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文学のなかの美術、美術のなかの文学⑧ー小林秀雄「感想」の第49回目ー
科学者の思考と、芸術家の思考とは、あまり変わらないのではないか、と私には思われる。
科学も芸術も等価であり、どちらがどちらより本質的であるというわけでもないことを、科学「主義」者はよくわかっていないようにも思われる。
ほんとうに創造的な芸術家や科学者が頼るのは、結局直覚しかないのかもしれない。
「パラダイムの転換」とは、「世界観の変革としての革命」であり、単なる内部の理論的深化や発展ではなく、「それまでアタリマエとされていたものの見方や考え方、価値観が劇的に変化すること」を表すのだろう。
それは、思考の内容の問題ではなく、思考の様式の問題であるように、私には思われる。
トーマス・クーンは、『科学革命の構造』のなかで、科学史の科学哲学を分析するために、特定の分野や時代において規範となる「物の見方や捉え方」を指し、一般には「模範」「範」を意味する「パラダイム」ということばを導入したようである。
私たちは「パラダイムの転換」ということばをよく使うのだが、実は扱いあぐねているようでもある。
私は「パラダイムの転換」といえば、私自身が思い出す具体的な作品を見てゆくことにより、「パラダイムの転換」について私自身考えてみるきっかけにしたいと思う。
絵画における磔の表現は、「通常」は、手を釘で打ち付けられ、血を流し、イバラの冠をかぶっていることが多いのだが、サルバドール・ダリの『十字架の聖ヨハネのキリスト』ではそれらの要素がなくなっている。
また通常、キリストの磔の構図は下から見上げるものだが、この絵は上から見下ろす構図となっている。この見下ろし型の構図は、16世紀のスペインのカトリック神秘主義者の十字架のヨハネが描いたドローイングにインスピレーションを得て制作したようである。
上から見下ろす形で描かれた構図は、キリストの腕の形と身体で形作られる逆三角形と頭部の円形で構成されており、三角形と円の組み合わせは三位一体を表現しており、頭部の円はプラトニックな思考を暗示し、「すべての事象は3で存在するのではなく、円を含めて4である」という意味で、統一性を表しているという。
『十字架聖ヨハネのキリスト』は、1951年にダリによって制作された油彩作品であり、船や漁師がいる湖の上空を十字架に磔にされ浮遊しているイエス・キリストを表現したものであるのだが、ダリは、この絵のインスピレーションについて、
「まず、1950年に私は『宇宙の夢』を見ました。
その中で私はこのイメージをカラーで見ました。
それは私の夢の中で『原子核』を表していました。
この原子核は後に形而上学的な意味を帯びるようになりました。
私はそれを『宇宙の統一そのもの』、キリストだと考えたのです!」
と言っており、その後この構図は一気に決まったようである。
ギリシャ以来の原子論では、宇宙や物質は、いくつかの要素から成ると考えられており、それは、19世紀末まで変わらない前提だったようである。
物理学は、そのような前提から究極の要素を求めて、様々な実験や思考を繰り返し、その結果、次々に、ミクロの世界の神秘が解明されてきたのかもしれない。
量子論と呼ばれる20世紀の新しい物理学は、ギリシャ以来の原子論を単純に容認し、進化させてきたのではなく、ギリシャ以来の原子論的な思考そのものに変換を迫ったように見える。
小林秀雄が『感想』のなかで49回目から、物理学の問題を前面に出したり、量子論にこだわる理由は、量子論が、物質の究極の要素を探求する過程で従来の認識論の基礎原理の革命を行ったからではないだろうか。
このことについて、小林秀雄は、『感想』の49回目(→以下『感想(49)』と表記)のなかで、
「物質がアトムから成っているとい思想の歴史は、デモクリトスあるいはルクレティウスとともに古いのだが、電子論の勝利が新しいという意味は、勿論、測定技術の進歩による、その実証性にあった。アトミズムはもはや目に見えぬ思想ではなく、確実に捕らえた実在する物質の構造となった。
