労働判例を読む#302
【相鉄ホールディングス事件】(東高判R2.2.20労判1241.87)
(2021.9.30初掲載)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
本事案は、相武鉄道の持ち株会社(親会社)Yから相武バス(子会社)に出向していたバス運転手Xらに対する、親会社への復職命令が違法であることを前提に、XらがYに対して、復職後に与えられた業務(トイレ掃除など)に従事する義務がないことや、損害賠償を求めた事案です。
2審は、1審と同様にバス運転手らの請求を否定しました。
ここでは、特に2審で新たに議論が深まった点について検討します。
1.復職命令への同意の必要性
注目されるポイントの1つ目は、YがXらの同意なく復職命令を自由に命じらるかどうか、という点です。すなわち、「古河電気工業・原子燃料工業事件」の最高裁判決(最二小S60.4.5労判450.48)の示したルール、すなわちいわゆる在籍出向者に復職命令を出すのにその同意が必要となるのは、「出向元へ復帰させないことを予定して出向が命じられ、労働者がこれに同意した結果、将来労働者が再び出向元の指揮監督の下に労務を提供することはない旨の合意が成立したものとみられるなどの特段の事由」が必要、というルールが適用されるかどうか、が問題とされました。
本事案では特に、XらとYの間の長いやり取りの中で、Y側から出された資料や言動の中にXらに期待を持たせるものがあったため、それらを拾い合わせると、Yが復職命令を出すためにはXらの同意が必要であるようにも見えるのです。
けれども2審は、Xらの指摘する論点ごとにその前後の状況や文脈を丁寧に検討し、Xらの同意が必要という合意は成立していない、と認定しました。
従業員に対して労使交渉の過程で、どのような言動がどのように評価されるのか、交渉の経過や文脈まで含めどのように記録し、どのように証明すべきなのか、等について参考になるポイントです。すなわち2審は、交渉の過程でY側の担当者が、「将来にわたり、(組合と本人の同意がなければ、)一方的に転籍を求めることはない旨の説明をしていた」とできない約束はしない、と発言していたことを認定しています。Xらに、同意なしの復職命令はない、と期待させる言動があったのです。
けれども2審は、Y側担当者が、できない約束をしないという方針で一貫していたと認定し、その他のXらの期待も確実なものでなかった事情を認定し、Xらの主張を否定しました。
難しい交渉が続く場面では従業員に期待させる表現をする場合も多いでしょうが、その場合でも、合意内容を明確にして、何を約束し、何を約束していないのかを明確にしておくこと、本判決が交渉過程を詳細に検証したように、実際の交渉過程を後から検証できるように適切に記録化しておくこと、が重要です。
2.不当労働行為
Xらは、Yが労働組合の弱体化を図っていた、と主張しました。
裁判所は、復職命令が無効ではなく合理性があること(上記1に加え、1審が認定したもの)を前提に、復職命令後に退職した組合員が197名のうち1名だけだった点を指摘し、労働組合の弱体化を図ったものではない、と認定しました。
組合の弱体化の証明は、Xにとってか、ハードルが高いように思われますが、2審裁判所が実際の組合数の増減の統計的なデータを重視している点が注目されます。
3.事前協議ルールの違反
Xらは、労使協定で約束した事前協議ルールをYが守らなかった、すなわち、事前協議が必要なのに事前協議もなく復職命令を出した、と主張しました。具体的には、「会社は労働条件に影響を及ぼす次の事情について、事前に組合と協議する。(後略)」というルールです。
けれども裁判所は、Yによる提案自体は突然であっても、復職命令発効予定の1年半も前に提案して合計22回の団体交渉を行った点を、交渉の経緯まで含めて検証したうえで認定しました。そしてこれを根拠に、事前協議ルールに違反していない、と評価しました。
提案自体が突然、という言葉の意味がよく分かりません(予想外の提案を禁止する趣旨とは思われないし、協議のスタートが突然かどうかよりも、協議をしたかどうかが問題なはず)が、いわゆる「誠実交渉義務」違反かどうかと同様の検討が行われている点が注目されます。
4.復職命令の必要性・合理性
裁判所は、復職命令の必要性・合理性も検討しています。
特に、相鉄本社から相鉄バスに出向した運転手と、相鉄バスプロパーの運転手の賃金格差が極めて大きく(前者が約840万円、後者が約480万円)、労務管理上好ましくない状態にあり、これを解消する合理性が認められる、と裁判所が評価した点が注目されます。
経営再建のための施策には、本事案のようなグループ再編や人事異動(これに伴う復職命令)の他にも、整理解雇や事業譲渡(これに伴う転籍)、人事制度の変更(これに伴う減給)など、様々な方法があり、従業員に影響を与える場合には、会社による人事権の行使の必要性・合理性が問題になります。
近時の裁判所の傾向としては、経営の合理性について裁判所も聞く耳を持っているが、聞いてもらうためには会社も相当慎重に検討し、その検討過程を裁判所に説明しないといけない、と言えそうです。そして本判決も、復職命令の必要性・合理性については、1審と2審続けて詳細に検討しており、この傾向に沿ったものと評価できるでしょう。
このように、会社の経営判断を一方で尊重しつつ、その判断を会社側の主張のまま鵜呑みにするのではなく、裁判所が慎重に検証するという状況を理解しましょう。
5.実務上のポイント
労働組合との交渉と、個人の雇用条件に関するトラブルが絡み合った事件であり、2審でも新たな論点が主張され、詳細に議論されています。
労働審判制度や労働契約法により、個別契約の内容が重視されてきましたが、同時に、個別労働事件でもプロセスが重視されるようになってきているため、労働条件に関するプロセスとして労働組合との交渉や労働組合に対する説明などが重視される事案も増えるでしょう。実際、近時の「労働判例」では、労働組合が関係する事案が相変わらず一定数紹介されているからです。
本判決は、このように労働組合との交渉と個人の雇用条件に関するトラブルが絡み合った事案について、様々な論点について裁判所が重視するポイントを明確に示しています。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!