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労働判例を読む#470

【長門市・市消防長事件】(最三小判R4.9.13労判1277.5)

※ 司法試験考査委員(労働法)

 この事案は、パワハラが激しい消防署の管理職者Xを、長門市Yが懲戒免職したところ、Xが懲戒免職を無効、などと主張して争った事案です。
 1審2審は、懲戒免職を無効としましたが、最高裁は、懲戒免職を有効としました。しかも、2審に差し戻すのではなく、最高裁自身が最終判断を行ったため、事件はこの判決をもって確定しました。

1.パワハラの程度
 裁判所が認定したパワハラの一覧を見ると、Xは、裁判所が事実と認定したパワハラだけで、80件/5年、と相当な数に上ります。さらにその態様も、殴るなどの暴行を伴うものが数多くあるなど、かなり悪質です。
 1審2審は、それでも、消防隊の業務の特性などを理由に、懲戒免職は重すぎると評価したのですが、いくら命がけの業務だからと言って、さすがに「暴行」が許容されるとは言えないでしょう。
 近時のハラスメント事案でも、言葉や態度だけでなく、身体的な接触を伴う場合には、それだけで違法性が認定されるような判断がいくつか示されています。このことを考慮すれば、消防隊の業務の特殊性を考慮したとしても、到底、社会的に容認されるレベルを超えていると評価されるべきでしょうから、最高裁の判断は合理的と思われます。

2.改善の機会
 さらに注目されるのは、改善の機会を与える必要性です。
 1審2審は、Xに改善の機会が与えられなかった点も、懲戒免職無効の根拠の一つとして重く見ているようですが、最高裁は、頻度や程度からXの「矯正」が期待できないこと、他方、隊員が怯えている状況で、消防隊の中で矯正することは、消防隊の適正な運営を阻害すること、等を理由に、改善の機会を与えなかったとしても、懲戒免職の有効性に影響はない、という趣旨の判断をしました。
 これは、契約解除の一般的なルールと似ています。
 すなわち、契約に基づく債務不履行が生じた場合、原則として履行を催促し、履行の機会を与えなければ解除できませんが、履行することがそもそも不可能な場合(履行不能)には、催促しなくても解除できます。催促することが無意味だからです。
 ここでは、粗暴な言動が消防隊の管理職者として不適切であり(債務不履行)、しかもその言動や性格を改善することが不可能(履行不能)であって、改善の機会を与えなくても止むを得ない、と評価されたのです。
 もっとも、同じ履行不能であっても、例えば物を引き渡す契約で、引渡す物自体が消失してしまった場合のように、履行不能かどうかが明確ではありません。とても仕事を任せられない程度にひどく、しかもそれを改善できない、というような評価は非常に曖昧な面があり、簡単に労働者の改善可能性を否定することは難しいでしょう。
 したがって、改善の機会を与えなくても合理性が認められるような事案は、本事案のように極めて悪質な暴行が長期間継続していたような、履行不能であることの評価が明白な場合であって、今後、どのような場合に改善の機会を与えなくてよいのか、議論が深められるべきポイントです。

3.実務上のポイント
 Yの側から見た場合、公務員の免職は、民間の労働者の解雇の場合よりも、ハードルが低いとされています。民間の労働者の場合、労契法16条により、解雇の合理性が必要ですが、公務員の場合、役所の側に「濫用」がない限り、免職は有効とされるからです。
 この観点から見た場合、上記1と2のポイント、すなわち身体的接触を伴う悪質なハラスメントの場合には、免職も含む重い処分が合理的とされ(1)、あまりにもひどくて改善の可能性が無い場合には、改善の機会を与えなくても有効とされる可能性がある(2)点は、民間の労働者に適用されない、と評価される可能性もあります。
 しかし、消防隊の特徴(命がけの職場であり、隊の規律維持が隊員の安全のために重要)という点が、懲戒免職の効力を否定する方向に働きます(実際、1審2審は懲戒免職を無効としました)。消防隊の特徴から、特にパワハラについて、比較的寛容に評価されるべき状況にあり、Yの側から見るとハードルが非常に高くなっている状況でありながら、それでも上記1と2のポイントも含め、懲戒免職を有効と評価されたのです。
 そうすると、公務員だからハードルが下がっている分を補って余りあるほどハードルが上がっている、それにもかかわらず懲戒免職を有効とした最高裁の判断は、民間の労働者の場合にも参考にされるべきである、という評価も可能でしょう。
 民間の労働者の場合にも同様の判断がされるのか、今後の動向が注目されます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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