、というルールです。この場合、たとえ従業員が就業規則を下回る合意をしても、無効とされるのです。
本判決では、歩合給制が月給制よりも有利か不利かについて、正面から判断がされないまま、この判断枠組み(「自由な意思」「合理的な理由」「客観的に存在」)が適用されています。
そして、たしかに歩合給制度では、成果次第では月給の場合よりも多額の給料をもらえるでしょうから、その点を見れば有利な面があります。この点を強調すれば、この判断枠組み(「自由な意思」「合理的な理由」「客観的に存在」)が適用されるのは、適用範囲を広げすぎているようにも見えます。
けれども、「リスク」という観点から見た場合、結果的に出される金額の多寡で有利不利が決まるのではありません。「リスク」は、たとえば投資の領域では、ボラタリティーの大きさによって決まる、と言われます。これは、「振れ幅」という意味で、同じ100万円投資しても、40万~160万円の幅がある投資の方が、100万~110万円の幅のある投資よりもリスクが大きい、ということになります。
このように見ると、一般的に月給制の方が歩合給制よりも、毎月の給与額の幅は小さいでしょうから、リスクが小さい、ということになります。すなわち、月給制を歩合給制に変更することは、振れ幅が大きくてリスクが大きい制度に変更することですので、従業員にとって不利、と評価できます。
このように見れば、就業規則の「最低基準効」により、「月給制」という安定した制度から「歩合給制」という不安定な制度に変更することは、本来であれば無効となります。それでも、Xの合意を有効とするためには、この判断枠組み(「自由な意思」「合理的な理由」「客観的に存在」)が適用される、ということになります。この点で、本判決の判断は合理的と言えるでしょう。
3.実務上のポイント
山梨県民信用組合事件の示した判断枠組み(「自由な意思」「合理的な理由」「客観的に存在」)の適用範囲は、厳密にはまだ確定していません。ここで示した考え方、すなわち、強行法に反する場合に適用される、という考え方も1つの仮説です。
今後の動向に注意してください。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
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