ところが、ここまで来てみると、この確実な実在から逆に問われることになった。
アトミズムという考え方自体に大きな困難があるのではないか」
と述べている。
小林がここで、述べている「電子論の勝利」とは、原子の構造を明らかにしたラザフォードのことであろう。
さらに、小林は、『感想(49)』のなかで
「物質が究極において、たった2種類のアトムに還元出来た以上、残るたった一つの問題、これらのアトムの運動を支配する厳密な法則さえ発見できるなら、アトミズムの勝利は確実なものとなるはずであった。
一歩を踏み出せばよい。
原子が太陽系の模型を示したのが夢ではないなら、天体の運動のみならず、私達周辺のあらゆる物体の運動を、あれほど見事に説明した力学の法則が、この小宇宙にも適用できないはずはない。
だが、自然は顔をそむけたのである」
と述べている。
「自然が顔をそむけた」のは、電子と原子核というふたつのアトムは、物質の究極の単位ではなかったからであり、物質の構造を、原子論的な要素から説明しようとする考え方それ自体にも無理があったからであろう。
このような原子論的な、要素論点な物質の分析を経たのちに、量子論という革命的な物理学は登場した。
そして、量子論は、物質の究極要素を探り当てるのではなくて、物質の究極要素としての素粒子は否定しないが、そこでいわれる素粒子は、「物」というよりは、ある種の状態、言ってしまえば、「場」とでも呼ぶべきものであると考えたのではないだろうか。
「物」的な物理学から、「場」的な物理学への転換が起こったのである。
このような物理学の革命は、単なる物理学内部の理論的深化や発展ではなく、トーマス・クーンが、
「世界観の変革としての革命」
と呼び、「パラダイムの変換」と呼んだところのものであったのではないだろうか。
つまり、それは、思考の内容の問題ではなく、思考の様式の問題であったのではないだろうか。
小林秀雄が、物理学の革命に関心を持ったのも、物理学という学問の厳密な体系的知や、その有効性のためではなくて、あたかも永久不変の真理のごとく思われる科学的真理ですら、「革命」とともに、相対化されざるを得ないのだという、物理学における思考様式の「革命」の部分ではなかったか、と思われるのである。
小林秀雄は、批評家としての地位を確立した連載時評である『アシルと亀の子』のなかでも、マルクスの思想を要約して、
「マルクスの分析によって克服されたものは経済学に於ける物自体概念であると言える。
与えられた商品という物は、社会関係を鮮明にする事に依って、正当に経済学上の意味を獲得した。
商品という物の実体概念を機能概念に還元する事に依って、社会の運動の上に浮遊する商品の裸形が鮮明された」
と言っている。
この「実体概念」から「機能概念」への転換は、実は、物理学の革命においても起こったことである。
つまり、「物」を中心とする古典物理学が「場」を中心とする相対性理論や量子論によって克服されてゆく物理学の革命という事実から、小林秀雄は、この転換を学んだのであろう。
吉本隆明や柄谷行人たちにより、マルクスの読み方においては、マルクス主義者たちよりもむしろ小林秀雄の方が正しい読み方をしていた、と言われているが、それは、小林秀雄が物理学における「パラダイムの転換」という事実を通じて、マルクスにおける「パラダイムの転換」を読むことが出来たからではないだろうか。
湯川秀樹は、『人間の進歩について』のなかで、
「結局直覚しかない。
いろいろ理屈は言っているようだが、結局直覚しかない」と言い、そして、
「自然科学などの場合には、別に自分が、何々主義者であるということは、考える必要は実際ない。
ここに物理学の問題があるとすると、その問題をどんな方法でもいいから解決して、新しい理論体系をつくることができればいい」
と言っている。
やはり、真にラディカルで創造的な人たちには共通点があるようである。
ここまで、読んでくださり、ありがとうございます。
今日も、頑張りすぎず、頑張りたいですね。
では、また、次回。