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労働判例を読む#613

今日の労働判例
【国立大学法人東京大学(医局内定取り消し)事件】(東京地判R 3.11.9労判1312.70)

 この事案は、東京大学附属病院Yの医局から就職内定をもらった医師Xが、内定を取り消されたところ、それを無効として、XY間に雇用契約があることの確認を求めた事案です。
 裁判所は、Xの請求を否定しました。

1.誰が使用者か
 裁判所は、医局が使用者であって、Yではない、としました。医局は、私的な団体であり、Yの部門ではない、というのがその理由です。
 Yと記載された人事表を渡されたり、医局の事務局がYの教室内に置かれていたり、(医局への)内定通知書には医局長だけでなくYの医学部A科の教授も連名となっていたり、しており、XとしてはYが使用者と信じてしまったのかもしれません。
 けれども、医局は病院への就職のあっせんなどを行っていたにすぎず、Yの医学部A科の教授の連名は、Yの研修プログラム参加に関する書面を兼ねていたからである、等として、Xの主張を否定したのです。
 例えば、通信教育を行っている会社の広報部部長(広報部長ではない)が、図書券を大量に購入したが、会社が代金を支払わなかった事案で、会社の責任が問題となった事案があります(東地判H15.4.25判例秘書登載)。この事案では、「広報部部長」という肩書が会社から与えられていた、会社の従業員であり、ここでの医局の場合よりも、より会社と密接な関係にあります。
 けれども、この図書券の事案で、裁判所は、ここでの医局の事案と同様、契約の成立(会社が当事者となる売買契約の成立)を否定しました。
 このようにみると、権限がない者との間の契約であって、多少名前が紛らわしく、使用者との関係がある程度密接であっても、使用者との間に簡単には契約が成立しない、という傾向が見てとれるかもしれません。
 もっとも、図書券の事案では、不法行為の成立を認め、それに伴い使用者の使用者責任が認められ、買主側の不注意に基づく2割の過失相殺をした残額について、損害賠償責任が認められました。
 医局の事案では、不法行為に基づく損害賠償が議論されていませんが、もしこれが議論されていればどうなったでしょうか。

2.実務上のポイント
 判決では詳細が明らかでありませんが、医局が内定を取り消したのには、何か事情があるようです。Yで勤務するに堪えない事情があった、ということであれば、本来であれば、内定取り消しの合理性の有無が正面から議論されるところかもしれません。
 それを避けるために、「医局」という別動隊を関与させて、容易に内定取り消しできるようにしていたのでしょうか。
 結果的に、本判決ではYのこのような対応が有効とされましたが、「表見代理」などの法律構成によって直接の雇用契約の成立が認められたり、図書券の裁判例のように、損害賠償責任を負わされたりする可能性は否定できないでしょう。
 控訴されているようですので、高裁の判断が注目されますが、第三者を介在させる採用の際に、本件のようなトラブルが生じないためにどのような点を注意すべきか、参考にすべき事案です。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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