労働判例を読む#619
今日の労働判例
【日本コーキ事件】(東京地判R 3.10.20労判1313.87、棄却、控訴)
この事案は、オーダーメイドの食用油濾過機を製造する会社Yが、即戦力となる溶接工(経験者)の募集に応じて採用されたXが、試用期間中に解雇された事案で、Xは解雇を無効と主張しましたが、裁判所はXの主張を否定しました。
1.中途採用と判断枠組み
試用期間の法的な意味については、既にルールとして確立しているものを本判決も採用しています。すなわち、解約権が留保された労働契約と位置付け、解約の合理性があるかどうかを総合的に判断する、というものです。通常の解雇の場合と同じ合理性が基準となります(労契法16条)が、通常の解雇の場合よりも広く合理性が認められる、と示しました。
裁判所の判断枠組みは、以下のように整理できるでしょう。
① Y側の事情
溶接工の即戦力を募集することに合理性がある、と評価しました。
② X側の事情
Xは、履歴書や添え状で、求められる溶接技術の経験豊富であることをアピールしていたこと、実地試験の出来が良くなかったものの、すぐに勘を取り戻せるなどと述べたこと、試用期間中に実際に作業をさせてみると、当初、上蓋ストッパー354個中339個が不良であるなど、業務品質が劣悪だっただけでなく、指導と実際の作業を繰り返しても、油漏れを起こすなど、能力向上がなかったこと、等を詳細に認定しました。
③ プロセス
Xの能力の見極めや能力向上機会の付与の観点から見ると、採用段階の職務経験や能力に関する自己申告の機会、実地試験と弁明の機会、入社直後の実際の作業の機会、その改善のための目標設定と再試験の機会、等が与えられていました。
すなわち、このような「天秤の図」をイメージさせるような判断枠組み(①②が左右の天秤の皿、③が支店)で議論を整理したうえで、総合的に評価し、合理性を肯定したのです。
事案に応じて判断枠組みは柔軟にアレンジされ、設定されますが(例えば「整理解雇の4要素」)、本事案では、判断枠組みを明確な言葉で表現していないものの、①~③のような、労働判決で基本となるべき判断枠組みが、その基本的な形のまま活用された、と評価できるでしょう。
2.実務上のポイント
判決の中で特に注目される点は、新卒採用の場合との違いに言及している部分です。
すなわち、指導が足りないとするXの主張に対し、即戦力となる経験者募集であることが最初から示されていて、Xもそれに応じてきたのだから、新卒者と同じような指導は不要、という趣旨の判断をしています。
新卒者の場合に、より配慮することが求められることを示す裁判例もあり(例えば、「宇城市(職員・分限免職)事件」福岡高判R 5.11.30労判1310.29、25読本■)、解雇の合理性の判断の際に、会社側に求められる対応やプロセスに違いが生じてきます。採用の際の参考になるポイントです。
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