ピンクと水色【#贈りnote】
ジイン、元気にしてますか?
メールのやりとりすら途切れて、もう何年経つかな。きっと返事が滞ったのは私のほうだよね?ごめん。
うちの息子が、いま四年生だよ。
あなたと私が出会ったくらいの年。早いよね。
親の転勤でマンションの階下に引っ越してきたあなたは、ひとつ年上の私を「お姉ちゃん!」と慕ってくれて、家族ぐるみで仲良く過ごしたよね。
毎日、遊んだり宿題をしたり、習い事も一緒だった。姉貴風を吹かせたかった私が、文房具を買うついでにこっそり縄とびを買ってあげて親に嘘をついたのがバレて、こっぴどく叱られたっけ。その時「お姉ちゃんは悪くないの!」と庇ってくれたけど、「内緒だよ」って約束したのに帰ってすぐ「お姉ちゃんに買ってもらった!」って報告したあなたを少しだけ恨んだっけ。
まあ、あなたに隠し事は無理だったね。
「天真爛漫」って言葉はあなたのためにあるかと思うくらい、よく笑いよく泣き、くるくる変わる表情もおしゃべりもとどまることを知らず、嘘や隠し事は大の苦手。学校でシラミが流行った時も「ねえ見てー!私シラミ出ちゃったあ!ママに恥ずかしいから絶対言っちゃダメって言われたの♪」と、朝から大ニュースとばかりに飛び込んできて、ジインママの呆れ顔が目に浮かんだものだわ。
姉妹のように過ごした二年間、本当に楽しかった。お別れは辛かったけど、外交官のパパの仕事で世界中を家族で巡るあなたが、ちょっぴり羨ましくもあった。それからも日本に度々遊びに来てくれて、私があなたの住む国に遊びに行ったこともあったよね。
そういえばその時、遊園地で列に並んで、ふたりではしゃぎおしゃべりに興じていたら、前に並ぶ女の子たちが(たぶん聞こえるように)私たちの日本語を真似して笑っていて、異国の地であてられた小さな悪意に、私は固まってしまった。
そうしたらすかさずあなたが「ちょっとあんたたち!偉そうに何様のつもり?」と猛然と食ってかかって、彼女らも私も度肝を抜かれたわ。
その子たちが捨て台詞を置いて去ると、私を振り返り
「お姉ちゃん!あんなの全然気にすることないからね!」とほんのり上気した頬でニカッと笑った顔を、今でもよく覚えているよ。
バイリンガルどころか5ヶ国語を自在に話せるようになったのも、各国にたくさんのお友達がいるのも、あなたの物怖じせず飛び込んでいくその性格とひと懐っこさ、可愛らしさと努力の賜物だと思う。
ずっと続けていた交流も、お互い高校、大学と進むうち途切れがちになって、親同士から近況を聞くことが増えたよね。
あなたは誰もが知る有名大学に入学し、私のアルバムを見た友人が「え、この綺麗な子だれ?」と聞くほどのスラリとした美人さんになって。
何百倍もの倍率をかいくぐり大手航空会社に就職が決まったと聞いた時には、制服姿を想像するだけで似合いすぎていて、ひとりガッツポーズしたものだよ。
それなのに、その内定を蹴ってまで結婚することになった、と聞いて、どれほど驚いたか。
親同士が決めたお見合いで?
まだ20代前半なのに?
スッチーになるのが夢だったよね?
旦那さんになるひとが仕事で渡米が決まっていて、言い方を選ばなければ「変な虫がつかないうちに」良縁をまとめちゃおうという親同士の思惑で急がせたらしいと伝え聞いた情報だけじゃあなたの真意が分からず、混乱したわ。
結婚の直前に、短い時間会えたのが最後だったよね。
私は聞きたいことがありすぎて、でも聞いていいものか、いったい何を言えばいいのやら…と躊躇していたけれど、久しぶりに会えたあなたはパッと花が咲いたように明るく華やかで、変わらず「お姉ちゃん!会いたかった!!」と抱き締めてくれて、肩の力がすとんと抜けたわ。
近況やお土産話が弾んで、気がつけばあっという間にお開きの時間。
その後婚約者の彼と渡米したあなたは、NYで結婚式を挙げ、新婚生活を過ごし、しばらくして赤ちゃんを2人産んで。その子たちがもう今では大学生なんだって?すごいね、ジイン、よく頑張ったね。
「今さらだけど、あんな早く結婚させなくてよかったかな。少し後悔してる」と、あなたのママが最近になってうちの母に愚痴っているけど、親っていうのはどこも勝手なものよね。
あの日、結婚前に最後にあなたと顔を合わせた日。
そろそろ行かなきゃね、の時間にあなたはそれまでの無邪気な笑顔を急にすっとひっこめて、大切な内緒話のように顔を寄せてこう言ったよね。
「あのね、お姉ちゃん。
実は私、ひとのオーラが見えるんだ。」
瞳は真剣そのもの。でも昔からよくファンタジーな創作話を聞かせてくれたあなたのことだから、どう受け取っていいか分からなくて。
「え、オーラって…どんな風に見えるの?」
「えーとね、そのひとの後ろに広がって見えるの。
ひとつのひともいれば、いろんなカラーが混ざってるひともいるんだよ。」
そうなんだ、と頷きながらもまだ半信半疑で、それでもあなたの熱を帯びて話す表情が本当に美しくて、つい見惚れてしまったんだ。
「それでね、私はピンクなの。」
え、なんだっけ、なんの話だったっけ。
「オーラ。私自身のオーラはね、ピンク色なの。」
そうか、そういえばジインは昔からピンク好きだったもんね。あの縄とびもピンク色だったし。
「だから、私は結婚するなら水色のひと!ってずっと決めていたの。」
ん?ということは…
「そう!彼がね、ばっちり水色!すっごく綺麗な水色。だから決めたんだ。」
そして
「ところでなんで水色がいいって決めてたの?」
と聞いた私に、お姉ちゃんはそんな簡単なことも分からないのと心底呆れた表情をして
「だって、ピンクには水色って決まってるじゃん!!」
世の中の真理全てここにあり!というほど自信に満ちて言いきったあなたを見て、ああ心配することは何もないな、と確信したよ。
そうは言っても、異国での生活、子育て。
実際にはいろいろあったでしょう。
今は子育てがひと段落して、夫婦でよく旅行していると聞いたよ。日本に来ることもあるのかな。
会いたいな。
また「お姉ちゃん!」って呼んでくれるかな。
私にはオーラを見る力はないけれど、あなたを想うといつもピンクの可憐な花みたいな笑顔が浮かぶんだ。
今度はぜひ、水色にも会わせてね。
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こちらの企画への参加記事です。
おだんごさんこそ贈りnoteの名手。おだんごさんらしい、あたたかい初企画にさすが!となりました。
誰に書こう?と考えて、わりとすぐにひとりの姿が浮かびました。
かつて私を「お姉ちゃん」と呼んでくれたひと。
ひとりっ子の私が、妹みたいに思っていた子。
もう交流が途絶えてずいぶん経つのに、不思議とすっと彼女が浮かびました。
この企画がなかったら、きっと書かなかった手紙。
書いてよかった。いまそんな気持ちです。
誰かに贈るnote、あなたももし書きたい誰かの姿が浮かんだら、ぜひご参加くださいね♪
おだんごさん、素敵な企画をありがとうございます!
希望はA賞でお願いします~🎅💕